舞踏会で先手を打つ
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楽しんでいただけると幸いです。
日記帳を呼んだアレクシスは首を傾げてローレッタに尋ねた。
「どうしてセシル殿下にばかにされたのにクレアとバージル殿の仲を引き裂こうとしているんだ?この悪霊は」
「ああ、それは簡単なことよ」
そう言ってローレッタはナプキンに鉛筆を取り出し、絵を描きだした。
「よいこと?これがクレアでこれがセシル殿下、これがバージル様とするわ」
「待て、見分けがつかないから下に名前を書いてくれ。君は絵が下手だな」
「うるさい、放っておいて。ーーこれでいい?それでよ、悪霊がこれね。こいつは最初殿下に取り入って仲良くしようとしたわけよ」
「ああ」
「でも失敗した。殿下はクレアと仲が良いからクレアばっかり贔屓する。ーー女の心理ならどうすると思う?」
「わからんな。セシル殿下に直談判はしないのか?」
2人のの意見にローレッタもクレアも溜息を吐いた。ローレッタが言った。
「だからあなたたち2人とも女に騙されそうな顔してるのね。よくわかった。ーーセシル殿下に直談判なんかしたら王宮に出入り禁止になるかもしれないじゃない?セシル殿下厳しい人だし。だから」
「ああ、なるほど、分かったよ」
コンラッドが言い、まだ分からないアレクシスはコンラッドに「どういうことだ」と尋ねた。
「つまりこういうことですよ兄さん、悪霊は自分より上だと判断した者には手を出せないんですよ。性格とか、武術を嗜んでいるとか、階級が上とか、そういうので。セシル殿下はたしか運動神経抜群で武術も子供のころから護身用として習っているはず。それに王族だ。立場でも体術でも勝てそうにないと悪霊は判断したんです。だからセシル殿下と仲が良いクレアの方に矛先を向けてクレアを傷つけることで間接的にセシル殿下を傷つけることにもなる。たぶんこの悪霊、バージル殿と自分がくっつくようにも仕向けたいんじゃないんですかね?結婚はしたまま愛人を囲うように」
「そういうこと。ーー殿下は悪霊のこと知っているの?」
「いや、知らないな」
「じゃあ今日の舞踏会、私も参加するわ。セシル殿下もいらっしゃるし」
「大丈夫なのローレッタ?王宮のパーティーであなたの評判最悪になったわよ」
「好都合よ。最悪じゃないとできないこともあるもの」
ローレッタはそう言って朝食の肉を切って口に入れた。3人はやはりローレッタの食事の仕方は貴族のそれだ、と頭に入れた。悪霊との違いを見分けれるようにしておかないとならない。
「君、それで行くのか?」
困惑するアレクシスやコンラッドにローレッタは「ええ」と透けて見える靴下をはいた。男たちは目を逸らした。さすがに政略結婚で結婚した妻といえど、脚を見るのは失礼に当たる。ローレッタは髪を整え、「よし」と言い、馬車に乗り込んだ。ファウラー一家は心配だった。
会場に着くと、男たちはローレッタの服装に目を奪われ、女たちは眉を顰めた。
今日のローレッタは黒のところどころがメッシュでできていてスカートは青の透けるような薄い生地と黒い薄い生地がふくらはぎのところで金魚の尾ひれのようにひらひらとたなびくまるで娼婦のようなドレスだった。胸元は大きく開き、谷間が見え、そこには大粒のピンクダイヤモンドのネックレスが輝いている。
薄い靴下に黒いハイヒール、黒い長手袋で髪はサイドアップにしてやってきた彼女はセシルを探した。彼女は暇そうに王族用の椅子に腰かけていた。ローレッタは近づき、不躾にもセシル殿下に話しかけた。
「セシル殿下、ご機嫌麗しく。この前は『豚に真珠』と言ってくださってありがとう。あれからドレスを新調しましたの。いかが?」
「今度は場末の娼婦か。君に謙譲という言葉はーーーああ、あればそんな格好はしないか」
セシルの言葉にローレッタは不敵に笑い、セシルの椅子の肘掛けに片足を乗せた。セシルもさすがに驚いたように目を見開いた。
「謙譲かどうかはご自分の目でご確認くださいませ」
そう言ってセシルだけに見えるようにスカートの先を手で持ち大きくめくって下着を見せつけた。ほかの貴族たちは何をしているんだと青くなって見ていた。
セシルも一瞬は驚いたが、ローレッタの下腹部に書かれた文字を読み、先日の王宮パーティーを思い出し納得した。そこにはこう書かれてあった。
『悪霊に取り憑かれた哀れな女ローレッタ。
騎士よ、クレアを守って』
セシルが好きな冒険譚の一節であったためにセシルはローレッタが何が言いたいのかを明晰な頭脳ですぐに理解した。クレアが悪量に取り憑かれているローレッタの手によって危険が及ぶらしい。
ローレッタが足を肘掛けからどかし、スカートを元に戻すと「そういうわけですので、詳しいことはクレアにお聞きくださいませ殿下」と淑女らしく礼をして去って行った。
この動作でセシルは先ほどのことは冗談ではないかもしれないと考えた。王宮パーティーでのローレッタはこのような挨拶すらできなかったのだ。
この挨拶は数日練習したくらいであそこまで自然にできるものではない。セシルはアレクシスとクレアを呼んだ。
ローレッタがファウラー卿の元へ戻ろうとしたときに実家のオルブライト伯爵に腕を掴まれ会場の外まで連れて行かれ、人気のないところで頬を打たれた。彼は怒鳴った。
「オルブライトの名を汚しよって!ファウラー家に嫁いだからと言っていい気になるなよローレッタ」
「ーーフン、いい気になっているのはそっちじゃないのよ。私は今アンタに構っている余裕はないの。放っておいて」
「なんだとーー、まあいい、それよりお前、掴んだか?ファウラー家の情報だ」
オルブライト伯爵がそうたずねるとローレッタは首を振った。
「いいえ、なにも。息子たちの好物すらつかめない」
「なんだと?!この役立たずめ!ちゃんと取り入れと言っただろう?ーーいや、お前に限ってそれはないな。もしや私から逃げる気か?きちんとジェレミーの将来の為に尽力し...」
ローレッタは息を吸って悲鳴をあげて逃げ出した。走る途中で服を自分でビリビリと破き、靴を片方落として会場に走った。
追いついたオルブライト伯爵がローレッタを押し倒し、うつ伏せに倒れた彼女の髪を掴んで引っ張り上げたとき、彼女は叫んだ。
「誰か助けてえ!お父様がまた私を...、助けて殺される!」
会場にいた貴族たちはどう見ても暴行の果てに逃げてきたローレッタを捕まえて床に倒し、髪を掴んで目を肉食獣のように輝かせて笑っているオルブライト伯爵の姿を見て、これは大変だと騒めき、ファウラー卿は一芝居打つかとオルブライト伯爵の元へ向かい尋ねた。
「うちの次男の妻になにをしているのかね?オルブライト卿?」
「え、いえ、これは、こいつが勝手に...」
「どうかな?彼女が勝手に騒ぐなら髪を掴むことなんかないはずだ。押し倒すことも。淑女の服を破くことも。もしや君はずっと...」
「そんなわけっ...」
「助けてお義父様!コンラッド!」
「ローレッタ!」
コンラッドがやってきてローレッタの肌を隠すように上着を脱いでかけ、抱き上げて会場の隅に連れていった。抱き上げられながらローレッタは囁いた。
「ね?このドレス役に立ったでしょ?あいつからなにを企んでいるのか全部聞き出せばいいわ」
「ああ、そうだな」
コンラッドは母と母の友人たちのいるところへローレッタを連れて行き、顔を覆って泣く仕草をするローレッタを任せ、父の元に向かった。ファウラー夫人はあまりのことに驚いて「可哀想にローレッタ」と何か隠すものはないかと探し、ほかの夫人たちも「いつもとドレスが違うと思っていたけど..まさかあなたいつもあのようなことをされていたの?」と同情交じりに尋ねた。
そこにクレアとセシルもやってきてセシルが「おい誰か!彼女の肌を隠すものを!」と叫び、使用人が慌てて大き目のバスローブを持ってきてローレッタに着せた。
セシルはローレッタの前にひざまずき、先日の王宮パーティーはこのような扱いを受け続けていたからあのような服装だったのだな、と慰め、皆に納得させ、そしてローレッタの耳元で囁いた。
「クレアとアレクシスから話は聞いた。私も悪霊を追い出すことに協力しよう」
ローレッタは顔を覆ったまま頷いた。指の隙間から入口の方を見ると父が、義父と義兄、そしてコンラッドに詰め寄られている。
あの家はファウラー家のリストから除外されるだろうが、少しやりすぎたかもしれない。これでは侯爵夫人には不適切と思われてしまうかも、と考え、そしてハッとした。
第3関門、クレアの危険の序章がまだ起きていない。




