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「お父さん、起きてー」
リビングに敷いた布団の上でガーガーいびきをかいているお父さんの顔をペチペチと叩く。昨日はあの後、深夜でもやっている本気でいくら飲んでもいいという飲み放題のお店で、三人で散々飲んだ。まあ、飲み放題ということで、すごく美味しいお酒は出てこなかったけど、それでもまあまあ美味しかった。
「んが……? うぐ……頭、痛ぇ……」
しかめっ面をしながら、お父さんは目を覚ました。
「おはよ、お父さん。昨日は楽しかったね!」
昨日は初めてお酒に酔ったけれど、意識はしっかりしていたし、ろれつも回っていた。お母さんに確認をとったので、間違いない。特に気持ち悪くもならなかったし、さっき起きた時点では、頭痛とかもしなかった。お母さんも全然普通で、普段より少しお喋りになっただけだった。
「あー、杏南か……今、何時だ……?」
いつもは寝起きのいいお父さんなのだが、流石に昨日は飲み過ぎたらしく、しばらく布団でもぞもぞ動いてからようやく起き上がった。
「9時だよ。普段よりかなり遅いんだから、シャキッとしてよ、もー」
こんなだらしないお父さん、初めて見た。
「ええと……俺は何時頃、酔い潰れたんだったか……」
そう、お父さんはしっかりと酔い潰れた。あれは確か……
「3時くらい、だったかなあ。全体の三分のニくらいだったと思うから」
時計を見て、昨日の事を思い出しながら言った。
「そうか……ん? え、杏南と母さん、あの後まだ飲んでたのか……?」
ギョッとした顔で、お父さんは言った。
「え? うん。だって、5時までって話だったし。お父さん、寝る前にギリギリまで飲んでていいって、言ってたし。たまには夜更かしもいいものだね」
眠気はちょっと感じるけど、まあそれなりに寝たし。今日早く寝れば、しっかり戻ると思う。
「そんな事言ったっけかな……さ、流石にペースは落としたんだよな……?」
少し震えた声でお父さんは言った。
「お弟子さん来るまでは、同じペースで飲んでたよ。もうお父さん、ダメだよあんな時間に人呼び出したりなんかしちゃ。帰った方がいいならちゃんと切り上げたのに」
お父さんが酔い潰れる直前にこっそり呼び出したらしく、お父さんが酔い潰れてしばらくして、お弟子さんが二人お店にやって来た。
「は……弟子……? 待て、俺そんな事したのか?」
覚えてないらしい。お酒を飲むと、記憶が無くなるって、ホントだったんだ……都市伝説だと思ってた。
「うん。木村さんと、篠原さん。二人とも、いい人だね。私の事をちゃんと知ってたみたいで、必要以上に近づかないでくれたし」
最初は少し不安だったけど、話してるうちに打ち解けた。木村さんはひょうきんだし、篠原さんは真面目そう。いつだかのリング上での暴れっぷりとは正反対だ。まあ、当然勇人には敵わないけど。
「……二人の見た目、聞いてもいいか?」
どうにも信じられないらしい。
「えー、お父さん私の事疑ってるの……? もう、そもそも本来は名前自体知らないんだから、嘘なんてつきようないのに。えっと、木村さんは、スキンヘッドで若干背の低い、がっちりした人で、篠原さんは逆に背が高くて篠原さんに比べると少しスラッとした人で、髪型はなんて言うんだろ……襟足だけ長い短髪、みたいな? で、緑色の髪だった」
まだ新しい記憶を思い出して、説明した。
「そうか、アイツらには悪い事したな……とりあえず、詫びの電話入れるか……起きてるよな?」
最後に機種変してから何年経っているのか分からない、古くなったガラケーを取り出してお父さんは電話をかけた。
「……ああ、もしもし木村か? 昨日は変な時間に呼び出しちまって本当にすまねえ。その、こんな言い訳はダメなんだが、酔っぱらっちまっててよ……」
お父さんが電話しているのを初めてじっくり見て気づいたけど、お父さんは電話越しでも頭を下げるタイプらしい。かなり悪がってるみたいで、お弟子さん相手のはずなのに、何回も頭を下げていた。
「いや、本当、すまん。金で済む話でもねえけど、今度高い焼肉でもホテルのバーでも奢るからよ。……うん? ああ、それか。いや、そのだな……しっかり酒飲むのなんて初めての実の娘に負けたくなくて、ついな」
実の娘……私の事だ。へえ、お父さん、そんな対抗意識燃やしてたんだ。ちょっと、からかっちゃおうかな。
「……いや、俺も驚いてる。まさかあんなに強いとは……女房の血だよ、完全に。ロシアの血統はすげえよ……」
今度は血の話。私とお母さんがお父さんより強かった事についてかな? まあ、私の見た目は完全にお母さん似だし、そういうところも似たのかもしれない。
「え、篠原もいるのか? それなら悪いが、変わってくれるか? すまねえな。もしもし、篠原か? ああ、すまねえ。木村にも言ったが、焼肉でもバーでも、なんでも奢る。……は? おまっ、何言って……消せ! すぐ消せ!」
お父さんの口調が荒くなった。なんの話だろう。
「……いやまあ、それを言われると弱いんだがよ……分かった分かった。消さなくていい。でも、絶対に他の奴らに見せるんじゃねえぞ。……おう。ったく、お前は本当に……はぁ。いや、まあ今回は完全に俺が悪いし見逃してやるけどよ……お前、アレだからな? 普通の時にそんなことしたらぶちのめすからな?」
今度は何やら脅している。お父さんがこうなるのは、私かお母さんのことについてだと思うけど……ああ、あの時撮った写真のことかな。それなら消すとか消さないとかって話も繋がる。確かに、お酒を飲んで気分がよくなったからか、普段は苦手な写真もノリノリで撮ってもらった。笑顔で、ピースまでしてしまった。
思い出したら、少し恥ずかしくなってきた……まあでも、あんな時間に呼び出しちゃったし、かなり喜んでくれてたから、まあいいかあ。でもやっぱり、少し恥ずかしい。
「分かってんならいいよ。ああ。明日はいつも通り顔出す。じゃあ、また明日。本当にすまねえな。ああ。それじゃあ」
最後に、もう一度頭を下げてお父さんは電話を切った。
「なあ杏南……その、篠原に写真撮ってもらったらしいが、へ、平気か?」
お父さんが心配そうな声で聞いてきた。予想は当たっていたらしい。
「う、うん。初めてしっかり飲んで、はしゃいじゃったみたいで……結構ノリノリで撮ってもらっちゃった。思い出すと、ちょっと恥ずかしいかな」
少しモジモジしながら私が言うと、
「分かった、今すぐ消すように言う。安心しろ」
お父さんは電話をまた取り出した。
「い、いやいいよいいよ大丈夫! そもそも写真撮って欲しいって頼んだの、私だし。ついでで篠原さんのスマホでも撮っただけだし。それで結構喜んでくれてたしさ、あんな時間に呼び出しちゃったんだから、それくらい許してあげなよ。篠原さん、流石に可哀想だよ」
慌ててお父さんの手を抑えながら言った。
「そうなのか? ……見せてもらってもいいか?」
真剣な顔でお父さんは言った。
「まあ、いいけど……」
変な顔、してなかったよね……? 今更になって心配しつつ、画像を表示したスマホを差し出した。お酒で若干顔の赤くなった私とお母さんのツーショットだ。二人で笑ってピースしている。こうして見ると、やっぱり似てるなあ。ちゃんと見比べたのなんて、いつぶりだろう……
「……その、この写真、送ってもらってもいいか?」
写真を見たお父さんは、少しにやけながら言った。
「いいけど……そんなににやけないでよ、恥ずかしいなあ。待ち受けにするの? 自分でできる?」
言い終わって、若干待ち受けにしたくなくなった。外でこの顔、して欲しく無い。
「……やってくれると、助かる」
やっぱり自分ではできないらしくて、ガラケーを差し出してお父さんは言った。
「もう。お父さん、ホント機械苦手だよね……というかね? そろそろスマホに変えたらいいと思うんだけど……私たちと同じやつなら、こういう時もスムーズだし、さ」
お父さんの携帯の待ち受けを変えるなんて随分久しぶりだ。渡された携帯を開くと、かなり小さい頃の私の写真が待ち受けで表示された。こんな頃の写真、未だに使ってたんだ……お父さんが私を好きな気持ちは伝わってくるし、それ自体は嬉しいんだけど、それはそれとして恥ずかしすぎる。
こういうのは、たまーに見るアルバムに入ってるくらいがちょうどいいのになあ、と思いつつ、古い記憶を思い出しながら試行錯誤して、なんとか変えることに成功した。




