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「よく言った。お前になら、任せられるよ。さて……ナターリア。アレ、出してくれるか」
深く頷いてから、お父さんは言った。
「はい。一番特別な日ですものね」
お母さんは全て分かっているらしく、穏やかに頷いて部屋を出て言った。
「ねえお父さん。アレって?」
何か特別なものなんだろうけど。
「まあ待ってろ」
お父さんは静かに言った。
「うん……」
そのまま少し待つと、お母さんが瓶を手にして戻ってきた。
「ええとそれは……お酒?」
ロックグラスを準備するお母さんを見ながら、言葉を口にした。
少し色の入った瓶に入った、茶色がかった液体。瓶の見た目からして、多分蒸留酒かな?
「ああ。これはな、杏南が生まれた時に買った、杏南が生まれた年のウィスキーでな。いつか特別な日に一緒に飲もうと思って、大事にしまっておいたんだ。杏南も飲んでくれ。山田も、な」
少し寂しさの混じった、そして懐かしさと優しさのこもった笑みを浮かべて、静かにお父さんは言った。
「えっと、勇人はその……」
私が止めようとすると、
「いいよ杏南。特別なお酒だからね。少しくらいなら飲めると思うし、大丈夫。お義父さん、いただきますね」
お酒が注がれていくグラスを見ながら、勇人は言った。
「おう。それじゃあ、二人の結婚を祝って、乾杯!」
お母さんが全てのグラスにお酒を注いで席に着いたのを確認してから、お父さんはグラスを掲げて言った。
「乾杯!」
勇人もグラスを掲げて、そのまま口をつけた。
「ちょっと勇人!? そんな風に飲んじゃ……」
蒸留酒なんて初めて飲むんだろう。飲み方を知らないみたいで、勇人は一息で飲み干した。
「んぐっ、ケホッ、ケホッ……つ、強いですね……何度なんですか、これ……」
案の定むせた勇人は、なんとか吐き出さずに飲み込み、クラクラした顔をしながら聞いた。
「うん? 多分、50度無いくらいじゃねえかな。にしてもお前、飲み慣れてないだろ。そんな風に飲むもんじゃねえぞ、コレは。親父さんとかと、飲んだ事ねえのか?」
慣れた様子でゆっくりとグラスを傾けながら、お父さんは言った。
「ごじゅっ……!? そ、そんなに強いんですか、ウィスキーって……? ウチの両親、アルコールは一切飲まないタイプなんで、知らなかったです……すいません……」
目を白黒させながら、勇人は言った。
「もう……ダメだよお父さん。勇人、お酒すごく弱いのに……」
勇人のことを心配しながら、私もゆっくりとグラスを傾けた。……確かに、特別なお酒なんていうだけあって、美味しい。
「あ、杏南? こんな強いの飲んで、大丈夫なの……?」
自分より先に私を心配する勇人。嬉しいんだけど、今だけは自分の心配をしてほしい。
「私はその、慣れてるから。そもそもお酒で酔ったことって、ないし……」
お父さんは言わずもがな。お母さんも民族柄、お酒には滅法強い。そんな二人の子供なので、当然ながら私もお酒は強い。酔ったことがないというのは、誇張抜きの真実だ。お酒の経験が大体お父さんの晩酌に付き合う程度で、そこまでの深酒をしたことがないのもあるけど、本当に酔ったことがない。
「まあ、それはそれで心配なんだがな……今度一回、酔いつぶれるまで一緒に飲んでみるか。限界値を知るのは、重要だからな」
言葉通り、心配そうにお父さんは私を見つめて言った。
「そうね。私も心配……私自身、パパと一緒に同じことしたし、一回知っておくといいかもしれない。まあ、私の時は結局、酔いつぶれる前にお店のウォッカが無くなっちゃったんだけど……」
不安そうな様子で頬に手を当てて、お母さんも同意した。というか、サラッと言ったけど、とんでもないことを言ってない……? お母さんが強いのは知ってたけど、そこまでとは……お店のウォッカ飲み干すって、どういう……?
「こう見えてナターリアは、俺より酒強いからなあ。ロシアの爺さんと三人で飲んだこともあるが、これが本場かと恐れ入ったよ。潰されたのなんか、生まれてから今までで、あん時くらいのもんだ」
いつの間にやら飲み干したらしく、お代わりを注ぎながらお父さんは懐かしそうに言った。そして、ここに来てようやく自分の状況がマズいことに気付いたのか、勇人は顔を青くした。
「ええと……俺、いつもビール一杯でベロベロなんですけど……」
恐る恐る、といった風に勇人は言った。
「え……ほ、本当か山田……? その図体で、か……? 安易に勧めた俺も悪かったが、よくウィスキーなんて飲もうと思ったな……」
信じられないという顔でお父さんは勇人を見た。まあ、お父さんの話だと、あの業界の人は大抵うわばみらしいから、感覚がズレているんだろう。
「その、精々ビールの倍くらいの度数だと思ってて……それならなんとか飲めるって計算で……やっぱり、特別なお酒ですし……飲まないのも悪いと思って……すいません」
困った顔で勇人は言った。
「それなら最初に……いやまあ、そもそも勧めたのは俺か……悪いな、山田。酔いつぶれたら、運んでやるよ」
額に手を当ててお父さんは言った。勇人の体重は余裕で3桁ある。勇人が潰れて寝てしまったら、お父さんでもなきゃ動かせない。
「は、はい……あ、杏南……俺、潰れる前に帰った方が、いいかな……折角の日に、悪いけど……」
心の底から申し訳なさそうに言う勇人。表情こそ冷静なものの、顔は真っ赤で、しかも私ではなくお母さんに向かって話している。既に、かなり回ってきているらしい。
「多分、前に一緒に飲んだ時と同じなら、ちゃんと帰れないと思う……無理しないで、今日は泊まっていきな? 道ばたで寝たりされたら、心配だし……あと、私はこっちだよ?」
勇人の袖を引っ張ると、ようやく勇人はこちらを向いた。
「え、ああ、ごめん杏南。そうか……ええと、すいませんけど、師匠……今日、泊まっても大丈夫ですか……?」
今度は真剣な顔でウィスキーの瓶に話しかける勇人。駄目だこりゃ……両親の方を見ると、二人とも困った顔をしていた。
「……そうだな、隣だし、手を引いていけば帰れないこともないとは思うが……万が一暴れでもしたら、俺以外には止められないだろうしな……この様子を見たら、危なっかしくてウチからは出せん。泊まってもいいというか、絶対泊まれ。酒抜けるまで、ウチから出るな」
キッパリと言うお父さん。飲ませた責任やら、上の立場としての責任やら、色々考えたのだろう。まあ、妥当な判断だ。私も、勇人が暴れて、知らない人を怪我なんてさせたらと考えると、すごく怖いし。
「はい、分かりました……」
最早、目の焦点が合っていない。自分で歩けるうちに、ベッドに連れて行った方がいいかもしれない。
「ね、もうお部屋行こう? ベロベロだしさ。ね?」
勇人の袖を引っ張って、意識を繋ぎ止めようとした。
「予備のお布団はあるけど……敷いてる時間も無さそうね……」
お母さんも、心配そうに言った。
「あー、仕方ねえな……大体の責任は俺にあるわけだし、俺らのベッド使っていいぞ。俺はソファで寝るからよ。悪いけどナターリアは来客用の布団で寝てくれ。いやあ参ったな……弱いとは聞いてたが、ここまでとは……迂闊だった」
自分が飲ませた負い目からか、お父さんは不服そうにしながらも、一番早い解決策を提示した。
「じゃあ、私連れていくね。ほら立って? 頑張って、ね?」
「うゆ……」
フラフラと頼りなさげに勇人は立ち上がった。
「おい、大丈夫か? 俺が行こうか……?」
心配そうにお父さんが立ち上がった。
「だ、大丈夫……れす。杏南も、いるし……」
私の手をガッチリと握りしめて勇人は言った。
「じゃあ……ちょっと、行ってくるね。何かあったら呼ぶから……」
私が言うと、
「流石に杏南一人じゃ無理だろ、これは……俺も行く。はぁ……折角の日に、すまんな杏南。こんなつもりじゃなかったんだが……」
大きくため息をついて、お父さんが付いてきた。
「まあ、うん……これは事故みたいなものだし、しょうがないよ……」
若干お父さんに責任はあるが、全体的に見れば誰が悪いわけでもない、といったところだろう。でもそれはそれとして、かなり残念だ。まあ、仕方ない、か……
「じゃ、じゃあ行ってくるね、お母さん」
お母さんはこれ以上非力な人間が増えたところで邪魔なだけと判断したのか、椅子から動かないでいた。正直、私もいない方がスムーズだとは思うけど、勇人にガッチリと手を握られているから、離れる事ができない。仕方なく勇人を先導して、寝室に向かった。
「コイツ、階段登れるのか……?」
私の家は二階建てで、両親と私のもの。どちらの寝室もあるのは二階だ。となれば当然、階段を登らなければならない。階段まで辿り着いたタイミングで、お父さんは誰に言うでもなく呟いた。
「やっぱ、リビングにお布団敷いた方が、良かったかな……」
このフラフラの巨体に階段を登らせるのは、骨が折れそうだ。
「その方が良かったかもしれんなあ……まあ、ここまで来ちまったし、一回登らせてみるか。俺が下にいれば、大きな事故にはならねえだろ。で、無理そうなら引き返そう」
渋い顔でお父さんは言った。




