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この日の部活も、由美ちゃんのペースに振り回されて勇人の補助は十分にできなかった。ドリンクを持っても先に渡され、テーピングをしようとすると強引に割り込まれテーピングの権利を奪われてしまった。しかし、それでいて私よりテーピングが上手いのだから文句を言い辛い。
表現し難いもやもやを抱えて校門へ向かうと、また由美ちゃんと勇人が押し問答をしていた。
「センパイ、折角駅一緒なんですから! 一緒に帰りましょうよ!」
「だから杏南を待ってて……」
勇人は私に気付き手を振った。
「じゃあ、俺たち行くよ」
「それなら私も帰ります。たまたま同じタイミングでたまたま同じ駅に向かって」
飽くまで付いてくる態度の由美ちゃん。私たちは顔を見合わせため息をついた。
「まあ、止めはしないけどさ。あんまり良くないぞ? その……略奪愛的なものは」
勇人は苦言を呈した。
「略奪愛なんかじゃないですよー。だってセンパイは、『フリー』なんですから」
「はぁ……」
由美ちゃんの乱暴な論理に私はため息をつくことしかできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の放課後、着替えてグラウンドへと向かうと由美ちゃんと勇人が何やら話していた。
「俺は……杵田には悪いけど、杏南の方が大切だ。杏南の事が好きだし、杏南のためならなんでもする。ごめんな」
堂々とした表情で勇人は言い、真剣な表情で由美ちゃんを見つめた。
「……私が入る隙間は、ないんですね」
由美ちゃんは悲しげに言った。
「ああ。杵田には悪いけどな」
「……分かってましたよ、あの日からずっと見てたから。この二人の間には入れないって。でも、チャレンジせずにはいられなかったんです。山田先輩、部活中もそれ以外の時も、いつだって上田先輩のことばっかり目で追ってるんですもん。どんなに私がアピールしても、視線すら合わなくて……最初から、私が入り込める隙間なんて1ミリもなかったんですよね」
由美ちゃんは自嘲気味に笑って、私の方を向いた。
「ごめんなさい、上田先輩。失礼なことしちゃって。私、部活辞めます。短い間ですけどありがとうございました」
「辞めないでよ」
「はい?」
私の言葉に理解不能という顔で由美ちゃんは聞いた。
「由美ちゃんは気も利くし、テーピングなんか私よりも上手い。部のためにもさ、残ってくれないかな」
「……上田先輩って、意外と性格悪いですね」
「えっ、そ、そうかな?」
そんな事を言った気ではないんだけど。
「好きだった人を取られてその二人が両方所属している部にいろなんて、酷いですよ。でもまあ? これからカッコいい後輩が現れるかもしれませんし? いてあげますよ」
確かに、そう言われると酷な事を言ったかもしれない。でも残ってくれるならありがたい。
「ありがとう、由美ちゃん」
由美ちゃんにお礼を言ってから、
「ねえ、あの日って?」
ふと、気になって勇人に聞いた。
「多分、変な奴に絡まれてるのを助けた日の事だと思う。入部の半年くらい前かな。見過ごせなくて」
「勇人、優しいもんね」
誰にでも度を越して優しいわけじゃない。私にだけ向けてくれる、特別で重たいくらいの優しさ。
その優しさを含めて全部の優しさを独占したい、というのは流石に我儘かな。いや、昼休みにあんな宣言をしちゃったんだ。我儘でも独占していいはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
春季大会の初戦前、私たちマネージャー陣は袋からあるものを取り出した。
「マネージャーでお守り作ったから! 今日はこれで勝つよ!」
「うおおおお!」
私たちの声で選手たちのボルテージが上がる。
「はい、勇人これ」
私は勇人に8の文字が書かれたお守りを手渡した。
「ありがとう、大切にする」
渡したお守りはマネージャー総出で作ったフェルトのユニフォームに名前を刺繍したものだ。これで少しでも士気が上がればと思って私も一生懸命作った。
「これがあれば絶対勝てる。確信したよ」
勇人はお守りをギュッと握り締め、試合会場へと向かった。
試合での勇人は正に獅子奮迅の活躍だった。『帝東の重戦車』の名は伊達ではなく、何人もしがみついているのにそれでも走り続ける等、すさまじいフィジカルでチームを勝利へ導いた。
その後もチームの進撃は止まらず関東ブロック大会の優勝となった。
優勝の興奮冷めやらぬ中、今年は花園に行けるのではないか、いや、全国制覇も夢ではないのではないかという気持ちがチーム内に芽生えた。そう、あの事件が起こるまでは。
◇◆◇◆◇◆◇◆
合宿を数日後に控えた休日、私は有希ちゃんに付き合ってもらって駅前のドラッグストアに来ていた。
「いいなー、避暑地で合宿なんて。軽音部は蒸し風呂みたいな視聴覚室で練習よ?」
「でも、そんなにゆっくりしてらんないよ? 朝は早いし洗濯とか大変だし……」
去年の大量の洗濯の記憶に私は苦笑した。
「それくらい慣れたものでしょ? それより勇人と星でも見ながら話せばロマンチックでいいんじゃない?」
「それはいいかもね」
確かにロマンチックだ。
「あーあ、私もラグビー部にしとけばよかったかな、なんて」
私が会計を済ませたタイミングで冗談めかして言った後、有希ちゃんはポツリと言った。いつも元気な有希ちゃんだが、今は悲し気に目を伏せている。
「その……さ」
「えっと……どうしたの?」
私はその尋常でない有希ちゃんの様子に内心少し構えた。
「私ね、本当は勇人の事が好きだったんだ」
「……えっ?」
知らなかった。それなのにあんなに勇人と仲良くしてしまって、若干の罪悪感がのしかかる。
「でもね、杏南の事見てたら敵わないなって。だから、応援することにしたの。絶対、幸せになってね? 私の分まで」
有希ちゃん泣き笑いをした。きっと、諦めるのには相当な葛藤があったんだろう。
「分かった。私、幸せになる」
先延ばしにしてきた告白を遂にする気持ちを固めた。ここでやらなきゃ折角諦めてくれた有希ちゃんに不誠実だ。
「じゃあ、また明日」
有希ちゃんは私の背中をパンッ、と強く叩いた。その痛みと温かさが、私に勇気をくれた。有希ちゃんはそのまま少し寂しげな、けれど晴れやかな表情で言い、去って行った。
私と有希ちゃんは住んでいる地域が若干違う。いつもこの交差点で別れるのだ。
「うん、またね」
合宿の夜に星空の下で告白しよう。気持ちを固めて私は家路についた。




