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次の日の夕方。私は勇人の家の前で彼を待っていた。しばらくして、勇人はランニングから帰ってきた。
「杏南? 外出て、大丈夫なのか?」
心配そうに勇人は言った。
「うん、家の前だし。ねえ、河川敷行かない?」
「いいけど……もうじき暗くなるぞ?」
「いいの、その方がロマンチックだから」
真昼間に告白するのは雰囲気というものが無い。
「ロマンチック……?」
勇人は眉をひそめつつ私についてきた。
しばらく歩いて河川敷に来た。西日が眩しい時間帯。告白にはいい時間だ。
「あの、さ。勇人」
緊張で声が震える。でも、言わなきゃ。有希ちゃんとの、約束だから。何より、私が言いたいから。
「どうした?」
いつもと違う雰囲気を察してか、勇人は真剣な顔でこちらを見た。
「その、好きです、付き合ってください!」
耳が熱い。今までの人生で一番赤くなってそうだ。
「……その」
即答を期待していたが、勇人は言葉を濁した。
「俺で、いいのか? もうラグビー部のエースでもない、ただの暴力男だぞ」
勇人は眉を下げた。そんな、
「そんな顔しないで! 私のためにしてくれたことなんでしょ! 胸張ってよ! お父さんにも褒められたじゃない!」
私は勇人に抱き着いた。
「えっ、ちょっ、今走った後で汗臭いから……」
驚いたように勇人は私を引きはがそうとする。
「私、勇人の匂い好きだよ? ずっと、私を守ってきてくれた人の匂いだもん。嫌いなわけない」
「そ、そうなのか……」
「それで、告白の方は……」
頬と耳が再加熱されるのを感じながら私は聞いた。
「杏南がいいなら、俺としては、喜んで」
私を不器用な手つきで抱きしめて勇人は笑顔で答えた。
「じゃあ、帰ろっか」
手を繋ぎ私たちは家路についた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日の朝、勇人が家を訪れた。
「勇人どうしたの?」
「杏南、俺決めたよ」
勇人はいつにも増して真剣だ。
「な、何を?」
私が緊張して聞くと、
「高校辞めて超日本プロレスに即入団する」
「……そうらしいね。でも、謹慎が明ければ一緒にいられるのに、わざわざ辞めるの?」
悲しい気持ちを込めて言うと、
「これは俺のケジメだ。今まで素行が良かったから謹慎で済んだだけで本来退学案件だし、何より杏南が俺と一緒にいたら杏南は暴力男の女なんて後ろ指をさされかねない。俺はそれは嫌だ。だから俺は、学校を辞める。唯一心配なのは俺がいない学校生活を杏南が送ることだけなんだけど……」
勇人は言葉通り心配そうだ。
「それなら大丈夫! お父さんに簡単な護身術教わったから!」
試してみてと言う勇人に技をかけると、勇人は痛みに顔をしかめ、驚いた声を出した。
「すごい、これなら安心だ」
「でもやっぱり、寂しいかな……」
私がうつむくと、
「これ、俺だと思って持ってて」
勇人が何かを手渡してきた。それはいつだかに作って渡した必勝祈願のお守りで。
「まだ持ってたんだ……」
「捨てらんないよ。なるべく早く立派になるから、待ってて」
その言葉には揺るぎない覚悟が乗っていて。
「……分かった」
私は頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後、勇人は退学届を出すために久々に制服を着て私たちと登校した。
「はー、プロレスねえ。杏南ちゃんの親父さんって相当有名な選手じゃなかったっけ? そんな人の指名で入るなんてすげえじゃん。鳴り物入りってヤツ?」
佐助君は感心した様子だ。
「そこまで大げさなもんじゃない。扱いは普通の入団生と変わらないし」
「それでもあのギガント上田の推薦、ってだけで箔はつくだろ」
ギガント上田。お父さんのリングネームだ。佐助君、知ってたんだ。
「まあね。期待に応えられるように頑張るさ」
腕を曲げ上腕二頭筋を強調して勇人は言った。
「勇人の体はもう相当出来上がってると思うけど……」
有希ちゃんは呆れたように言った。
そうこうするうちに学校へ着いたので私たちは職員室へ向かった。
「山田……本当に辞めるのか?」
一年の頃からお世話になっている担任の先生は残念そうに言った。
「すみません、先生。でも、もう決めたんで」
勇人は頭を下げた。
「そうか……しかし山田、もう辞めるからって制服はきちんと着なさい。むしろ、最後なんだから余計気を使うべきだ」
勇人のシャツの前が大きく開いていることについて先生は言及した。
「いえその……ボタンが飛んでしまって」
勇人の体は謹慎中にさらに育った。筋肉量が増え、制服を着るのも一苦労だったようだ。
勇人の家にウェイトトレーニング器具はなかったはずだから謹慎中は自重のトレーニングしかできないはずだけど……どれだけストイックにやったのだろう。
「……仕方ないな。まあ、届は受け取った。プロレスだったか? 新たな道でも頑張れよ」
先生は勇人の肩をポンと叩き、
「君たち、教室へ行きなさい。もうすぐ始業だ」
先生は私たちを急かした。
「はい。失礼します」
勇人は昇降口に向かった。私たちもついていった。始業まではまだ数分ある。
「じゃあな勇人。有名になって俺の自慢になってくれ。親友が有名レスラーっていうな」
「任しとけ」
「杏南を泣かせたら許さないんだから。道場だろうがどこでも行って説教するから」
「ああ。怒った有希はコーチより怖いからな。気を付ける。……杏南。ここからは修羅の道だ。でも、俺は負けない。俺、強くなるよ。誰よりも強くなって迎えに来る」
「うん。私も頑張る。勇人に見合う素敵な女性になって待ってるから」
「うん。それじゃあ」
私の言葉を聞いて勇人は優しく微笑み、昇降口へ踵を返した。制服の布が限界まで張ったその背中は今までの彼の努力の賜物だ。そしてその努力の原動力はきっと私のためで。そう考えると胸の奥が熱くなる。
遠ざかる彼の背中を見えなくなるまで見送ると胸から何かがこみ上げてくるような感覚がした。寂しいけれど、悲しくはない。勇人は文字通りの戦場へと向かうけれど、私は私で勇人の庇護のない日常という戦場を歩く。不安が無いかと言われれば嘘になる。だけど、勇人が未来を見据えて私のために辛く苦しい鍛錬をするのだ。いつまでも甘えてはいられない。
私は新たに覚悟を決め教室へ向かった。




