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私と佐助君は余裕をもって、有希ちゃんはギリギリの成績でなんとか合格し、私たち四人は帝東高校の制服に袖を通した。高校進学にあたり、私たちの環境は少し変化した。
佐助君が、
『もうしんどいのはヤだ! 大体モテるからって話だったのに全然モテねえし。俺はギターでモテる!』
と軽音部に。有希ちゃんも、
『佐助一人じゃ心配だから私も軽音部行くわ。ごめんね杏南』
と、佐助君に付いて行った。
彼らとは別の部活になったものの、高校生としての新しい環境や前よりもハードなマネージャー業に食らいついているうち高校一年は怒涛のように過ぎ去っていった。そして桜の咲く季節がやってきた。
一年の間で他に変化したものがある。勇人の肉体だ。
入学時から一八〇センチメートル近かったのが一八〇センチ後半まで伸び、体重は一〇〇キロをゆうに超えた。筋肉も発達し、制服の上からでも分かる厳つい体になった。何度勇人の飛ばしたボタンを縫い付けたか分からない。
入学早々レギュラーを奪取し、他校からは『帝東の重戦車』と恐れられ、校内の男子生徒からは『手出し無用の魔王』として畏怖されていた。そのお陰で私に近づく男子生徒は皆無で、勇人の傍は世界で一番安全な場所となった。
今は部活勧誘の真っ最中。勧誘は二人一組で行うことになっており、付き合ってはいないものの私たちの関係に気を遣ってもらい私と勇人はペアで勧誘をしている。校門前で呼びかけを行っていると、私の容姿に惹かれたのかこちらに近づき勇人の存在に気付き動揺して逃げる男子生徒が大量発生した。お陰で未だに勧誘できた人数はゼロ。LINEを見ると他の組は何人か確保しているらしく、情けない状況だ。筋トレのし過ぎでこんな弊害が出るとは思わなかった。
そんな折、
「見つけたーっ!」
小柄な女子生徒がこちらめがけて走ってきた。
「ええと……マネージャー希望?」
私が問いかけるも、
「勇人センパイ! あたし、勇人センパイを支えたくてこの学校入ったんです! マネージャーさせてください!」
女子生徒は私などいないかのように勇人の手を掴んだ。
私を無視した上でいきなり下の名前で呼ぶ。……なんだかもやもやする。
「俺を……? あ、ありがとう……」
勇人は戸惑った様子で言った。
「じゃあ先輩、グラウンドまで連れてってください!」
女子生徒は手をバッと差し出した。
「んじゃ、ついてきて……」
「センパイ、手繋いでくださいよ! 人混みではぐれたら大変ですよ!」
彼女はこう言うが大した人混みもない。手を繋ぐための方便なのは丸わかりだ。
「……」
勇人は困ったように私の方を見た。
「わ、私が先導するね」
私は女子生徒の手を掴み言った。
「アリガトウゴザイマース」
途端、不機嫌そうに棒読みでお礼の言葉を女子生徒は言った。
「ところで、先輩たち付き合ってるんですか?」
道中、いきなりとんでもないことを女子生徒は言いだした。
「そ、そのー……」
「付き合っては、いないな……」
二人で困った声を出した。
「じゃあセンパイ、私を彼女にしませんか! 私、杵田由美って言います! 由美、って呼んでください! センパイのためならなんでもしちゃうし、料理だって得意だから、毎日おいしいお弁当が食べられますよ!」
「はぁ⁉」
初対面からのジェットコースターのような告白に流石の勇人も大きな声で驚いた。
「私、自分で言うのもなんだけど小動物的で可愛いでしょ? それとも好きな人でもいるんですか?」
由美ちゃんは私の手を振りほどき勇人の手を両手で掴んだ。
「……ああ、いるよ」
勇人の目に真剣さが灯った。
「もしかして、この外人の先輩? もう一年一緒にいるのに付き合ってないんだもん、違いますよね?」
「いや、俺は杏南の事が好きだ」
「アンナセンパイ、勇人センパイの事好きじゃないんですか? そうですよね? だって付き合ってないんだもん」
「……」
グイグイ来る由美ちゃんに私は黙り込むことしかできなかった。確かに、正式に付き合ってはいないし、それは私の怠慢だ。勇人はきっと優しいから自分から距離を詰めることはしない。だから、告白もしない。私は周囲の事実婚的な視線に任せて告白をしていなかった。
「なら、センパイの片思いですね! つまりフリー! これから私がセンパイを振り向かせればいいだけのこと! 私、諦め悪いですよー?」
そう言うと、由美ちゃんは唖然とする私たちを置いてけぼりにし、
「さあ、部活行きましょう! 入部届、どこですかー!」
と、一人でグラウンドへ駆け出して行ってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから数日。なんでも由美ちゃんは元はサッカー部のマネージャーをしていたらしく、マネージャーの仕事は教えなくても大抵できていた。
「休憩にするぞ!」
コーチが合図を出した。私たちマネージャーの仕事の時間だ。ボトルケースに複数本のボトルを入れてグラウンドの選手たちに飲み物を配る。
「はい勇人、スポドリ──」
私が勇人にボトルを渡そうとすると由美ちゃんがサッと間に入り勇人にボトルを渡した。
「センパイ、今日もカッコいいですね! 部に入って正解でした!」
「あ、ああ……ありがとう」
勇人は困った様子で答えた。由美ちゃんは勇人には見えない角度で私に舌を出してみせた。
私はというと仕方ないので他の部員にボトルを渡して回った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ミーティングが終わり、マネージャー陣は更衣室へ向かった。当然、由美ちゃんも一緒だ。
「上田センパイ、なんだか勇人センパイ以外に対しては一歩身を引いてる感じですけど、何かあったんですか?」
「それは……」
私の事情を簡単に話した。
「それは……そしたら、男の人と付き合うなんて難しいんじゃないですか?」
「そう、だね……」
否定は、できなかった。付き合えるとしたら勇人くらいだろう。
「じゃあ、やっぱり勇人センパイは私がいただいちゃいます! 私、勇人センパイのために部に入ったんで!」
「それ、は……」
ダメと言いたかったが、勇人が誰と付き合うかは勇人が決めることだし、他人に対して勇人にアプローチするなと言う資格もない。
「それに、勇人センパイにとっても私を選ぶ方が確実に幸せですよー」
「……なんで?」
聞き捨てならない言葉に声のトーンが落ちた。
「だって、勇人センパイ、男ですよ? 触れることもできない彼女なんてセンパイが可哀そうです!」
「……ッ!」
痛いところを突かれた。
「私ならキスもハグも私ならできます。どちらが幸せかは明白ですよね?」
由美ちゃんは勝ち誇ったかのように笑った。
「それじゃお先に失礼しまーす」
由美ちゃんは言うだけ言って更衣室を後にした。
私も急ぎ目で着替えを済ませ校門へ向かうとそこには勇人の他に由美ちゃんがいた。
「センパイ、途中まで一緒なんですから一緒に帰りましょうよー!」
「だから俺は杏南を待ってて……」
一緒に帰ろうと言って聞かない由美ちゃんに対して勇人は待ち合わせの約束をしっかり守っていた。
「勇人、お待たせ」
勇人は私に気付き手を振った。由美ちゃんも振り返り、露骨に嫌な顔をした。
「杏南お疲れ。帰ろっか」
勇人は由美ちゃんを無視していつも通り言った。
「じゃあ杵田、俺らもう行くよ。悪いけど、俺たちは二人で帰るのが決まりだから。また明日な」
勇人はしつこい由美ちゃんを軽くあしらい私に出発を促した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
部活でのモヤモヤを抱えたまま、翌日のお昼休みになった。
私は気を取り直して、勇人のクラスへ向かった。高校に入ってからはずっと私が二人分のお弁当を作って一緒に食べている。
今日のメニューにはピロシキが入っている。勇人の好物だ。
「勇人、机くっつけるね」
「うん、ありがとう」
いつものように勇人の隣に座ろうとした、その時だった。
「勇人センパーイ! 来ちゃいました!」
元気な声と共に、由美ちゃんが教室の入り口に現れた。手には小さな包みを持っている。
「え、杵田? どうしたんだ?」
「一緒にお昼食べましょ! お弁当、作ってきました!」
由美ちゃんは私の存在を無視するように、勇人の机の反対側に椅子を引きずってきて、強引に座り込んだ。
「え、でも俺には杏南の弁当が……」
「私のお弁当の方が美味しいですってば! はい、あーん!」
由美ちゃんはからあげを勇人の口元へ突き出した。
「ちょ、ちょっと! 勇人は今ピロシキ食べてる最中だから!」
私が慌てて止めようとすると、由美ちゃんはキッと私を睨んだ。
「男性恐怖症の先輩は黙っててください」
その視線は、昨日校門で見せた敵意そのものだった。
勇人はピロシキとからあげの間で、困ったように視線を彷徨わせていた。
それを見て私は、
「一年の教室に大人しくいてよね。ここは二年の教室だから」
自分で言うのも何だけど、珍しく突き放すような言い方で言った。
「上田センパイは、勇人センパイのなんなんですか? 頼りなくて、むしろ勇人センパイに頼ってばかりで。私の方がよっぽど勇人センパイを支えられます。邪魔です、先輩」
「……ッ! 勇人は、私を救ってくれた大切な存在! 勇人は私のモノ! 間に入らないで!」
勢いに任せて勇人の腕に抱き着いた。
「選ぶのは勇人センパイでしょう? どうなんですか、センパイ! 頼ってばかりの依存女と、しっかりものの後輩! さあ、選んで!」
その時、予鈴が鳴って先生が入ってきた。
「君は確か──一年二組の杵田か? なんでここにいる。自分の教室に戻りなさい」
話に決着がつかないままこの場は終わってしまった。




