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勇人の大きな背中を見送ってから、季節は走るように巡った。彼が厳しい環境で汗にまみれながら血の滲むような鍛錬をしているのだ。私もうずくまっていられない。時たま届く『元気?』というメッセージを心の支えに私は彼のいない教室で勉学に励んだ。春になり進級をし、受験勉強にも励み、二度目の冬を迎えた頃。私は順当に志望校に受かった。最初こそ私に言い寄る男子は多かったものの、その度お父さん直伝の技で返り討ちにしていたら、次第に誰も言い寄っては来なくなった。
合格を真っ先に連絡した相手は勇人だった。
『大学受かった! 春から大学生!』
すると、いつもは返信が遅いのにすぐに既読がついて、
『俺もプロテスト受かった。地獄は卒業で、晴れてプロレスラーの身』
と送られてきた。
私は二重の喜びで狂喜しながら家へと帰った。
「お父さんお母さん! 勇人受かったって!」
「それは……知ってるぞ。試験官俺だし。アイツの審査は厳しくしてやろうと思ったが、非の打ちどころのない成績を出されてな。合格印を押さざるを得なかった。それより大学はどうなったんだ?」
お父さんは渋い顔で返した。
「あっ、そうだった。受かったよ! 春から大学生!」
「良かった! おめでとう、杏南」
「良かったわね、アンナ!」
「うん!」
この日は久々にお父さんがハンバーグを作ってくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
卒業式が終わり、佐助君と有希ちゃんらと別れた。佐助君は勉強ができるのに何故かバンドマンとして生きていくと豪語し、有希ちゃんはなんと有名な国立大学に合格した。有希ちゃん曰く、佐助に頼ってちゃ破滅する、とのこと。
その後、服装などを念入りに確認して約束の桜の木の下へ向かうとそこには勇人がいた。
元々ムキムキだった筋肉の鎧が更に厚みを増していた。
「卒業おめでとう、杏南」
「勇人……ゆー君、会いたかった……!」
卒業式の涙とは別種の涙が溢れそうになるのを堪えた。
「俺も、会いたかった。それで、こんなに改まって、どうしたの?」
「その、ね? 私たち、もう大学生と社会人じゃない? 伝えたい事と言うか、頼みたい事と言うか……あってさ」
私はなけなしの勇気を振り絞って言った。
「結婚、してくれないかな?」
私は耳まで赤くなって言った。でも、伝えたかった。結婚したかったから。勇人──ゆー君とは長い付き合いだからきっと──
「ごめん、今はまだ」
──即答してくれるというのは幻想だったらしい。目の前が真っ暗になるようだった。
「そ、そうだよね! こんな急に、変だよね! ごめんね!」
きっと私は涙目だ。そんな私を見てゆー君は慌てて手を振った。
「あ、いや、結婚したくないわけじゃなくて! そりゃあ、俺だって杏南と結婚したいさ。でも、俺はまだ杏南を養えるほど立派じゃないし、守れるほど強くもない。だから、強くなるまで待っていてくれない?」
「そ、そう。良かった。それじゃあ、立派になったら今度はその……」
「ああ、俺からプロポーズする。少し遅くなるかもだけど、絶対するから、安心して待っていて」
「ゆー君……!」
分厚いゆー君の胸板に頭を預けた。
「ところで杏南……その呼び方は?」
照れくさそうにゆー君は頬を掻いた。
「山田勇人、って名前はこれから有名になっちゃって私だけの物じゃなくなっちゃう。だから、私だけの呼び方をするって決めたの!」
「あー、感動の再会の最中悪いが、山田、デビュー戦の相手が決まったぞ」
勇人の後ろからお父さんが声をかけてきた。
「あ、はい! 誰ですか!?」
ゆー君はお父さんの声が聞こえた途端背筋をピンと伸ばして声の方向へ向いた。
この一年半で縦社会が染みついたのだろう。
「篠原だ」
お父さんはニヤリと笑って言った。
「い、いきなり篠原さんですか……」
ゆー君は苦々しい表情を浮かべた。
「どんな人なの?」
私が聞くと、
「新人潰しと名高いヒールだよ。オフでは滅茶苦茶いい人なんだけどね。ひとたびリングに上がったら、反則に反則を重ねる極悪レスラーに早変わり」
苦笑いしながらゆー君は言った。
「新人潰し⁉ お父さん、相手変えて!」
ゆー君が潰されるのなんか、見たくない。
「そいつは出来ねえ相談だ。そもそもカードを決めるのは俺じゃないし、決まったカードを変えるなんてもってのほかだ」
そう言うお父さんの目は、どこか楽しそうにゆー君を試しているようにも見えた。
「そう……つ、潰されないように頑張ってねゆー君!」
「ああ。先輩でも試合じゃ遠慮はいらない。思いっきり戦って勝ってやるさ」
ゆー君は深く頷き、力こぶを作って見せた。
「いっぱい、応援するからね!」
私がゆー君の手を握って振ると、ゆー君の顔に笑顔が戻った。
「助かる。杏南の声援があれば百人力だ」




