第3話 伯爵との話し合い
お父様は、マディウスの婚約破棄に激怒した。
それは、当然のことだといえる。婚約破棄とは、二家の間で取り交わされた契約を破棄するということだ。さらに私に対する侮辱ともいえる。
親友の息子であっても、この仕打ちはお父様も我慢ならなかったようだ。そこでモルドン伯爵と、改めて話すことになった。
「息子がしたことは、本当に申し訳なく思っている。まさかあれが、そのようなことをするとは……」
「俺としても、信じられないことではある。しかしモルドン伯爵、事実としてお前の息子は婚約破棄をしたのだ。その責任は取ってもらわなければならない」
「もちろん、そのつもりであるとも……」
モルドン伯爵も、ひどく気落ちしているようだった。
私にも良くしてくれた人なので、それを見るのは少し忍びない気持ちもある。
とはいえ、マディウスの行いを擁護することはできない。それによって私やザナール侯爵家は、既に損害を被っている。
「しかし、謝罪の場にマディウス本人がいないということは、また気に入らないことではあるな」
「……」
「……モルドン伯爵? どうかされたのですか?」
お父様からの質問に、モルドン伯爵は答えない。
この期に及んで、隠すようなことがある訳もないだろうに。いやもしかしたら、マディウスはあの後――
「まさか、マディウスはあの舞踏会から戻って来ていないのですか?」
「……ああ、その通りだ。実の所、マディウスは帰って来ていない。大方、ロサーヌ嬢とともにいるのだろう。こちらに連絡は何もないが」
「そうでしたか……」
マディウスは、王城で私とイルファー殿下の前から去ってから、家にも戻っていない。その事実は、嫌気が差すようなものであった。
要するに彼は、ロサーヌ嬢にうつつを抜かしている訳だ。貴族としての立場や責任すらも、忘れているというのか。
「……モルドン伯爵、お前の友として言わせてもらうが、マディウスに対しては然るべき対処をしておいた方がいい」
「それは……」
「息子に対して情があることは理解できるが、これ以上家の一員として認めていると、破滅を招くことになるぞ? 俺達は家の当主として、時に非情にならなければならない」
怒っていたお父様は、少し態度を軟化させて、モルドン伯爵に助言した。
その言葉に、伯爵は目を瞑る。考えているのだろう。マディウスをどうするべきかを。
貴族としては、切り捨てるべき状況だ。それは間違いない。しかし、息子に対してそうすることには、抵抗があるのだろう。
「……モルドン伯爵、ロサーヌ嬢は危険な令嬢です。彼女が公爵家との間で起こしたことは、知っているはずでしょう?」
「む……」
私は、モルドン伯爵に言葉をかけた。
それは私が、イルファー殿下が計画していることを知っているが故の言葉だ。このままでは、モルドン伯爵家もロサーヌ嬢の断罪に巻き込まれかねない。
できることなら、そうなって欲しくはない。モルドン伯爵には、これまでお世話になってきたし、何より家の問題は領地の民の暮らしにも影響してくる。
「……そうだな。私も決断しなければならないか」
モルドン伯爵は、数秒の沈黙の後、私の言葉に頷いた。マディウスに対して、然るべき対応をすることを決めたのだろう。
これで少しは、モルドン伯爵家に対する風評などは避けられるか。それでも色々と言われることだろうが、何もしないよりは遥かにマシなはずだ。
◇◇◇
モルドン伯爵がマディウスの家からの追放を決定してから、私はイルファー殿下に呼び出されていた。
ロサーヌ嬢との一件に関して、話し合いたいことがあるということだった。私はとりあえず従い、王城まで足を運んだ。
「シルフィア嬢、忙しい中、よく来てくれたな」
「いえ、どうせしばらくはやることもなかったので……私は婚約破棄された身ですから。しかし、どうして私を? これ以上、役に立てるようなことはないと思うのですが」
イルファー殿下には、当然協力したいと思っている。ロサーヌ嬢がこれ以上国をかき乱すのは、被害者の一人として食い止めたい所だ。
ただ、私にこれ以上できることがあるのだろうか。もちろん、ザナール侯爵家の令嬢としてそれなりに力はあるとは思うが。
「ザナール侯爵家――お父様などではなく、私に連絡したのには理由があるのでしょうか?」
「あなたは、マディウス伯爵令息と懇意にしていたからな。今回の件において、あなたの存在はこちらにとって武器になる。以前と同じように、な」
「また、マディウスの罪悪感を刺激するということですか?」
「ロサーヌ嬢は手強い相手だ。あれを崩すことは容易ではない。故に俺は、マディウス伯爵令息の方を責めるつもりだ。二人が結びついている限り、その存在は弱点になりえる」
イルファー殿下は、恐ろしい人であった。彼はマディウスの罪悪感をとことん利用するつもりだ。ロサーヌ嬢を切り崩すために。
マディウスは私が決別の言葉をかけてからも、未練というか、曖昧な態度であった。彼の中には、確かに私への罪悪感があると考えられるか。
それならば私の存在は、マディウスへの負荷として有効なのかもしれない。
「あなたに対しては、酷な頼みであると言えるか? もちろん、断ってもらっても構わない。かつての婚約者――幼馴染の前に立ちたくないというならばな」
「いえ、そのことについては、特に問題はありません。私としても、マディウスのことは気になっていますから。彼と、それからロサーヌ嬢を最後まで見届けたいという気持ちはあります」
ロサーヌ嬢の一件に関して、被害者として、それからマディウスに微かに残る情から、私は見届けたいと思っている。
だから、イルファー殿下の提案を断る理由などはない。もちろん、何が起こっても、マディウスを助けるつもりなどはない上で。
「マディウスはもう、私の知る彼ではありません。ロサーヌ嬢に魅入られてから、彼はもう変わってしまったのだと思います。大袈裟かもしれませんが、私の中にいたマディウスは死んだのです。今は彼がもう、抜け殻のように思えます」
「なるほど、それは道理かもしれないな。俺もクードに関しては、同じことを思っている。奴に同情するつもりなどはないが、な……」
私の言葉を受けて、イルファー殿下は言葉を発した。
その表情は、明るいものではない。クード公爵令息とは、仲が良かったのだろうか。いとことして、親交があったということかもしれない。
だからこそ彼は、ロサーヌ嬢を追っているのだろうか。クード公爵令息の敵討ちとして。
彼女と出会わなければ、違う未来があったかもしれない。そう思う気持ちは、私にもわかる。私達は、同じ立場にあるということだろうか。
「モルドン伯爵から、王家に要請があった。それはマディウス伯爵令息を家から追い出すというものだ。それを俺は通達しに行く。貴族の管理は、王家の仕事の一つだ」
「それに、私も同行すれば良いということですね?」
「ああ、俺の助手ということにしておけば、体裁としても問題はないだろう。そもそも、俺が自ら赴くことが異例中の異例である訳だがな」
「わかりました」
私は、イルファー殿下の説明に頷く。
また、マディウスとロサーヌ嬢と顔を合わせることになる。少し、気を引き締めておかなければならないだろうか。きっと、穏やかな邂逅には、ならないのだから。
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