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どうぞ、あなたが心を奪われたご令嬢とともにお行きください。  作者: 木山楽斗


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第2話 彼との決別

 私は、イルファー殿下と王城の廊下を歩いていた。

 ロサーヌ嬢がどこにいるか、それを彼は把握していたらしい。


「ロサーヌ嬢には、ヘイゼルという男爵家の令息と懇意になってもらう手筈だった。奴ならば、上手くやってくれると思っていたのだがな」

「ヘイゼル男爵令息は、その作戦を了承しているのですか?」

「奴は俺にとっては、信頼できる部下だ。もちろん、報酬は支払っている。名誉も回復できるように取り計らうつもりもある」


 第二王子であるイルファー殿下は、男爵家の令息まで部下として使えるようだ。

 それは、私にとっては少し驚くべきことではあった。王家と貴族が対等ではないとはいえ、命令されて忠実に従う関係だとは。

 イルファー殿下の個人的な部下、ということなのだろうか。


「……奴ならば、上手くやってくれているとは思うが」

「……イルファー殿下、あれを」

「なるほど、そうなったか……」


 イルファー殿下が把握していたロサーヌ嬢の居場所に、彼女は確かにいた。

 ただ、その状況というものは良いものではない。床に転がり頬を押さえている男性は、恐らくヘイゼルであるだろう。

 そして彼を殴ったのは、マディウスだ。彼はロサーヌ嬢を庇うように立ち、ヘイゼルを見下している。


「……何のつもりですか、マディウス伯爵令息」

「何のつもりも何もないだろう。君は彼女に言い寄ろうとしていたな?」

「それに問題があるとは思いませんが、俺はまだ婚約もしていません。そういう意味では、あなたの方が問題でしょう。あなたは、システィア伯爵令嬢と婚約していたはずだ」

「その婚約は、既に破棄されている。僕の方も、何も問題はないということだ」


 マディウスの言葉に、私は頭を抱えることになった。

 婚約破棄したことは問題であるというのに、何を誇らしげに語っているのだろうか。

 その言動によって、私は理解した。私の知るマディウスは、もういないのだと。彼はロサーヌ嬢に惚れ込み、変わってしまったのだろう。


「イルファー殿下、どうされますか?」

「システィア嬢、あなたには悪いが、俺は利用できるものは利用するつもりだ」

「それは……」

「こうなった以上、マディウス伯爵令息には犠牲になってもらう。ただ、それだけのことだ」


 イルファー殿下は、そう言った後に歩み始めた。

 少し考えながらも、私もそれに続く。今の言動からして、マディウスが元に戻ってくれる可能性は低い。それなら私も、然るべき対応というものを考えなければならない。


 いや、そもそも彼には、婚約破棄されている。イルファー殿下に反発してまで、助ける理由などはない。幼馴染としてのよしみもある訳ではあるが。

 ただ父の友人として私にも良くしてくれていたモルドン伯爵夫妻には、少し申し訳がない。とはいえ、それでも私はイルファー殿下を止めようとは思わなかった。


「……何やら、奇妙なことになっているようだな?」

「あなたは……」


 イルファー殿下の来訪に、マディウスは目を丸めていた。

 彼はそれから、私の方にも視線を向けてくる。すると少し、罰が悪そうな顔をした。一応、罪悪感はあるということだろうか。


「ヘイゼル男爵令息、大丈夫か?」

「イルファー殿下……」

「何やら、大変なことになっているようだな。しかし、もうやめにしておけ。ロサーヌ嬢などに言い寄るのは、な?」

「……そうですね。こんなことになってまで、彼女にこだわる理由もありませんか」


 イルファー殿下は、ヘイゼルに声をかけた。

 その意図は、伝わっているようだ。ヘイゼルはゆっくりと立ち上がり、その場から立ち去っていく。


「……しかし、ロサーヌ嬢、あなたはまた問題を起こすつもりか? 最近は大人しくなったと思っていたのだがな」

「……問題なんて、それは随分な物言いですね、イルファー殿下。私は別に、そのようなつもりはありませんのに」


 イルファー殿下は、続いてロサーヌ嬢に対して言葉を発した。

 それに辺りの空気は、少し張り詰める。その原因はマディウスだ。彼はイルファー殿下を睨みつけている。その言い分が、気に食わなかったのかもしれない。

 もっとも、小言を言われたロサーヌ嬢自身は、あっけらかんとしていた。その余裕な態度は、一体どういうことなのだろうか。


「イルファー殿下、穿った言い方をするものですね。王家の方が、女性に対してそのような態度をとるのは、紳士としてあまり良いものではないと思いますが……」

「マディウス伯爵令息、シルフィア嬢から既に話は聞いている。婚約破棄とは、随分と大それたことをしたものだな」

「それは……必要なことだったからです」


 マディウスは、イルファー殿下に食ってかかろうとした。

 だが婚約破棄のことを持ち出されて、彼の勢いは落ちる。やはり私に対して、負い目があるということなのだろう。

 それなら私も、言っておきたいことがある。この際だ、全て吐き出してしまうとしよう。


「マディウス、これがあなたの婚約破棄した理由、ということかしら?」

「シルフィア……そうだとも。僕は彼女に、ロサーヌ嬢に心を奪われたんだ」

「それは、モルドン伯爵家の名誉を投げ打ってでも、取りたい選択だったの?」

「家のことは関係がない。これは僕の問題だ」


 私の質問に対して、マディウスは強硬な姿勢を崩しはしなかった。

 罪悪感はあれど、考えは変わらないということだろうか。その先に何が待ち受けているのか、彼は何もわかっていないようだ。

 それを聞いて、私の決意も改めて固まった。彼が一線を越えた以上、私も決別しなければならない。これからの私自身と未来のためにも。


「そう……それなら、どうぞ、あなたが心を奪われたご令嬢とともにお行きください。私とあなたは、もうなんでもありません。婚約者でも、幼馴染でも」

「シルフィア……」


 私が突き放すための言葉を発した瞬間、マディウスは目をそらした。

 彼はこの期に及んでまだ、決意が固められていないのだろうか。その様さえ、私にはなんというか中途半端なものに思えてしまった。


「ロサーヌ嬢、また一人誑かした、という訳か?」

「……人聞きの悪いことを仰りますのね、イルファー殿下は」

「クードのことを忘れた訳ではあるまい。あの時と状況は同じだ」

「お言葉ですが、彼は私に勝手に惚れて、婚約破棄しただけですよ。マディウス伯爵令息も、同じことです」


 私とマディウスの言い争いが終わってから、イルファー殿下はロサーヌ嬢に視線を向けた。

 彼女の方は、まだ余裕だ。ただ、その言葉にマディウスが不安そうな顔をする。彼はロサーヌ嬢に受け入れてもらえるか、まだわかっていないということか。


「しかし、こうして全てを投げ打って愛を貫こうとしてくれる殿方には、なんとも心惹かれるものがありますね……」

「ロサーヌ嬢……」

「元、婚約者様にも認めてもらったことですし、私は彼と一緒に行きましょうかね」

「ありがとうございます、ロサーヌ嬢……」


 ロサーヌ嬢は、マディウスの腕を抱いた。

 それに彼は、今まで見たことがないような顔で喜んでいる。それを見ていると、なんだか少し気分が悪くなってきた。


「……ロサーヌ嬢、あなたがどう思っているのかは知らないが、客観的に見れば、令息を誑かしていると考えられることになるぞ? それがどういうことか、理解しているのか?」

「あら? イルファー殿下は、おかしなことを仰いますね。人を愛することが、罪になるとでもいうのでしょうか?」

「それによって、婚約を破談にしてきたというならば、問題だ。家同士の契約を何度も破談にしていれば、王家としては然るべき対処をする必要がある」

「ふふっ……」


 イルファー殿下の言葉に、ロサーヌ嬢は笑みを浮かべた。

 何故、そこまで余裕でいられるのだろうか。私にはそれが、理解できない。王家に目をつけられて、彼女は追い詰められているはずだというのに。


「それができないことは、イルファー殿下が一番よくわかっているのではありませんか? これまでも私の行動を咎めようとしていらっしゃったのに、できなかったのでしょう?」

「……」

「マディウス様、行きましょうか。これ以上は、時間の無駄ですから」

「は、はい……」


 イルファー殿下に意味深なことを言った後、ロサーヌ嬢はマディウスとともにその場を離れて行った。

 私は、イルファー殿下の方を見る。すると彼は、神妙な顔をしていた。ロサーヌ嬢の言っていたことは、本当なのだろうか。


「イルファー殿下……」

「ロサーヌ嬢の言ったことは、確かだ。令息達の証言が取れなかったこともあるが、それにしてもおかしな点はある。ロサーヌ嬢は、一介の子爵令嬢にしては手が届かなさすぎる」

「それは……」

「それについて確かめることも、今回の目的の一つだ。彼女がこうして行動を開始した以上、自ずと明らかになることだろう」


 イルファー殿下は、険しい表情をしていた。

 しかし、ロサーヌ嬢にはどんな事情があるというのだろうか。王家であっても手が出せない事情なんて、そうないと思えるのだが。

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