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「とりあえずここなら変な話しても大丈夫だ。その、なんだ……何がどうなったらそんなことを言い出す事態になるんだよ」
デカ過ぎる酔っ払いを引きずってなんとかカラオケに入った。時間次第では金を借りなければここから出られないの、怖過ぎる。
「いや、だってよぉ……俺はさ……杏南の事が、何より大切だからよぉ……アイツが傷つく事はできねぇからよぉ……」
泣きながら勇人は話した。
「それは知ってるけどよ……それがなんで去勢なんつー話になるんだつってんだよ」
話の筋が見えない。
「なんつーかさぁ。結婚当日の夜なんだけどよ……アイツ、子供何人欲しいか聞いてきてよ……」
驚いた。あんな経験をしたんだ。結婚した事自体奇跡みたいなモンなのに、そんなに積極的だったとは。
「それなら、我慢する必要もないんじゃねえのか……?」
旦那としちゃあ、万々歳だろう。
コイツは俺と違ってちゃんと稼いでるし、きっと幸せな家庭を築ける。まだ今の稼ぎじゃ足りないってんなら、待てばいいだけの話だ。
プロレス界の給料形態には詳しくないが、団体名で検索するだけでコイツの顔が出てくる程度には人気が出てきている。なんでも、記事によれば連戦連勝のスーパーレスラーだそうだ。
安定した稼ぎじゃないかもしれないが、あの子の親父さんだってプロレス一本で家族を養ってきたみたいだし、子供の一人や二人、簡単に養えるんじゃないだろうか。
「それがよぉ、違うんだよ……アイツもさ、夜誘ってくる日があるんだ。ゆー君ゆー君って甘えてキスしてきて。でも、いざ行為に移ろうとすると顔から血の気が引いて震えだすんだ。そんなに無理させらんないから中止にして……これを何回も繰り返してるんだ」
「……事情は分かった。それでも誘ってくるってことはやっぱり子供は欲しいんだろうな。なんとかならねえかな……」
物心ついた頃から好きだった死ぬ程可愛い子に誘われてお預けってのは辛いものがあるだろう。
「ふむ……そうなったらよ、少し怖いけど、こっちから歩み寄るしかねーんじゃねえか?」
彼女には酷な状況にはなるが、打開するためには荒療治が必要だ。
「俺にはできねぇよ……あの事件の後な? 俺、アイツの見舞いに行った事あるんだけどよ……あの頃の俺、まだちっこいガキだぜ? なのに、死ぬ程怯えてて、声も出せないくらいだったんだ。あの日、守れなかった自分を恥じてよ。あの日の無力感は今も覚えてる。もう二度とあんな目には遭わせないって誓ったんだ……」
勇人の拳がギリリと握りこまれた。
「それは……」
「あんな思いをさせるのなら男としての機能なんかいらねえ。杏南が幸せならそれでいいんだ……!」
俺はそのシーンを見ていないが、多分俺の想像の範疇を超えているんだろう。だけど、この状況がよくないのも確かだ。
「なら……女子からアドバイスを貰おう。女子からなら、多少マイルドになると思うんだけどよ……」
一つ、考えが浮かんで提案した。
「女子って……誰に頼むんだよ。お義母さんか? 無くはないけど……いや、背に腹は代えられないか……」
ブツブツ呟く勇人。
「いや、それよりも適任がいる。今電話かけてる」
スマホを耳に当てながら話した。
「適任って……?」
不思議そうな声を出す勇人をよそに、電話の向こうの相手に声をかける。
「もしもし有希? 悪いけどよ、今すぐ駅前のカラオケ来てくんねーか?」
谷本 有希。恐らく杏南ちゃんの一番の親友で、俺の彼女だ。で、多分これから怒号が飛んでくる。
「アンタ今何時だと思ってんの⁉ 行くわけないでしょ! というか、帰って来なさいよ! 誰といんの⁉」
予想通りの怒号だ。普段なら平謝りをするところだが、今は事情が違う。勇人の目を見て、スマホを差し出した。勇人は、静かに頷いて受け取って、
「ええと、もしもし。谷本か? 山田なんだけど。……うん。うん。いや、マジでごめん。佐助は悪くねえんだ。俺が呼び出した。でも、ちょっと緊急の用でさ。杏南についてで。加えて、その……性的なことで。……うん、ありがと。それじゃ、気をつけて。……今すぐ向かうってさ」
しばらく有希と話してから通話を終え、スマホを返しながら勇人は言った。
「良かった。……俺、一応アイツの彼氏のはずなんだけど、お前のが信用あるの、なんで?」
言ってて少し悲しくなる。
「……普段の行い、か?」
真剣な顔で言う勇人。
「辛辣! ま、アイツもアイツで杏南ちゃん大好きみたいだし、あの子の事なら飛んでくるんだろうよ」
言い終わって、勇人がこちらを睨んでいるのに気づいた。
「お前……まだ杏南にちゃんなんてつけて……」
鬼の形相で勇人は俺に掴みかかろうとする。
「待て待て待て待て! お前が本気出したらマジで死ぬから俺! 秒で! ていうかもっと寛容になってくれ! 独占欲強すぎんだよ! 嫁さんをちゃん付けで呼ばれたくらいで人殺してたら何人殺すことになるか分かったモンじゃねーぞ!」
逃げ回りながらなんとか説得を試みるが、頭に血の上ったゴリラにそんな制止は効かないらしく、
「いでででで! お前、プロレスラーが一般人にプロレス技かけたら駄目だって! 死ぬ死ぬ! ギブギブ!」
「……はぁ、悪かった。その、不安でさ。こうでもしないと気が狂いそうで。すまん。はぁー……杏南、耐えられるかな……心配だ……杏南がどうかしたら俺は……」
急に俺の体を離したかと思うと、勇人は頭を抱えた。コイツも、本当にあの子のことが大好きらしい。あの子はいい子だ。だからこそ、こんなにも愛されている。幸せになって欲しい。
勇人の背中に手を置いて黙って有希を待った。




