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「すいません、ラグビー部の人いますか? 部活体験に来たんですけど」
部室棟を訪れると、既に様々なスポーツのユニフォームを着た先輩部員が新入生に声をかけていた。そんな中勇人は先頭に立って声をかけた。
私はと言うと若干の人ごみに足を止めた。これに突っ込めば必然的に男性と近くなるどころか、接触も十分あり得るだろう。流石にそれは怖い。
「ラグビー部志望? こっちこっち! おっ、四人皆?」
極端に短いズボンをはいたラグビー部というには細身の先輩が手招きしてくれた。
「分かりました」
勇人は私の手を引いて人混みを迂回して部室棟へ連れて行ってくれた。
「えーと、男子二人は選手で、女子二人はマネージャー志望でいい?」
人混みを大きく迂回した私たちに若干の疑問符を顔に浮かべながら先輩は聞いた。
「はい。ただ事情があって、彼女なんですが──」
勇人は先輩に近づいて耳元で何やら囁いた。恐らくは私の事情についてだろう。
「分かった。慣れるまでは無理しないでいいから。男連中に近づかない仕事も沢山あるしね」
「はっ、はい!」
直接話しかけられ、少し背筋がゾワッとした。でもこういう事にも慣れなきゃいけないからと自分に言い聞かせる。
「森田ー、体験用の練習着出してくれ。一番デカいのと普通目一着ずつー。あ、女子は悪いけど校舎の更衣室でジャージかなんかに着替えてくれる? 部室、狭いから俺ら表で着替えてるんだ。女子にそれはさせられないしさ」
にこやかに笑いながら先輩は言った。
良かった。こういう柔和な人なら多少は近づけそうだ。ラグビー部って言うともっとゴツくて、悪い言い方をすれば粗野な人が多いイメージだったけど。
「分かりましたー」
私と有希ちゃんは二人で一旦校舎へ戻った。途中、テニス部や女子バレー部に勧誘されたがやんわりと断った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ジャージに着替えてグラウンドへ出るとアップが始まっていた。内容はグラウンドを走って一周。なるべく同体重の相手とペアを組んでおぶって一周。お姫様抱っこでグラウンドの長辺を一往復。肩車で一往復だ。
「うーわ大変そう。女で良かったー」
有希ちゃんが正直な感想を述べた。私も同意見だ。自分と同じ重さの人を背負ってグラウンドを走るなんてできるわけがない。
「おー、お前やるなあ。名前は?」
大柄な勇人は同じく大柄な相手と組まされていたが、そこそこの速度でおぶって走っていた。そんな勇人はコーチらしき人に感心した様子で話しかけられていた。
「山田勇人です」
交代でおぶられながらコーチに勇人は答えた。
「体もデカいし、将来有望だ。入ってくれると嬉しい」
「はい、入るつもりです」
なんて勇人の方を見ていたら先輩の女子マネージャーの人が話しかけてきた。
「ようこそ東丹中学ラグビー部へ! 入部理由を聞いてもいい?」
「えーと……」
勇人にくっついてきたとは言い辛くて言葉を濁した。
「なんて、きっと二人の男子のどっちかにくっついてきたんでしょ? 迷わずマネージャー志望で来る子なんて皆そうよ。私もその口」
先輩マネージャーの視線の先には先程案内してくれた細身の先輩がいた。振る舞いや周りの反応を見る限り部長らしい。
「ま、未だに告白できてないんだけどねー。私は小山 凪。凪先輩って呼んで。でも、好きな人のカッコいい面を一番前で見られるのはマネージャーの特権よ? 役得ってやつ?」
ふふ、と笑って動き回る部員たちを凪先輩は見守る。微笑みながらしばらく見つめた後、よし、と手を叩き、
「仕事の説明するから、こっち来て」
と、部室へ案内された。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「うわっ、汗臭い……」
部室に入るなり有希ちゃんは顔をしかめた。私は、こもった男の人の汗の匂いに、一瞬だけ息が詰まりそうになる。けれど、隣で有希ちゃんがいつもの調子で嫌そうな顔をしているのを見て、変に強張っていた肩の力がフッと抜けた。
「ごめんねー。洗えない備品も多くてさ。ファブリーズしてるんだけどどうしてもねー」
と、凪先輩は慣れた手つきで備品にスプレーしていく。
「で、これがドリンクのボトルと粉。水道水と混ぜてスポドリにして休憩とかのタイミングで配るの。それとは別に水も用意してね。水飲みたい部員もいるから」
夏は頭にかけたりする子も中にはいるのよー、と私たちに凪先輩はボトルホルダーを渡していった。
「さあ初仕事! ドリンク作りに挑戦しましょうか!」
腕まくりをして凪先輩は宣言した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやー、水冷たいですねー」
ドリンクづくりを終えて、少しでも暖をとろうと手をすり合わせて有希ちゃんは言った。
「冬場はもっと辛いよー?」
そうは言いつつも同じように手をすり合わせて凪先輩は言った。
「杏南ちゃんは平気そうだね?」
凪先輩はドリンクを作り続ける私を見ながら言った。
「そうですね……血筋によるものなんでしょうか」
昔から手も足も冷えたことがない。
「そういえばハーフとは聞いてるけど、どこのハーフなの?」
凪先輩は私の顔を見つめながら聞いてきた。
「ロシアです。母がロシア人で」
私が答えると、
「へぇー。美人さんだなー、羨ましい」
と感心したように凪先輩は言った。
「あっ、休憩みたいですよ」
有希ちゃんの声で、凪先輩は振り返り、
「じゃ、ちょっと行ってくるね! 杏南ちゃんはここで待ってていいから!」
部長さんから話は通っているのか、気をつかわれてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「てなわけで、練習お疲れ様でした。新入生の皆もよく付いてきた。このまま入部してくれると非常に助かる。それでは、解散!」
練習が始まって2時間。コーチの音頭で今日の部活動は終了した。
「二人ともお疲れ様!」
「お疲れ様!」
有希ちゃんが最初に勇人と佐助君に声をかけ、それに続く形で私も声をかけた。
「うん、疲れた。今夜はよく眠れそうだ」
言葉とは裏腹に然程疲れを見せず勇人は言った。
「めっちゃキツかった……」
しょぼしょぼと佐助君は言った。
「佐助、今週末に練習着買いに行かないか?」
佐助君に向き直り勇人は言った。
「えっ、お前入るの!?」
佐助君は大げさに驚いた様子だ。
「強い男になりたくないのか?」
不思議そうに勇人は言う。
「いや別に……お前なりたいの?」
本気で思っていないのだろう。戸惑った様子で佐助君は言った。
「アン……いや、好きな人を守れる男になりたい」
何かを言いかけ言葉を濁してから勇人は頼もしいことを言った。これは、私の事……なのかな? そうだったらいいな……
「先輩が言っていたが、筋肉を鍛えるとモテるらしいぞ」
「……やるかぁ」
勇人の一言に佐助君の目に火が灯った。やる気が出たようだ。
単純というかなんというか……
「杏南、無理だけはするなよ」
勇人が優しくも厳しい声で言った。
「うん。できることを少しずつ増やしていくよ」
「じゃ、幼馴染全員仲良く入部ってことで! これから頑張ろ!」
有希ちゃんが明るく言った。
「へへ、俺らには美人のマネージャーがついてるからな。パワー100倍だぜ!」
佐助君が冗談めかして言うと、
「マネージャー達、でしょ?」
と有希ちゃんは佐助君の頭をチョップするのだった。
そんな他愛もない、だけど奇跡みたいな日常が私たちの『当たり前』に変わっていった。




