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翌日、私は家でゆー君と話し込んでいた。
「やっぱり洋風がいい? それとも白無垢? お色直しは何回にする? 杏南が着たいもの、全部着ていいからな」
ゆー君の問いに私は、
「ぜ、全部って……流石にそんなにお金かけられないよ。これからの生活もあるんだし」
ゆー君は今やトップ選手として十分な稼ぎがあるけれど、いくらなんでも金銭感覚がバグりすぎている。
「大丈夫だよ。この日のために、ずっと前からしっかり貯金してたんだ。都内の超高級ホテルで、杏南に最高の結婚式をプレゼントしたいから」
胸を張るゆー君。超高級ホテル。金額を聞くのが怖い。
「でも……」
二人で顔を突き合わせて悩んでいると、玄関からお父さんの声が聞こえてきた。
「おう。二人揃って何してるんだ?」
「その……」
「結婚式について話してたの。ゆー君が、いくらでもお金をかけるって聞かなくて……」
私が助けを求めるように状況を話すと、お父さんはニヤリと笑った。
「おう、いいじゃねえか。山田も今やウチの看板選手なんだ。妥協なんかするな。おまけに俺の愛娘の晴れ舞台だ。プロレス界の連中も大勢呼んで、一番デカい会場で盛大にやろうぜ」
「ええっ、お父さんまで!?」
「あいつら図体ばかりデカいからな、そこらのこぢんまりした式場じゃ窮屈で仕方ねえ。天井が高くて飯が死ぬほど出てくる超高級ホテル一択だ。それに、いくら山田が稼いでるとはいえ、親父のメンツってのもある。式場の一番高いコースにして、費用は俺と半分ずつだ」
お父さんがサラッと言った。それに対しゆー君は、
「いえ、お義父さん! 全額、俺に出させてください! 杏南さんを世界一幸せにすると誓ったんです!」
とんでもない金額になるはずなのに、ゆー君は一歩も引かない。
「馬鹿野郎、親の楽しみを奪うな。半分は俺に出させろ。……その代わり、プロレスで完全に天下を取って、極上の親孝行で返せ」
「……分かりました。ありがとうございます!」
ゆー君は深く頭を下げた。また、ゆー君の覚悟が深まったような感じがした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
結婚式当日。私はロシアの民族衣装に若干寄せたウェディングドレスに身を包んでいた。
ゆー君の部屋へ向かうとそこにはパツパツのタキシードを着たゆー君が待っていた。
「杏南、綺麗だ……」
ゆー君はまるで触ったら崩れ落ちてしまうものを扱うように私をそっと抱きしめた。
「ゆー君は相変わらずパツパツだね。合うサイズなかったの?」
「ああ。それに先輩たちも皆プロレスラーなら筋肉を強調する服を着ろって」
「そっか。それ、正解かも。今のゆー君、すごくカッコよくて頼もしいもん」
思った通りの感想を告げると、
「そ、そう……ありがとう」
ゆー君は照れたように頬を掻いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
先で待っているゆー君へ向かってお父さんと共にバージンロードを歩いた。
不思議にもお父さんは表情を崩さず毅然とした表情で私をエスコートしていた。
神父様の言葉が終わり、いよいよ誓いのキスの時が来た。ゆー君は緊張した面持ちで分厚く無骨な手で、繊細なレースの縁に触れた。震える指先が、まるで薄氷に触れるかのように慎重に、白い布を持ち上げた。
ふわり、と風が通った。顔を覆っていた布が退けられ、私は夫となったゆー君と対峙する。……大丈夫。覚悟は決めた。
目を閉じてゆー君の口づけを待った。ファーストキスは予想よりあっさり終わったが、その短いその時間が私には永遠に感じられた。
その後行われた披露宴は大騒ぎだった。プロレスラーの人たちは何故か腕相撲大会を始めるし、お酒の入ったお父さんは堰を切ったように私の巣立ちを悲しんで泣いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おっす。珍しいな、勇人が俺に話なんて。しかも直接がいいなんてのは……深刻な悩みか?」
深夜、メッセージで今から会えないかと勇人から連絡が来た。他でもない親友の頼みだ。当然OKして、近所の居酒屋で待ち合わせた。そしてやってきてみると、先に座っていた勇人は、この世の終わりのような顔をしていた。
「来てくれてありがとう、佐助。それで……その、杏南の話なんだが……いや、俺の話でもあるんだけど……」
コイツが結婚して早一ヶ月。夫婦生活の悩みだろうか。
「あー杏南……さんな。うん、どうしたんだよ。お前ら、ずっと昔から相思相愛だろ? 今更変わったっつーと……ああ、同居か」
さんをつけないとこの筋肉ダルマにひき肉にされそうな雰囲気がして、慌ててさん付けした。前から思ってたが、コイツ自分の嫁の事が好き過ぎる。
「そうなんだ……その、さ。昔杏南がその……事件の被害者になったのは、知ってるだろ?」
「そりゃあな。忘れるわけがねえ。でもお前、付き合うって決めた時点でそういうのは諦めてたろ?」
小学校低学年の頃の話を思い出す。胸糞悪い話だ。そして、それと同居というワードを結びつけると、当然こういう話になる。
「ああ。俺は一生童貞貫く覚悟で頷いたさ」
クソ真面目な顔で勇人は頷いた。正直コイツは俺よりよっぽどモテてたし、経験あると思ってたが……いや、コイツ確かに小学生の頃からあの子一筋だったな。
「しかしその覚悟が揺らいだ、と」
あまりこう……当人自体が昔からの友人で、しかも親友の嫁さんという人物に対してこういう見方はしたくないが……あの子の体はそれはまあすごい。小柄なのにグラビアアイドル顔負けの体。そしてとびきりの美人だ。しかも、コイツにとっちゃ初恋から現在進行形でずっと好きな相手だ。そんな子と一緒に暮らすなんてなったら、そりゃ理性も吹き飛ぶだろう。
「まあ……そうなる。すまん、ここからはシラフじゃ話せそうにないから少し飲むぞ」
そう言うと勇人はテーブルに置いてあったちっこいグラスに入ったビールをグイッと飲んだ。
「おまっ、大丈夫か!? 嫁さんに怒られるぞ!」
コイツはこんなにデカい図体をしておいて、死ぬほど酒に弱い。コイツにかかれば片手で隠せそうなサイズのこのビールで、ベロベロに酔う。しかも、酔うと歯止めが効かないらしく、嫁さんへの惚気を垂れ流す機械になる。そして酔い潰れる。体重が余裕で3桁あるクソデカ筋肉ダルマがだ。迷惑この上ない。勇人が大好きなあの子も、惚気を垂れ流されるのは流石に恥ずかしいらしく、家の外、特に彼女がいない場所での飲酒は固く禁止されていたはずだ。
「俺が倒れたら、お義父さんを呼んでくれ。殺される覚悟はできてるんだ」
もう既に泥酔しているようなことをのたまう筋肉ダルマ。頭が痛くなってきた。
「……酔い潰れる前に話してくれよ。つまり、どういうことなんだ? 俺を呼んだ理由は?」
コイツはこうと決めたら曲げない奴だ。曲げているのを見た事がない。そんなコイツが揺らぐ程の生活をしているのか。……少し羨ましいと思ってしまったが、方々から殺されそうだから黙っておこう。
「その……辛い事を頼んでいいか」
深刻そうな顔で勇人は言った。
「ま、任せとけよ。親友だろ?」
思わず唾を飲み込んで頷いた。コイツがこんなに深刻そうな顔をしているのは初めて見た。相当な問題らしい。
「俺を……俺を去勢してくれ!!!」
勇人は半分泣きながら懇願した。
「もちろ……いや、はぁ⁉ どういうことだよ⁉ 流石に……流石に無理な頼みだそれは! というか声がデケえよ! 場をわきまえろ!」
反射的に答えかけて、寸前で止まった。周りの視線が痛い。当たり前だ。男二人が顔を突き合わせて去勢なんて叫んでたら、俺だって見る。そもそも、去勢って……駄目だろ、それは。少なくとも医師免許の無い俺にはできない。
「なんでだ! 言い方か!? 言い方が悪いのか!? なんて呼べばいい! ちん──」
「まーてまてまてまて! もう酔っぱらったのか!? とりあえず黙れ! 場所、場所変えるぞ! すいません、会計これで! 釣りいらないんで! はい、すいません! 失礼します!」
咄嗟にこの馬鹿の口を塞いで財布を取り出した。そのまま万札を取り出して机に置いて頭を下げ、逃げるように居酒屋を飛び出した。ちなみに、これで俺の全財産の八割が無くなった。




