第4話 子爵家への訪問
私とイルファー殿下は、ランドー子爵家の屋敷を訪れていた。
そこにマディウスがいるからだ。モルドン伯爵家の決定を伝えるという名目で、私達はそこに乗り込んだ訳である。
「驚きましたね。また、イルファー殿下と顔を合わせることになるなんて、思ってもいませんでした。わざわざご苦労なものですね、王家からの通達を第二王子が知らせに来るなんて」
「重要なことである故に、俺が自ら足を運ぶことになったに過ぎない。もっとも、マディウス伯爵令息がこのような所にいるのは、問題であると言えるがな」
私とイルファー殿下の前には、ロサーヌ嬢とマディウスが座っている。
考えてみれば、それはおかしな話だ。二人の関係性は、貴族として何ら保証されているものではないというのに。
「……マディウス様、お久し振りですね? 少し瘦せられましたか?」
「システィア……どうして、君がここに来ているんだ?」
「私は、イルファー殿下の助手を務めさせてもらっています。色々とあって、暇になったものですからね。お仕事を与えていただいたのです」
「だからと言って、ここに来ることは……」
私が話しかけると、マディウスはまた目をそらしてきた。
イルファー殿下が言っていた通り、私の存在は彼にとって負荷となっているようだ。今のマディウスからは、覇気が感じられない。
「……マディウス? 何を動揺しているのかしら?」
「ロサーヌ、いや、僕は……」
「何も動揺することなどないでしょう? 私が傍にいるのだから。それともあなたはまだ、この子に未練があるというのかしら?」
「そ、そんなことはないとも。僕は君一筋だ」
動揺していたマディウスに、ロサーヌ嬢が話しかけた。
彼女は、少し不愉快そうにしている。ただそれは、本気ではないだろう。ロサーヌ嬢は演技している。
それは、マディウスを奮い立たせるためか。それとも、彼をもっと自分に依存させようとしているのだろうか。その真意というものは、よくわからない。
ただ二人のやり取りは、私にとって実に不愉快なものであった。少なくともロサーヌ嬢は、自らがしたことに罪悪感など微塵も持ち合わせていないことも、よくわかった。
「あら、シルフィア嬢? どうかしましたか? なんというか、すごい目でこちらを見るものですね?」
「……いえ、私は別に何も」
「本当ですか? 思っているのではありませんか? 私のことが気に入らないと」
ロサーヌ嬢は、目を細めながら私に言葉をかけてきた。
それは揺さぶり、ということだろうか。先程のやり取りに反応したことで、私は隙を見せてしまったということかもしれない。
彼女のペースに、乗るべきではないだろう。これでは、私がイルファー殿下の弱点になりかねない。それでは、本末転倒だ。
「……本当に奇妙なものだな、ロサーヌ嬢」
「イルファー殿下? 言葉の意味がわかりません。一体、何が奇妙だというのです」
「あなたの振る舞いが、ということだ。他者を悪戯に揺さぶるその様で、よく社交界で生き残れてきたものだ。正直、感心している」
「……」
そこでイルファー殿下が、助け船を出してくれた。
彼は極めて煽るような口調で、ロサーヌ嬢に言葉をかけている。自分のことは棚に上げて、彼女の発言を咎めているのだ。
これには、流石のロサーヌ嬢も顔を歪めている。これは先程までとは違い、本当に不愉快そうだ。
「私がしたことは、咎められるようなことではないはずです。政略結婚をしなければならないと、王家が取り決めている訳でもないでしょう? 人を愛することが、罪だとでも言うのですか?」
「あなたによって、貴族間で交わされた契約が何度も破棄されていることは、充分な問題だといえる。その原因を取り払いたいと思うのは、国をまとめる立場として当然のことだ」
「……それなら、やってみればいいでしょう? できないからこそ、あなたはここに来ているのではなくて?」
ロサーヌ嬢の口調は、少し荒っぽくなっていた。
それに私は、違和感を覚える。先程の言葉が刺さったにしても、彼女は明らかに動揺し過ぎだ。私を煽っていた時とは、態度が大きく違う。
もしかしたら、イルファー殿下はロサーヌ嬢にとって、弱点ということなのかもしれない。彼女は彼に対して、何かしらの思う所があるのだろうか。
「……所で、僕に伝えたいこととは何なのですか?」
イルファー殿下とロサーヌ嬢が言い合っている中、今まで黙っていたマディウスが声を出した。 そういえば、まだ本題には入っていない。モルドン伯爵家からの追放、それは伝えられていない。
ただそれは、事前にイルファー殿下と打ち合わせていたことだ。できるだけ本題に入らない。イルファー殿下は、二人を揺さぶるためにそのような作戦を立てたのだ。
「そういえば、そうですね。マディウスに関して、通達があったのでしたか」
「……そのことについて話す前に、マディウス伯爵令息に問いたいことがある。あなたは、モルドン伯爵家に何の連絡もせず、ここにいるな? それは、どういうことだ?」
「それは……」
イルファー殿下は、マディウスとロサーヌ嬢からの質問を受け流しながら、逆に質問を投げかけた。
それにマディウスは、怯んでいる。彼としては、答えにくいことだろう。ロサーヌ嬢にうつつを抜かして、ここにいるなどということは。
「彼がここにいるのは、私と一緒にいるためですよ、イルファー殿下。恋人同士が蜜月を過ごしていると言えば、わかりますか?」
「それが家のことを放ってここにいる理由になると、本気で思っているならば、あなたもマディウス伯爵令息も、貴族として失格と言わざるを得ない」
「……お言葉ですが、まだ一週間程度家に帰っていないだけです。そこまで、問題になることとは思っていません。父上からの連絡には、返信しました」
モルドン伯爵が、マディウスに対して手紙を出していたことは、私も知っていた。
それは所在を確かめるためのものだったそうだが、それに彼はどのような返信をしたというのだろうか。
そもそも、出掛けて帰らないというならば、マディウスの方から連絡するのが筋というものだ。それをしなかったのは、咎められるとわかっていたからだろう。
「反省の色もないという訳か」
「……心配をかけたことは、申し訳なく思っています」
「婚約破棄したことも、あなたは家に伝えていなかったようだが?」
「それは……追って話そうと、思っていました」
「話にならないな」
イルファー殿下は、淡々と言葉を発していた。
反論していたはずのマディウスの勢いは、どんどんとなくなっていく。自分に正当性がないことを突き付けられて、何も言えなくなっているようだ。
「しかし、なるほど、モルドン伯爵の判断は正しいものだった訳だな」
「……それは、どういうことですか?」
「マディウス伯爵令息、モルドン伯爵はあなたを家から追い出すということを決めた。そして王家は、それを承認している。俺は、その通達のためにここに来たのだ」
「なっ……」
マディウスは、目を見開いていた。家からの追放、それは予想していなかったということだろうか。彼は、固まっていた。
それを見て私は、呆れてしまう。これだけのことをしたというのに、この結末を予想していなかったなんて、甘いと言わざるを得ない。
「……」
そう思っていた私は、視界の端に映るロサーヌ嬢の表情に気付いた。
彼女は、笑みを浮かべていた。それに私は、驚く。この状況で、そのような表情をする。彼女のその余裕は、一体どこから来るものなのだろうか。
「僕が追放? どうして、そんなことに……」
「モルドン伯爵の判断は、当然のものだ。婚約破棄して家に連絡もせず、遊び惚けているあなたのような者を家に置いておけると思っているのか?」
「そ、それは……」
マディウスは、イルファー殿下の言葉に目をそらしていた。
面食らっていたものの、思い出したのだろう。自分が何をしたのかということを。
しかし、それがわかるのならば、そんなことはしなければ良かっただろうに。
マディウスはロサーヌ嬢に惚れ込んだ結果、正常な判断ができなくなっているということなのだろうか。
「……ロ、ロサーヌ」
「……」
そこでマディウスは、ロサーヌ嬢の方へと視線を向けた。
その縋り付くような視線は、何を意味しているのだろうか。ロサーヌ嬢からの助け舟を期待している。あるいは、彼女に見捨てられると思ったということかもしれない。
ロサーヌ嬢は、笑みを浮かべている。それは余裕のある笑みだ。そういった表情ができる理由は、やはりわからない。
「……マディウス、家から追い出されるというならば、私達の関係も考え直さなければならないわね」
「なっ……ま、待ってくれ。僕は」
「私も、子爵家の令嬢という身だもの。貴族の一員でなくなったあなたと関係を続けるというのは、難しいように思えるけれど?」
「そ、そんな……」
ロサーヌ嬢は、笑みを浮かべたまま、マディウスに言葉をかけた。
それは彼を突き放すような、ともすれば非情なものであった。マディウスはひどく動揺している。愛する者からの拒絶に、彼は落胆しているようだ。
ロサーヌ嬢は、明らかにその様子を愉しんでいる。彼女の今の笑みは、とても邪悪だ。その表情からして、マディウスのことを本気で愛しているという訳でもないのかもしれない。
「き、君に見捨てられてしまったら、僕は一体どうすればいいんだ……お願いだ、助けてくれ」
「……どうしようかしらね? ああ、でも、そうだわ。モルドン伯爵家の資産をもらえるというならば、考えてもいいわ」
「資産?」
「あなたは、家を継ぐのでしょう。その時に権利を色々と、私に与えてくれるというならば、考えてあげてもいいわよ?」
ロサーヌ嬢の提案に、私は固まっていた。
彼女は、マディウスを食い物にしようとしている。彼を利用して、モルドン伯爵家の財産を手に入れようという訳か。彼女には、欲深い一面もあるらしい。
しかし、その提案はおかしなものだ。仮にマディウスがそれを受け入れても、そのようなことが実現するとは思わないのだが。
「……いいとも。僕が家を継いだ暁には、君を妻に迎えるのだから、問題はない」
「ふふっ、それなら契約成立ね」
私が色々と考えていると、マディウスがロサーヌ嬢の提案を受け入れてしまった。
実現するかどうかはともかくとして、その選択に私は呆れてしまう。マディウスはついに、自身の家にまで泥をかけようというのか。
「……ロサーヌ嬢、あなたが何を考えているのかは知らないが、マディウス伯爵令息はモルドン伯爵家から追放される。それがモルドン伯爵の判断であり、王家が決定したことだ」
「イルファー殿下、そうしたいならば、そうすれば良いではありませんか。できるかどうか試してみれば、良いでしょう」
「何を考えているのかは知らないが、あなたの自由にさせるつもりはない」
「さて、どうでしょうかね?」
ロサーヌ嬢は、また笑みを浮かべていた。
それに対してイルファー殿下は、私の方に視線を向けて来る。それは、この場から去るという合図のようだ。
私は頷いて、彼とともに立ち上がる。とりあえず、一時退散ということになりそうだ。後はロサーヌ嬢の出方を伺うということだろうか。
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