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試合当日。私とお母さんは関係者席でゆー君の勝負を見るべく待機していた。
しばらくすると選手入場口からシンプルな黒パンツのゆー君が入場した。やや遅れて相手選手の入場口から煙が上がり、緑髪の襟足だけが長いヘアスタイルの篠原さんが入場してきた。彼は棘付き肩パッドのついたマントを纏っており、煙の演出も相まって、新人であるゆー君との歴然とした格の違いを見せつけていた。
試合のゴングが鳴るより前。篠原さんはゆー君に握手を求めた。ゆー君がそれに応じようと手を伸ばすと、彼はゆー君の下腹部を蹴り上げた。ゆー君の表情が苦痛に染まると同時に、焦ったようなタイミングのゴングが鳴った。
篠原さんは下腹部を押さえてうずくまるゆー君の髪を無造作に掴むと、そのままズルズルとリングの端へ引きずっていく。そして、一番上と真ん中のロープの間にゆー君の頭を押し込み、背中を容赦なく蹴り飛ばした。
「ああっ!」
無防備な状態のゆー君が、リングから押し出される。
ドスッ、という鈍く重い音が会場に響いた。1メートルほどの高さから、100キロを超えるゆー君の巨体が場外の薄いマットへと叩きつけられた音だ。
関係者席で見ている私のすぐ数メートル先。ゆー君が苦悶の表情で床に転がっている。
「ゆー君!」
私が叫んで立ち上がろうとした瞬間、篠原さんがリングから降りてきた。彼は倒れているゆー君の首根っこを掴んで無理やり引き起こすと、観客席を仕切る鉄柵へと勢いよく投げ飛ばした。
ガシャーンッ!
冷たい鉄の柵にゆー君の背中が激突し、凄まじい金属音が耳をつんざく。観客から悲鳴に近いどよめきが上がった。
「はっ! 大型新人らしいが、大したことねぇな!」
篠原さんは悪びれるどころか、鉄柵にもたれてうなだれるゆー君の顔面を、革靴の底でグリグリと踏みつけ始めた。
しかしゆー君は篠原さんをキッと睨みつけた。闘志は失われていないようで安心する。
「まだまだ元気らしいな。これはどうだ?」
篠原さんはコーナーポストのクッションを外し、ゆー君の髪を掴んだ。そして剥き出しの鉄柱にゆー君の頭をぶつけ始めた。
「やめてっ!」
思わず懇願するような声が出てしまった。しかし当然私の声なんかで試合の流れが変わるはずもなく。気づけばゆー君の額からは血が流れ始めていた。
まだまだ叩きつける篠原さんだったが、レフェリーの声で手を離した。
「すまんな、つい。気を付けるよ」
そう言いつつ篠原さんはブーツから何やら取り出した。何度も頭を鉄柱にぶつけられてグロッキー状態なゆー君をリングに戻すと、取り出した紐でゆー君の首を締め上げ始めた。レフェリーが反則のカウントを取り始める。ゆー君の顔が赤紫色に染まる。私は恋人の命の危機で目眩までしてきた。
レフェリーのカウントが4に達したとき、篠原さんはようやく手を離した。
「あー、コレ反則? そう。次から気を付ける」
篠原さんは悪びれもせずに両手を広げて舌を出した。極悪レスラーというのは本当らしい。
「さてと、仕上げだ」
篠原さんはなんとか立ち上がったゆー君をボディスラムで投げ、その右腕を乱暴に掴んだ。
「おや、こんなところに派手な縫い跡があるじゃねぇか。これは……古傷かなぁ!?」
高笑いしながら篠原さんはゆー君の腕を捻り上げ、さらに容赦なく踏み続ける。ゆー君は今までのダメージと古傷への攻撃で身動きが取れないでいる。
そこは……あの日、私を守るためにゆー君が負ってしまった傷だ。私にとっては何より大切な、勇人の優しさの証明。それをあんな風に、汚く痛めつけるなんて。
「ゆー君 負けないで!!」
私は無我夢中で叫んだ。
その声が届いた瞬間――ゆー君の目の色がはっきりと変わった。
ゆー君は今までのダメージなど無いかのように勢いよく立ち上がり、篠原さんの手を強引に振りほどき頭突きをかました。篠原さんは痛みと衝撃で怯んだ。その隙をついてゆー君は篠原さんをコーナーへ振った。彼は背中からコーナーにもたれる形となった。
篠原さんが立ち直る頃、ゆー君はクラウチングスタートのような姿勢を取った。ラグビー部時代、何度も見たタックルの準備態勢だ。
篠原さんがコーナーから移動する間を与えず、ゆー君は前へ飛び出した。この瞬間加速度はきっと誰にも真似できないだろう。
ゆー君はそのまま篠原さんの腹部に頭突きをした。彼は強大な衝撃で膝から崩れ落ちた。そのままゆー君は覆い被さるようにフォールを始めた。
レフェリーが慌ててマットを叩く。
「ワン! ツー! スリー!」
カンカンカンカンッ!
割れんばかりの歓声の中、見事ゆー君はデビュー戦を勝利で飾った。




