21
翌日。夕飯を済ませて私はゆー君に正面から向かい合って口を開いた。
「あの、ゆ、ゆー君。その……ちょっといい?」
恥ずかしさに頬を染めながらゆー君の袖を引っ張った。
「ええと……どうした?」
ゆっくりとゆー君は答えた。
「ええとね。お話が、あります」
緊張しながら言った。
「うん、聞くよ」
私の様子が普段と違うことに気付いたのか椅子に少し深めに座りなおして、ゆー君は言った。
「その……まず、謝るね。私、自分から誘ったのに一線を越えられなくて、ごめんなさい」
頭を下げて言った。
「気にしないでくれ。杏南の気持ちが一番重要だ」
複雑な表情を浮かべてゆー君は言った。
「その……辛かったんだよね? ごめんね?」
ゆー君の身を案じて私が言うと、
「いや、俺はいいんだよ。杏南が幸せならそれでいいからさ。杏南こそ、大丈夫?」
逆にこちらを心配してくれた。優しくて、好きだなあ。
「うん、大丈夫。それで、ね? そういうこと、できるようになりたくて、さ。すごくゆっくりになっちゃうけど、最終的にできるようになるまで頑張りたいの。一緒に頑張ってくれる?」
照れと緊張の入り交じった思いを抱えながらゆっくりと話した。
「ちょっと……ちょっと待っててね」
「え?」
ゆー君は足早に部屋を出て行った。そしてなんだかすごく大きな音が何度かしたかと思うと、部屋に戻ってきた。
「ゆ、ゆー君!? 大丈夫!?」
ゆー君の額は赤くなっていた。
「き、気にしないで。それよりそのー……本当に、大丈夫? 俺の事心配してるなら、それは余計な心配だよ。無理して欲しく、ないから、さ」
段々と言葉に勢いを無くしながら、でもずっと私の目を見つめてゆー君は言った。
「う、うん。でもね、これはね、私の我儘なんだ。もっといっぱいくっつきたいし、ゆー君に辛い思いもして欲しくないし。それに、子供欲しいのは、ホントだし……」
私が決意を伝えると、
「そっか……分かった。俺、なんでもするよ。でも、本当に無理だけはしないでね?」
頷きながら心配そうな声でゆー君は言った。
「うん、大丈夫。そしたらね? まずはその……さ、触り合おう?」
私が消え入りそうな声で言うと、ゆー君はまた部屋を飛び出した。そしてさっきよりも激しい音を立ててから戻ってきた。
「ゆー君!? 血! 血出てるよ⁉」
額から垂れる血を私が心配すると、
「大丈夫、気にしないで。ええと……さ、触り合うの?」
顔を赤くしながらゆー君は言った。
「う、うん。でも、あのね。まずは上半身だけ、ね。下はまだ、触らないし、触っちゃダメ。脱ぐのも、ダメだよ」
恥ずかしさで消えてしまいそうになりながら説明した。
「わ、分かった。えっとじゃあその……す、する?」
ベッドの方を見ながらゆー君は言った。
「ま、まだダメ! その、お風呂入ってくるね!」
逃げるようにお風呂場へ走った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、お待たせしました。お風呂、入ってきて。その、待ってるから、ね?」
お風呂から出て、パジャマをちゃんと着てから部屋に戻った。照れてゆー君の方を見れない中で言って、ベッドに向かった。
「寿限無寿限無五劫の擦り切れ……」
ゆー君は何かをブツブツ呟きながらお風呂へ向かって行った。
……どうしよう。上は触ってもらうけど……ぬ、脱いだ方がいいのかな……恥ずかしいな……でも、脱いで待ってた方がゆー君喜ぶかな……うう……
色々悩んでパジャマのボタンを握ってフリーズしていると、ゆー君が出てきた音がした。
「え、えと……その、よ、よろしくお願いします……」
顔を真っ赤にしながら恐る恐る顔を上げた。そこにはパンツ一枚のゆー君がいた。
「……その、お待たせ。杏南のペースに合わせた方がいいだろうから、何したらいいか指示してくれないかな」
私の目を見据えてゆー君は言った。
「う、うん。そ、そしたらね……ここに寝てくれる? まずは、私が触るね?」
私の隣のスペースをポンポンと叩いて言った。
「……分かった」
ゆー君はゆっくりとベッドに腰をかけ、横になった。
「なんか、改めてこうすると、照れちゃうね。触られるのはともかく、触ったことは何回かあったけどさ。えっとどうしよ……まずはここ、かな……」
そうっとゆー君の分厚い胸板に触れた。
「ッ!」
瞬間、ゆー君がピクッと動いた。
「えっ!? ど、どうかした? くすぐったかったかな? それとも痛かった? ご、ごめんね?」
私が慌てて言うと、
「いやその……うん、なんでもないから。続けて」
ゆー君は変な顔で言った。
「わ、分かった。続けるね。ええと、ここは……大胸筋、だよね。すっごく分厚くて、頼もしい。こっちは腹筋。ちゃんと六つに割れてて、カッコいい。腕も、すごく太くて、触ってると安心する。筋肉の張りも、すっごいね。もちろんゆー君の中身も大好きだけど、頼もしい大きな体も、大好き。ふふ、ゆー君のお嫁さんになれて、本当に良かったな。すっごく好きだよ。これからも、ずっと一緒にいてね」
ゆー君の体に手を這わせながら、囁いた。盛り上がった筋肉に触れていると、安心する。そのまましばらく触れていると、ゆー君の顔が真っ赤になってきた。
「……なぁ、杏南。覚えてるか?」
「えっ?」
真剣なゆー君の声に浮ついていた私の頭は現実に引き戻された。
「幼稚園の頃。体が大きい俺は皆から浮いてて、怪獣だとか乱暴者だなんて言われて、皆の輪に入れなくて。そこに手を差し伸べてくれたのが杏南だったんだ。勇人君は大きくてカッコいいね!って」
ゆー君はゴツゴツした手で私の顔を撫でた。
「あの日、俺は救われたんだ。俺のデカい体は誰かを怖がらせるんじゃなくて守るためにあるんだって。あの日からずっとその……好きだった」
ゆー君は真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「ずっと、好きで。事件があって。守れるはずも無いのに、守れなかったことを悔いた。これ以上あんな事が起きないように守ろうって決意した。それで、実際に守って。守るうちに好きの気持ちはどんどん大きくなって」
照れたように勇人はそっぽを向いた。
「杏南、好きだ」
「うん、私も好き。……なんか、私も恥ずかしくなってきちゃった。そしたらそろそろ、交代しよっか?」
座ったままゆー君を待った。ゆー君はゆっくりと起き上がって、私と向かい合った。
「あ、その……私も、脱いだ方がいいよね……は、恥ずかしいな……ねえ、脱がせてくれる?」
恥ずかしさのあまり顔を手で隠しながら言った。
「あ、ああ……さ、触るぞ……」
緊張した声色でゆー君は言った。
「うん、どうぞ……」
私が目を瞑った時、
「ごめん、これ、ダメだ。今日はもう、終わりにしよう」
ゆー君は私の服を掴む寸前で手を止めていた。その手は震えており、その逞しい肉体とは裏腹に、まるで何かに怯えているようだった。
ゆー君は私に触れる直前まで伸ばした手のひらを引き戻し、固く握った。そしてゆっくりと立ち上がった。ゆー君の重みで深く沈んでいたマットレスが少し浮き上がる。
「え、私、何かしちゃったかな……? ご、ごめんね?」
私が謝ると、ゆー君はゆっくりとTシャツを着始めた。布が擦れる音だけが部屋の中を埋める。嫌われてしまったかと、不安な気持ちになる。
「いや、杏南は悪くないんだ。俺の、問題で。だから、気にしないで。少しずつ、慣らしていければいいと思うから。今日はもう寝よう。しばらくは都内の仕事だから毎晩一緒にいられるし。焦る事ないから。な?」
落ち着いているような、切羽詰まっているような、不思議な声色でゆー君は言った。
「う、うん……分かった。寝よっか。あのその……お、おやすみのチューは、してくれ、る?」
一緒に寝る日は毎日していたから。しないと寂しくて、ついねだってしまった。ゆー君が辛いのは、分かっているんだけど。
「それは……」
躊躇うような声のゆー君。
「あ、その、ダメ、だよね。辛い、もんね。ごめんね。き、気にしないで」
少し、悲しい気持ちになりながら取り繕って服を身に着けようとすると、ゆー君が私の顎に手を当てて口づけをした。
「……そんな顔しないで。俺も悲しくなる」
「それじゃあ明日もお仕事頑張ってね。おやすみ。大好きだよ、ゆー君」
静かに言って、私はゆー君の大きな背中を抱きしめて眠りについた。




