第6話 消えた庇護
先代の国王様が亡くなったのは、私達が話してからすぐのことであった。
彼は最期まで、ロサーヌ嬢のことを気にしていたらしい。親族ではない私はその死に目には、立ち入れなかったが、イルファー殿下からそう聞くことになった。
「お祖父様は、既に耄碌していた、ということなのだろう。最後には、ロサーヌ嬢を王家の一員として認めるように言い出した」
「……」
「当然、そのようなことを許すつもりはない。今更彼女を王家に入れるなどという選択はない。そうしたいのならば、もう少し早く行動を起こすべきだったといえる」
先代の国王様の最期の願いは、聞き入られることもなさそうだ。
イルファー殿下以外の王家の者達も、まず受け入れないだろう。既にロサーヌ嬢は、問題を起こし過ぎている。
「それにそもそも、彼女が本当に王家の血を引いているかも不明瞭なものだ。お祖父様がそう勘違いしているだけだったかもしれない」
「そういった可能性もあるものでしょうか?」
「そうなるということだ。王家としては、真実がどうあれ、ロサーヌ嬢など受け入れるつもりはない。父上も兄上も、そのつもりだ」
先代の国王様が勘違いしている可能性も、あるのだろうか。仮にそれが真実だとしたら、彼は自らの娘ではない令嬢に入れ込んでいたことになる。
それはなんとも、悲惨なものだ。何故ならば結果として、彼は実の家族に――
「……イルファー殿下、聞くべきではないかもしれませんが、先代の国王様は」
「シルフィア嬢、それはあなたが知るべきではないことだ。知った所で、どうにかなることでもない。何も変わりはしないのだ」
私が疑問を投げかけてみると、イルファー殿下はゆっくりと首を横に振った。
それが私には、肯定に思えた。ならばやはり、そういうことなのだろう。
その判断が間違っているなどと、言うつもりはない。ただ少しだけ、悲しいと思うだけだ。
イルファー殿下とて、きっと傷ついていることだろう。彼だってできることなら、そんなことはしたくなかったはずだ。だからこそ、話し合いの場を設けたのだろうし。
「イルファー殿下、どうか気を強くお持ちください。お祖父様のことは残念でしたが、あなたは前を向いていかなければなりません」
「シルフィア嬢、それは……いや、そうだな。確かにあなたの言う通りだ。俺は前に進まなければならない」
私の言葉に、イルファー殿下は少し面食らったような顔をした。
ただ彼は、すぐに意図を理解してくれたのだろう。ゆっくりと、そして力強く頷いてくれた。
私は今、イルファー殿下のことを支えたいと思っている。第二王子として、前に進んでいく彼の助けになりたい。無性にそう思ってしまった。
「……まずは、ロサーヌ嬢とのことに決着をつけなければならないか」
「ええ、そうですね。何はともあれ、彼女を庇護する人はもういないのですから」
「行くとするか、シルフィア嬢」
「はい……」
先代の国王様が亡くなり、ロサーヌ嬢は後ろ盾を失った。これでもう、彼女が余裕そうに笑みを浮かべるということもないだろう。
マディウスに関しても、決着をつけなければならない。モルドン伯爵家に泥を塗り、さらにロサーヌ嬢に売った彼にも、鉄槌は下されなければならない。
◇◇◇
「これは、どういうことでしょうか?」
「どういうことかは、あなたが一番よくわかっているはずだ、ロサーヌ嬢」
私とイルファー殿下は、またロサーヌ嬢とマディウスと対峙していた。
ただ今度は、王城でだ。王家はロサーヌ嬢を正式に呼び出し、その立ち振る舞いに警告することを決めたのである。
「……先代の国王が身罷られたと聞きましたが、そのことでしょうか?」
「いや、何のことだ?」
「……イルファー殿下、あなたは聞いたのでしょう? あの人から事実を。私がどういう存在であるかということを」
「さて、何のことだか……」
ロサーヌ嬢は、早速先代の国王様のことを持ち出してきた。
彼女も、馬鹿という訳ではない。彼が亡くなったことで自分がどうなるのか、それは色々と考えてきたことだろう。
しかしイルファー殿下は、ロサーヌ嬢に対して冷たい視線を返す。彼は決して、ロサーヌ嬢の主張など認めないということだろう。
「私は、あの人の娘です。つまり、現在の国王様の妹にあたる」
「なんですって?」
「だからマディウス、あなたもモルドン伯爵家から追放されなかったのよ? 私のお父様が取り計らってくれたの」
「そ、そうだったのか……」
ロサーヌ嬢の言葉に、マディウスは目を丸めていた。
彼は本当に、何も知らずにここまでやって来ていたようだ。それについても、私は少し呆れてしまう。
マディウスは本当に、変わってしまった。ロサーヌ嬢に心酔した彼は、やはり私の知る彼ではないようだ。
「あなたが何を言っているのか、俺にはまったく持って理解することができない」
「イルファー殿下、何を言っているのですか? 前国王様はお認めになったのですよ? 私が娘だと彼は確かにそう言ったのです」
「何か証拠でもあるのか? 俺はお祖父様からそのようなことは聞いていない。そうだな、せめて文書などはないのか?」
「そ、それは……」
イルファー殿下の指摘に、ロサーヌ嬢は視線をそらした。
その動きからして、文書などは存在していないのだろう。それは、当然のことだといえる。
先代の国王様は、ロサーヌ嬢のことを今までひた隠しにしてきた。文書にその事実を残すなんてことは、以ての外だろう。
「わ、私が先代の国王様と話したという記録はあるはずです。誰かが必ず、それを知っているはずです。秘密裏に、私は会っていたのですよ?」
「それはそうかもしれないな。しかし、お祖父さまはこの国のことを憂いておられた。大方、奔放なあなたを秘密裏に注意したというだけだろう。父上という国王がいる手前、公にしづらかったのかもしれない」
「ば、馬鹿げたことを……」
「馬鹿げたことを言っているのは、どちらだ? 先程からふざけたことを言って……」
イルファー殿下は、ゆっくりと首を横に振った。
それに、ロサーヌ嬢の表情が変わる。彼女もわかってきたのだろう。自分が今、どういう状況にあるのか。
「王家を騙るなど、大罪であるぞ、ロサーヌ嬢?」
「くっ……」
ロサーヌ嬢は、イルファー殿下の言葉に唸った。
ここに来て、彼女は重大な失敗をしたといえる。証拠もなく王家の一員だと主張したこと、それはロサーヌ嬢を一気に追い詰めるものであった。
「どうした、ロサーヌ嬢? 顔色が悪いぞ?」
「そ、それは……」
「自らのした過ちに、やっと気付いたということか? しかし、遅すぎるな。先程の主張を今更取り下げた所で、何も変わりはしない」
「うっ……」
ロサーヌ嬢は、項垂れていた。
彼女にとって、自身が王家の一員であるという事実は切り札だっただろう。それを逆に突かれたことは、彼女にとっては意表を突かれたということなのかもしれない。
しかし、彼女はすぐに前を向いた。イルファー殿下を睨みつけるその形相からは、諦めないという意思が伝わってくる。
「このことを公表します。私が先代の国王様の娘であると大々的に発表すれば、情勢は変わります」
「そう思うならば、やってみればいい。だがあなたは、もう少し自分客観的に見た方がいい。社交界を悪い意味で賑わせているあなたの言葉を、誰が信じる?」
「なっ! わ、私は……」
ロサーヌ嬢の勢いは、すぐに収まった。イルファー殿下の指摘が、また突き刺さったからだろう。
社交界において、ロサーヌ嬢の信頼というものは低い。彼女を疎ましく思っている者の方が、基本的には多いのである。
故にロサーヌ嬢が、自らが王家の血を引くと主張しても、賛同する者はいないだろう。
もちろん、先代の国王様本人が主張するならば、話は別である。だが、その本人はもういない。つまり、ロサーヌ嬢の主張はかなり通りにくいのだ。
「当然、まだふざけた主張を続けるというならば、それなりの罰も覚悟してもらうことになる。それでも主張するつもりか?」
「くっ……」
ロサーヌ嬢の額からは、汗が流れていた。
彼女は迷っているようだ。自らが王家の一員であると主張するかどうかを。
仮に主張が通れば、逆転することができる。しかし通らなければ、今よりももっと悲惨な末路が待っている。
それをロサーヌ嬢は、天秤にかけているのだろう。それは、どちらに傾くものだろうか。
ただ、どちらに傾こうとも、イルファー殿下は意に介さないのかもしれない。どうなろうとも、彼ならばロサーヌ嬢を追い詰めるだろう。
「ロサーヌ、しっかりするんだ。まだ、僕達は負けていないはずだろう」
「……」
そんなロサーヌ嬢に、マディウスが励ましの言葉をかけた。
彼は、状況を本当に理解しているのだろうか。その選択がどれ程茨の道となるのか、マディウスがわかっているようには、あまり思えない。
私のその気持ちは、ロサーヌ嬢と同じであったようだ。彼女は、鋭い視線をマディウスに対して向けている。
どうやらマディウスの言葉は、逆効果であったようだ。ロサーヌ嬢は、激情を抱いている。イルファー殿下にはぶつけることができない怒りが、マディウスに向いたようだ。
「ロサーヌ? どうしたんだい?」
「……」
「ロサーヌ……」
ロサーヌ嬢の鋭い視線に、マディウスは怯んでいた。
ロサーヌ嬢の気迫は、中々のものだ。流石のマディウスも、彼女の怒りが自分に向けられていることに気付いたのだろう。
「マディウス、あなたなんと言ったの?」
「いや、負けてないと……」
「負けていないですって? ふざけないで頂戴! マディウス、あなたは何もわかっていないのね? それとも、無関係のつもりなのかしら?」
「ロサーヌ、僕は……」
ロサーヌ嬢は、マディウスに詰め寄っていた。
イルファー殿下には、最早敵わないと彼女は悟っているのだろう。自らの負けを認めざるを得ない状況でのマディウスの発言だ。それにかなり、怒っているらしい。
追い込まれた怒りをぶつけられる者が、他にいないということも大きいのだろうか。ロサーヌ嬢はマディウスに対して、激しい憎悪を向けていた。
「私達は、負けたのよ? ここにいるこの二人に……敗北したのよ! もう負けを認めざるを得ないわ! 私は牢屋の中よ? これ以上反抗してみなさい。どうなることか……」
「うぐっ……」
「役立たずのあなたに、何がわかるというのかしら? 結局の所、あなたは足を引っ張っていただけじゃない。私のために何一つとしてしていないあなたが……」
「なっ……!」
ロサーヌ嬢は、マディウスのことを罵っていた。
それは怒りに任せた暴論とも言えるが、実際の所マディウスは特に何もしていない。
彼がやったことといえば、イルファー殿下に付け入る隙を作ったというだけだ。それは言うまでもなくに、ロサーヌ嬢に利することではない。
マディウスという大きな荷物を抱えたことが、ロサーヌ嬢の失敗だといえるのかもしれない。
とはいえ、それは自業自得だ。彼女はマディウスを受け入れたのだから。
「ロサーヌ、僕は……」
「軽々しく、私の名前を呼ばないで頂戴。この私を誰だと思っているの? くっ……私は、私は……」
「ロサーヌ……」
ロサーヌ嬢は、マディウスの胸倉を掴んで呻いていた。
先代の王の娘であるという事実に、彼女は縋ろうとしていた。しかし、それはもう許されない。これ以上その主張を続ければ、イルファー殿下も容赦しないだろう。
やがて、ロサーヌ嬢はマディウスを離して、力なく椅子にもたれかかった。逆らう気力さえなくなったということなのだろう。
「……誰かいるか?」
「はっ、イルファー殿下……」
「ロサーヌ嬢を連れて行け。王家の血筋を騙る逆賊だ。牢屋に繋いでおけ」
「了解しました。ほら、行くぞ……」
イルファー殿下の声に、兵士の一人が反応した。
事前に手配されていたのだろうか。彼は素早くロサーヌ嬢に声をかけ、彼女を連れて行く。
彼女が社交界で浮名を流すことは、もうないだろう。ロサーヌ嬢は少なくともしばらくの間――あるいは一生、冷たい牢屋の中で過ごすことになるのだから。
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