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悲劇のゾールシカ ※ただし王子さまは常に隣に  作者: 角 秋也


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「分かった……私が上で手を引っ張るから、お父さんは下から支えて」

 勇人のお酒は、金輪際禁止にしよう。そう固く決意してから、階段を登り始めた。

「勇人、大丈夫? 階段登るよ? せーの、いちに、いちに……」

 なんだか、大きな赤ちゃんをお世話している気分になってきた。赤ちゃんにしては、あまりにも大きすぎるけど。私が掛け声をかけると、勇人は酔っ払ってるなりに、一生懸命階段を登った。そして意外にも、勇人は順調に階段を登った。その結果、時間はかかったものの、目立った事故なく二階に上がることができた。

「ふう……あとちょっとだね」

 二階に完全に上がって、ようやく一息ついた。

「ああ、後は平らだからな。しっかし……酒が飲めない人間は何人か知っているが、この図体でここまで弱いのは初めてだ。杏南、この先二人で暮らすようになっても、コイツにだけは酒を飲ませるなよ」

 申し訳なさそうな表情でお父さんは言った。

「もちろん、そうする。私一人じゃ手に負えないし。まあ、お酒さえ入らなきゃ勇人はちゃんとしてるから、そもそも自重してくれるとは思うんだけど……」

 好きな人のこんな姿、あんま見たくなかったなあ。ちょっと可愛いとは思っちゃうけど、それによる負担が重すぎる。

「自重しなきゃ、俺がぶち殺す。さて、行くか……」

 物騒なことを言いながら、お父さんは私に進むよう促した。

「勇人ー、行くよー? 見える? あそこ。一番奥の部屋だからねー?」

 これじゃ本当に、ただの大きな赤ちゃんだ。はあ……

「ふわあい……なあ、杏南ぁ……」

 分かっているのか分かっていないのか。判別のつかない返事をしながら、勇人は私の名前を呼んだ。

「どうしたの? あ、トイレとか行っておく?」

 私が聞き返すと、

「好き……大好き……愛してる……これからずっと一緒にいような……」

 勇人は耳元で突然愛を囁いてきた。完全な不意打ちを食らって、私はあっという間に耳まで赤くなった。

「ゆ、勇人……ありがと……と、とりあえず、今日はもう寝ようね……」

 私が精一杯言葉を返すと、

「ダメだ……」

 何やら呟いた。

「え?」

 私が聞き返すと、

「杏南も好きって言ってくれなきゃ、ダメだ……俺のこと、好き……だよ、な?」

 勇人は不安そうな顔で囁いた。

 ここまで泥酔した人を近くで見たのは初めてだけど、まさかこんな風になるなんて。お父さんの前で、とんでもないことを言い出した。そりゃあ、二人が帰って来てから、食事を終えるまで、目一杯イチャイチャしてはいたけれど。実の父親の前でこんな風に直接言うのは、流石に躊躇ってしまう。お父さんの反応も怖いし、単純に恥ずかしいし。事実、先ほどの言葉を聞いて、お父さんは眉をピクピク小刻みに動かしている。

「や、恥ずかしいよ……二人っきりの時に、いっぱい言ってあげるから、今は我慢。ね?」

 なるべく顔が赤くならないようにと祈りながら、優しく勇人に声をかけた。

「嫌だあ……杏南、好きって、言ってくれ……そしたら、そしたら俺最高だから……」

 来るところまで来たのか、若干日本語が怪しくなりながら勇人はねだった。

「だ、ダメだよ……ねえ、お願いだから、素直にベッドの所行って?」

 もう遠慮は無しにして、全体重をかけて勇人を引っ張ってみたものの、ビクともしない。考えてみれば、勇人の体重は確か私の2.5倍以上あったはずだし、筋肉量も全然違う。動くわけが無い。

「じゃあ、じゃあさ……チューしてくれ……ほっぺ! ほっぺで我慢するからよお……頼む、杏南、好きだ……」

 私の言葉があまり聞こえていないのか、ただの我儘なのかは分からないが、更に甘えてくる勇人。

 ここが私たち以外誰もいない二人で住んでる家で、いつ寝ても大丈夫なベッドの上とかなら、いくらでも言うことを聞いてあげるのだけど、今はそうもいかない。どうしよう……

 私が対応しかねていると、耐えかねたお父さんが動いた。

「んっとにお前……いい加減にしろ! 杏南を好きなのはいいが、困らせるな!」

 お父さんは勇人の私の手を握っている方の手をチョップして手を解き、そのまま肩に担いで部屋に放り込んだ。

「ったく、アイツ酒癖悪すぎるぞ……明日起きたら説教してやる……」

 お父さんは、割と本気で怒った様子でぶつくさ言いながら部屋から戻ってきた。

「勇人がお酒弱いのは知ってたし、私がもっとちゃんと止めれば良かった……ごめんね、お父さん。まさか、あんなデロンデロンになるとは思わなくて……その、勇人の事、嫌いにならないであげて? 普段はすっごく真面目で、いい人だから……」

 こんな事で大好きな二人の関係が拗れてしまうのが嫌で、お父さんに抱きついて懇願した。

「ぬう……杏南、そんな顔しないでくれ……定期的に稽古もつけてるし、アイツがバカがつく程真面目なのは、俺もよく知ってるよ。じゃなきゃ、あんな若さで俺に勝つなんて、有り得ねえ。だから、安心してくれ、こんなアホみたいな理由で娘の旦那を嫌ったりはしねえよ。まあ、説教はするけど……」

 私の顔を見て、申し訳なさそうな顔でお父さんは言った。

「よ、良かったあ……お父さんも勇人も、二人とも私、大好きだから、仲が悪くなったりしたら私、どうしようかと思って……」

 お父さんの言葉を聞いて、ホッとして言った。

「そ、そうか……はは。なんか、久々に杏南にストレートに好きって言ってもらえた気がして、嬉しいな……」

 はにかみながら、お父さんは言った。

「好きに決まってる。小さい頃から、これは全然変わってない。でも、そっか。それなら、たまにはちゃんと言葉にするように、気を付けるね」

 私が言うと、

「参ったな……こんな事件が原因で、嬉しい事が起きちまった……これじゃあ説教に身が入らなくなっちまう……」

 本気で困った様子でお父さんは頬を掻いた。

「それとこれは、ちゃんと分けて。しっかり、みっちり叱ってあげてください。私、本気で困ったし」

 真剣な声で言った。アレは、良くないから。好きな人の良くないところは、ちゃんと直さなきゃダメだ。もちろん私からも言うけれど、多分一番効くのはお父さんの言葉だろうし。

「お、おう、分かった……なんか杏南、随分母さんに似てきたな……」

 眉尻を下げて、弱気な顔でお父さんは言った。

「え、今ので? もしかしてお父さん、結構怒られてたりしたの?」

 あんまりそういうイメージは無いんだけどな……

「まあ、結婚前とか、杏南が生まれる前はたまに、な……いつも穏やかな母さんだけどな、本気で怒ったらかなり怖いんだ。俺も長いこと一緒にいて、2回しか見たことはないけどさ……」

 結構本気目に怖がりながら、声を潜めてお父さんは言った。

 あの豪胆なお父さんがこんな表情をするなんて……そんなに怖いんだ。そもそも、何で怒られたんだろう……なんだか危険な気がするから、聞かないでおこう。

 私は黙ってコクコクと頷いた。

「さてと……なんだか無駄に疲れたし、こんな時は浴びるように酒を飲みたい……杏南は、明日空いてるか? 杏南さえ良ければ、限界値の把握も兼ねて母さんも一緒に三人で飲みに行かないか?」

 お父さんは割と碌でも無いことを言い始めた。でもまあ、私もなんとなく気持ちが分かってしまう。無理矢理にでも、気分転換をしたい気分だ。

「うん、行こう。初酔っ払い体験、してみたいし。あ、でも勇人の事、見張らなくてもいいの?」

 そもそも、勇人を家に送らなかった理由が、それのはずだ。

「ああ、それなら大丈夫だ。対俺用の、特製のロープでベッドに縛り付けておいた。アレは、熊でもゴリラでも引きちぎれん」

 当たり前のようにお父さんは言った。

「そ、そう。あの、なんでそんな物が家にあるの……?」

 なんだか今日は、家族の闇を何回も見せられている気がする。

「……俺も、極稀に泥酔するからだよ。まあ、杏南が生まれてからは使ってないし、お守りみたいな存在になってたけどな」

 ばつが悪そうに、お父さんは言った。お母さんが本気で怒ったのって、もしかして……

「まあ、考えてる事は、口には出さないでいてくれよな。特に、母さんの前では、な」

 お母さんは一階で待っているはずだが、絶対に聞かれたくないのか、耳打ちしてお父さんは言った。

 つまり、完全無欠だと思っていた両親も、昔はそうでも無かったらしい。

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