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病院での手術は数針縫うものとなった。幸い神経にも腱にも傷はないらしく、裂傷さえ治ればラグビーもまたできるとのことだった。
それを聞いて私は心底ホッとした。私のせいで勇人のラグビー人生を終わらせてしまったとしたらきっと私は私を許せない。大会前にはラグビーができるとのことで、勇人もホッとした顔をしていた。
例の男子生徒は遠くの学校に転校になったらしい。
その日から、私には新しい日課ができた。
右手が使えない勇人の代わりに給食を食べさせてあげて、放課後部活から帰るとその足で山田家に向かい勇人の包帯を替えるのだ。
「悪いね、毎日毎日」
日課が始まって一週間。包帯を巻かれながら、勇人は謝った。勇人は日課が始まってから毎日のようにこうして謝る。
「いいんだ。これくらいしか私にはできないから。こんなことよりも勇人にしてもらったことの方がよっぽど大きいし」
包帯を替え終わり、はい終わり、と言うと勇人はお礼を言って立ち上がった。
「そういえば、夕飯はどうやって食べてるの? 残って食べさせたげようか?」
給食は食べさせてあげてるけれど、朝夕は私はいない。
「その……母さんに手伝ってもらってる」
中学生にもなって母親に手伝ってもらっているというのが恥ずかしいのか少し照れくさそうな顔で言った。
「良かったら朝夕も来ようか? 隣だし、すぐ来れるよ?」
「それは……」
勇人は複雑な表情を浮かべた。その理由が何なのかは私には分からない。両親の手前恥ずかしいのかな?
「じゃあ、言い方を変える。お世話させて? これは勇人のためじゃなくて私のため。私がやりたい事なの」
怪我をしていない腕に絡みつきながら勇人にお願いすると、勇人は困ったように笑った。
「じゃあ、お願いしようかな。それにしても、男性恐怖症、大分マシになったんじゃない? こんな風にくっつくなんて前はできなかったでしょ」
言われて、ハッとした。
「こ、これは相手が勇人だからだよ……他の男の人は、やっぱり怖い」
照れて体を離そうとすると、勇人が左腕で私の背中に手を回し、そっと引き寄せた。
「っ……!」
一瞬、体が強張る。でも、伝わってくるのは勇人の温かい体温と、優しい匂いだけ。怖いという感情は湧いてこなかった。
「……じゃあ、こっちも我儘。もう少し、こうしていたい」
耳元で囁かれ、心臓が爆発しそうになる。
チラリと顔を見ると、勇人も耳まで真っ赤で、こちらに目を合わせられずにいた。
私だって同じだ。恥ずかしくて、でも嬉しくて。勇人の胸に顔を埋めることしかできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
勇人の復帰は秋大会に間に合い、勇人はキャプテンとして、エイトとして獅子奮迅の活躍をした。しかし惜しくも都内予選決勝で敗れ私たちは涙を流すこととなった。
大会が終わると始まるのは受験だ。私は両親の勧めもあり聖マリアンナ高校を志望校に定めた。女子高で、いわゆるお嬢様学校だ。
今日は皆で私の家で勉強会をしている。幼馴染たちは私の自室で各々好きに過ごしていた。
「ねえ杏南、勉強順調?」
数学の問題に唸り声をあげてから机から顔を離し、後ろに倒れ込んで有希ちゃんが聞いてきた。
「うん、数学以外は……」
「私も数学苦手だわ……はーあ。勉強ばっかで疲れちゃった。ホントならこれから幼馴染皆でカラオケでも行きたいところだけど、聖マリアンナじゃねー。結構偏差値高いんでしょ?」
「まあね……皆はどこにしたんだっけ?」
「私は帝東。学力的にギリギリよ」
と、有希ちゃん。
「俺も帝東だ。ラグビー推薦だけど」
勇人は勉強する必要がないからか部屋の端で腹筋をしながら答えた。
「勇人、折角女の子の部屋でいい気分なのに暑苦しいからやめてくんねーか……」
呆れたように佐助君が言った。そう言う佐助君も机の脇で寝転がりながら携帯ゲーム機でゲームをしている。
「佐助君はどこ? 頭いいしいいとこ行くんでしょ?」
佐助君のサボり癖は今更なので注意せず質問した。
「うんにゃ、俺も帝東。家から一番近いからよ」
「ええー、もったいない! というか、皆帝東なんだね……」
なんだか寂しさを感じる。
その時、勇人が運動を腕立て伏せに変え、右腕の縫い跡が見えた。
「……決めた!」
「何を?」
「私も、帝東にする! 勇人をその、マネージャーとして支えたいから……」
「ええー! それこそもったい……いや、でもそっか。二人の関係なら、そうもなるわよね」
有希ちゃんは最初驚いた声を出したものの、すぐに納得した声に変えた。有希ちゃんの顔が一瞬落胆したように見えたのは気のせいか。
「いいんじゃねーの? 皆仲良く帝東」
佐助君は肯定してくれた。
「俺も、その方が嬉しいかな。女子高に通うよりも、傍にいてくれた方が安心する」
勇人も優しい声で言ってくれた。
「じゃ、必死に勉強するのは有希だけだな」
佐助君が少し意地悪な声色で言うと、
「うるさいわね! ……佐助、ここ教えて」
有希ちゃんは少し怒った声で返した。
「えー? このモンスター倒してからでいい?」
佐助君はゲーム機から視線を外さずに返す。
「ダメに決まってんでしょ! 大体勉強会に何でゲーム持ち込んでんのよ!」
有希ちゃんは携帯ゲーム機を取り上げた。
「あっ、ちょっ、やめろ! もう少しで倒せるのに! あー! 死んでる! はぁ……で、どこの問題?」
「ここ」
「これはこの公式使ったらすぐだよ。ペン貸して」
毎度のことながらうちでの勉強会は騒がしかった。




