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悲劇のゾールシカ ※ただし王子さまは常に隣に  作者: 角 秋也


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「お料理なら、佐助君の方が上手だと思うけど……」

 有希ちゃんが突然私の料理を食べたいと連絡してきたので、予定を合わせて家に招いた。そして今は二人で買い物をした帰り道だ。

「たまには親友の料理が食べたいからさー。今日は何作ってくれるの?」

 今日は勇人がお仕事でいないので、普段より小さな袋を持って歩いた。

「ボルシチ! お母さんに昔習ったんだけど、美味しいよ!」

 私の得意料理の一つだ。ビーツは缶詰だけど、これでも結構美味しいのが作れる。

「いいね! 楽しみー」

 有希ちゃんは笑顔で答えた。

「それにしても急にごめんね?」

 有希ちゃんは頭を下げた。

「気にしないで頭上げて! 全然大丈夫! 今日は勇人もいないからさ。一人で食べるより二人の方がご飯も美味しいし、作り甲斐もあるから!」

 玄関の鍵を開けながら言った。一人で食べるご飯は寂しい。親友が誘ってくれるのは嬉しいものだ。そのまま手を洗いに洗面所へ向かった。

「良かった。あ、何か手伝う事ある?」

 キッチンに立つ私を見て、若干の気まずさが混じる口調で有希ちゃんは言った。有希ちゃんはお料理がそんなに得意じゃないので、一応こう言ったものの、力になれないことを申し訳なく思っているのだろう。

「大丈夫だよ。ゆっくりしてて。会社、大変なんでしょ?」

 私のゆったりとしたワークスタイルとは比べ物にならない忙しさらしい。たまの休みくらいゆっくりして欲しい。

「いやあ、悪いねー。杏南は最近、どう?」

 椅子に座って有希ちゃんは言った。私も勇人にだけ働いてもらうのは申し訳なくて、翻訳の仕事をしている。でも、有希ちゃんに比べればかなりゆったりとした生活だ。

「うん、順調だよ。あー、でも、男の人との会議は、若干緊張しちゃうかな……」

 目つきの鋭い編集さんを思い浮かべて苦笑いした。仕事ができる感じの人だけど、少し怖い。

「何かあったら言うのよ?」

 真剣な顔で有希ちゃんは言った。

「うん、大丈夫。最近佐助君とはどうなの?」

 キッチンで作業をしながら話した。

「あー……まあ、相変わらず、かな。アイツは本当にダメ人間だからさ……こないだまた仕事辞めたみたいだし」

 有希ちゃんは苦笑いしながら言った。

「ええ、そうなの!? レストラン、辞めちゃったの?」

 佐助君、悪い人じゃないんだけど仕事が長続きしないのがちょっとなあ。

「そうなんだよねえ。ホント、私がいなかったらアイツ、今頃野垂れ死んでたんじゃないかな……」

 ため息をついて有希ちゃんは言った。

「一緒に住んで……一ヶ月半?」

 就職後しばらくして、二人は同棲している。佐助君、もっとしっかりすればいいのになあ。

「そうね。アイツ意外とマメだから部屋の片づけとかしてくれるのは有難いんだけど……はぁ。真面目に働いてくれればなあ……」

 眉間に皺を寄せて有希ちゃんは呟いた。

「有希ちゃん、片付け苦手だもんね……」

 昔、家に遊びに行ったときは驚いたものだ。彼女はしっかりしているように見えて結構散らかし屋で。一応片付けたとは言ったものの、そこそこ散らかっていた。

「どうも片付けだけは昔からできなくてねえ……」

 最早諦めているらしく、苦笑いしながら有希ちゃんは言った。

 そのまま談笑しながら料理を作り、一緒に食べた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「ふう、ご馳走様でした。相変わらず料理上手いよねー」

 手を合わせて有希ちゃんは言った。

「今度、教えてあげようか? 簡単なのから教えるよ」

 有希ちゃんは家事全般が苦手だ。料理も、精々目玉焼きとか野菜炒め程度しか作れないらしい。

「まあ……うん、考えとく。で、今日会いに来た本当の目的、話してもいいかな?」

 急に真剣な顔になって有希ちゃんは言った。

「えっと……ご飯じゃなかったの?」

 有希ちゃんの声のトーンが大きく変わったことに戸惑いつつ、答えた。

「うん、実はね。少し、大事な話があって」

 冗談めいた響きが一切消えた声色で有希ちゃんは話した。

「わ、分かった……えっと、どうぞ」

 なんの話だろう。遂に佐助君と結婚とか、するのかな……

「その……どこから話そう。まず、前置きをしようかな。多分この話は、杏南にとって辛い話になると思うんだけど、頑張って飲み込んで欲しい」

 言い辛そうに有希ちゃんは話した。

「えっと……うん、分かった」

 有希ちゃんの話で、内容は察した。多分、性に関する話だ。私にとって、かなりデリケートな話題だろう。

「その、さ。杏南、結婚したでしょ? 子供とかって……欲しかったりするのかなって」

 やっぱり、そうだった。若干体が強張るのを感じながら口を開いた。

「それは……欲しい、よ。勇人の事、好きだし。両親にも、孫の顔とか、見せてあげたい、し」

 やっぱり、そういうのに憧れはある。きっと、子供ができたら幸せだと思う。

「うん……じゃあさ、あー、これは話さないと説明できないし……勇人には悪いけど、言っちゃうか。そのー、こないだ勇人と会ってさ。相談されて。アイツ、夜の営みに誘われるけどいざ始まると怖がられることに、悩んでたみたいで……」

 ばつが悪そうに有希ちゃんは言った。

「そ、そうなんだね……」

 勇人と一緒の夜を思い出した。

 確かにそれは本当だ。私はいつも自分から誘うくせにいざとなると昔の記憶がフラッシュバックして勇人を拒否してしまう。

「アイツ、言葉にはしてなかったけど、結構ショックを受けていた様子だったよ。誘うならちゃんとできるようにならないと」

 有希ちゃんの声は優しかったけど、逃げ場のない言葉だった。

「それは……」

「勇人はさ、杏南のことが大切だから絶対自分からは一線は超えないと思う。もしも超えたいのなら自分で、ね? そのための手伝いなら何でもするから」

「……うん」

「でも、怖いなら無理に子供を欲しがる必要もないのよ?」

「それでも私は、欲しい。さっきも言った通り、勇人の事、好きだし」

「まあさ。杏南の事情考えたらそれについては誰も責められないけど……アイツ、滅茶苦茶悩んでたよ? 実際それって、かなり酷だと思うし。毎日甘えてキスするのに、その先は一切しないのは。男って、そういうの我慢するのはかなり辛いみたいだし」

 少し厳しい口調で有希ちゃんは言った。

「そ、そうなんだ……知らなかった……」

 確かに、思い出すとちょっと辛そうだったかもしれない。

「まあ、嬉しいだろうけどね。でもやっぱ、求めちゃうんじゃない? その先を。でもさっき言った通りアイツは優しいからさ。絶対に自分からそういうことはできないから」

 有希ちゃんの言葉を聞いて、強く反省した。好きな人にそんな思いをさせるのは、本意ではない。

「そうだね……あの、さ」

 一つ、決意をして言った。

「うん?」

 有希ちゃんが聞いた。私は、深呼吸して、唾を飲み込んで言った。

「私、克服、したい。その、そういうことをさ、できるようになってさ。勇人を満足させてあげたい。子供だって、やっぱり欲しいしさ」

 声が震えないように気を付けながらゆっくりと言った。

「……本気なの? 多分、辛いよ? 無理しなくてもいいんだよ? 別に、結婚したからって子供作らなきゃいけないなんてことはないし、アイツだってそういう気分にすることをしなければ、理性的な人間だから平穏に過ごせると思うけど……」

 少し厳しさの混じった、でも私を心配した声で有希ちゃんは言った。

「これはさ、私の我儘なの。私はいっぱいくっつきたいし、勇人に辛い思いもして欲しくないし。頑張りたいの。だから、手伝ってくれないかな」

 少し落ち着いて。今度は有希ちゃんの目をしっかり見据えて言った。

「……分かった。協力する。だけど、辛かったらすぐにやめなよ? 杏南が辛い思いをするのなんか、私も勇人も、見たくないんだから」

 私の目を見て、決意を感じ取ったのだろう。有希ちゃんは静かに頷いて言った。

「うん、ありがとう。……で、その、ぐ、具体的には、何から始めたら、いいのかな……?」

 顔を赤くしながら有希ちゃんに聞いた。

「そうねえ……まずはやっぱり、触り合うところからじゃない? 多分、いきなり直接アレを見たり触れたりするのは良くないだろうから、上半身から、とか?」

 手を顎に当てて悩んでから、有希ちゃんは言った。

「触り合う……そ、その、胸とかも、触ってもらう、ってこと……?」

 少し想像して、恥ずかしくなった。

「そりゃあねえ。でもまあ、杏南の反応見て少し安心したかな。アイツになら、触られても嫌じゃないのね」

 少し表情を緩めて有希ちゃんは言った。

「う、うん……他の男の人は怖いけど、勇人なら、大丈夫だと思う……でも、恥ずかしいね……」

「まあねえ。でも、これで怖気づくくらいなら、悪いけど諦めた方がいいと思うよ」

 有希ちゃんの言葉に、道のりの長さを感じた。それと同時に、決意も固くなった。

「ううん、頑張る。明日は勇人いるから、誘ってみる」

 少し緊張しながら言った。

「杏南、その、アレよ? ちゃんと、していい事とされたら嫌な事は、明確に言わなきゃダメよ? 照れてそこをぼかしたら、良くないことが起きるからね?」

 私の言葉を聞いて、有希ちゃんは慌てたように口を開いた。

「わ、分かった。ちゃんと言うようにするね」

 頷きながら言った。うう、でもやっぱり恥ずかしいなあ……なんて言えばいいんだろう……

「ゆっくり、慣れるようにしなさいね? 絶対、無理はしないこと。焦るのも厳禁。いい?」

 真剣な顔で有希ちゃんは言った。

「うん。私、頑張るから。応援してね」

 大きく頷いて言った。

「……正直、滅茶苦茶心配だし、本当はやめて欲しいけど。杏南がそう思うなら、私は応援するよ」

 パンと手を合わせて有希ちゃんは立ち上がった。

「それじゃ私帰るね! 本当は明日の仕事の準備やんなきゃだったんだ」

「大変じゃん、急いで! 色々、ありがとう!」

「うん、またねー」

 有希ちゃんはそう言うと素早く帰って行った。

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