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あれから数年が経った。
私は大学を卒業し翻訳家の道へ。ゆー君は順調にプロレスラーとしての地位を高めて今や団体の顔と呼べるほどの中堅トップ選手に成長していた。
そんな中今日はデートをした。その帰り、ゆー君が家に上がりたいと言い出した。理由を聞いたが秘密の一点張り。ゆー君のことだから悪い秘密ではないだろうけど。今までこんなことは無かったので若干の違和感を覚えた。
「ただいまー」
「お邪魔します」
玄関の鍵を開けて中へ入るとお父さんが料理番組を見ながらソファでくつろいでいた。
「おう、お帰り。ん? 山田も一緒か?」
ゆー君の家は隣だ。ウチに寄らないつもりならここにはいない。
「今日は師匠に話があって来ました」
いつになく真面目な顔でゆー君は言った。
「なんだ、明日の練習じゃダメだったのか?」
「はい。……師匠、いや、お義父さん、杏南さんを僕に下さい!」
「……えっ?」
思わぬ展開に言葉を失った。
「……俺に挑むってことか?」
お父さんは呑気な顔から一転、鋭い目つきで言った。
「はい。俺も、ようやく挑める頃合いかなと思ったので」
目を瞑ってゆー君は頷いた。
「え、え? どういうこと?」
話に置いて行かれている。
「昔の約束なんだ。杏南と結婚するなら試合でお義父さんに勝つって」
ゆー君が私の方を見て、優しく微笑んだ。
昔の約束……。ゆー君は、そんなずっと前から、私と結婚するためにお父さんを超える覚悟を決めてくれていたんだ……
その事実が胸にストンと落ちてきて、顔が熱くなる。
「ああ。手加減はしないぞ?」
「もちろんです。僕も全力で戦います」
再び深く頷いてゆー君は言った。
「ゆー君、応援するね!」
私が言うと、
「……俺の事は応援してくれないのか」
拗ねたようにお父さんは言った。
「しょうがないでしょ。結婚がかかってるんだから」
私が勇人を応援するのは当然だ。
「用は済んだから俺は帰るよ。試合の日、必ずプロポーズするから」
「うん! 待ってる! 頑張ってね!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
そして迎えた試合当日。私とお母さんは関係者席に座って試合を待っていた。
前日の大会でゆー君とお父さんの口論のようなパフォーマンスで結婚を懸けた戦いであることは公になっていた。
「ねえお母さん。お母さんはどっちを応援するの?」
「当然ユート君です。杏南に幸せを届けて欲しいもの」
「じゃあ、二人で応援しようね!」
「ええ!」
しばらく待つと実況の声と共に入場口から派手に煙が上がり豪奢なマントを纏ったゆー君が出てきた。ゆー君がリングに上がったくらいのタイミングで逆サイドからも煙が上がる。お父さんの衣装はいつも通り黒パンツのみの渋い衣装だ。
「山田ァ! 俺の娘とそう簡単に結婚できると思うなよ!」
「ええ。全力で行かせてもらいます」
試合のゴングが鳴ると、二人はお互いの手を掴んで組み合った。
先に動いたのはお父さん。手を振りほどいて素早く肘をゆー君の顔にぶつけると、ゆー君の後ろに回って投げ飛ばした。
そこからはかなり一方的な試合展開だった。お父さんは負ける気は毛頭ないようで。苛烈にゆー君を攻め立てた。チョップ、キック、投げ技、関節技。
反則こそしないものの、様々な技でゆー君を叩きのめした。多分、身体能力ではゆー君の方が上だけど、プロレスラーとしての経験がまるで違う。お父さんはゆー君に反撃の隙を与えずに攻め続けた。
ゆー君は何度も倒れ、何度も体をマットに押し付けられ、カウントを取られ。そのたび、不屈の精神で跳ねのけた。
でも、防戦一方なのは素人の私からしても明らかで。表情はどんどん険しくなっていった。
そして──お父さんが、ぐらつくゆー君を背後から捕まえた。
会場がどよめく。
「出た! ギガント・スープレックスの体勢だ!」
実況が叫ぶ。あれはお父さんのフィニッシュホールドだ。食らえば終わり。絶対に返せない必殺技だ。
お父さんがゆー君の体を持ち上げようとする。ゆー君の足が浮く。
このままじゃ、負けてしまう。それがとても嫌で、気付いたら叫んでいた。
「ゆー君! 負けないでーーー!」
私の声は二人とも聞こえたようで、一瞬お互いに動きが止まった。そして、先に動いたのはゆー君の方だった。
「うおおおお!」
ゆー君はお父さんの腕を掴み不思議な角度で腕を捻った。お父さんの顔が一瞬苦痛に歪む。
アレは多分、関節技だ。『技術』で劣るはずのゆー君が『力』ではなく『技術』での勝負を挑み、勝った。それはきっと血の滲むような特訓の賜物で。道場で何回も何回も練習して会得したモノなのだろう。
痛みで緩んだ拘束を、ゆー君は今度、『力』で振りほどく。そのままお父さんの腕を掴んで、ロープへ振った。そして、返ってきたお父さんの首に走りながら太い腕をぶつけた。
「ぬうっ……!」
ここで初めてお父さんが倒された。そこから、ゆー君の反撃が始まった。
素人目に見ても乱暴な、がむしゃらな動きでゆー君はお父さんを攻めた。
その表情はまるで鬼の様で。でも、それがとても頼もしく見えた。
お父さんも度々反撃するものの、それを意にも介せずゆー君は攻め続けた。
時間が経つにつれて、お父さんの動きは段々と鈍っていった。一方で、ゆー君の動きはほとんど鈍らない。
当然だ。いくら歴戦のプロレスラーで、毎日厳しいトレーニングを積んでいるとはいえ、お父さんも結構な歳だ。ゆー君とは、親子程の年齢差がある。ゆー君も随分消耗しているはずだけど、それは全く感じさせない動きだった。しばらくすると形勢は逆転していき、気付けばお父さんは膝をついていた。
「ゆー君! 頑張って!」
「行くぞお!」
再び私が声援を送ると、ゆー君は大きく頷き、腕を突きあげて大きな声で言った。そしていつものクラウチングスタートの姿勢を取る。
「出た! ロケット・ヘッドバットの構えだー!」
実況が叫ぶ。そう、タックルの応用のこの頭突きはゆー君が名を上げるにつれゆー君の代名詞、フィニッシュホールドになっていた。
ゆー君は凄まじい瞬発力で飛び出し、お父さんの腹部に激しい頭突きをかました。既に消耗していたお父さんは後ろに倒れこむ。ゆー君はすかさずそれをフォールする。ワン、ツー──
「スリー!」
レフェリーの声は私にとって神父様の声のようだった。観客席からは婚約の成功を祝う声が飛び交う。
私たちも、興奮して立ち上がって拍手をした。




