外堀から埋めよう
「そういえばお義兄様、私そろそろ夏用の服を新調するわ。靴もよ。あとは化粧品と香水ーー」
ローレッタが朝食の席で話していた途中で彼女は指でテーブルを2回タップした。そして静かになり、笑顔のローレッタが現れた。彼女は笑顔で言った。
「ごめんなさい、さっきまでなんの話をしていたかしら?」
「お前の服や靴を買う話だよローレッタ」
「そ、そんな、私はもう6着も持ってますし大丈夫です。靴もあるし...」
その謙虚というよりこう言っておけばアレクシスは買うだろうという媚びた態度のローレッタを見てアレクシスやコンラッド、クレアは昨日のローレッタの話は真実であったと確信し、昨日のローレッタの言うとうりに話を合わせた。
「まあ、1,2着くらいはいいだろう。あんまり派手じゃないものを買えよ。あとは靴と化粧品だったな。あとで商人を呼んでおく。どうせクレアのものも買うしな」
「え、アレクシス、私はもうこの間に5着は買ってもらってーー」
「流行ものは買っていないだろう?それを買わなくちゃな」
アレクシスは笑顔でクレアに言った。そしてローレッタの方を目だけ動かして見た。笑顔だが、目が嫉妬心に塗れている。当たり前だ。ここまで差別されて嫉妬しない女はいない。ーーさて、どこまで耐えきれるか。アレクシスは食事に戻り、ローレッタに取り憑いた悪霊の動向を探ることにした。ローレッタはたしかこう言っていた。
「第2関門は書類の改ざんか、クレアを危険に晒すかのどちらか。クレアは最終的に幸せになるはずだから死なないけど、この関門は突破しないとならない。悪霊が回避しそうならでっち上げてでも遂行して。あとはこいつはたぶん自分に利益が出るように行動するはず。だからクレアと差別して扱ってやって。そのうち根を上げるわ。報酬がないからね」
アレクシスとコンラッドとしてはクレアを危険に晒すなどしたくはないが、悪霊がのさばってクレアの今後の幸せをブチ壊しにされるのは困ると腹を括った。それにクレアも言っていた。
「アレクシス、コンラッド、ローレッタのためにやりましょう。あの人は自分が離婚されて修道院に行くことをすでに受け入れて、この物語をちゃんと完結させるために戦っているわ。私たちが協力しないと私たちの世界が壊れちゃう。ーー私は大丈夫よ」
クレアの強い意志にアレクシスもコンラッドもしぶしぶ頷いた。やるしかない。
悪霊は意外と手ごわかった。
彼女は本当に地味な紺のドレスと茶色のドレスを買い、靴もそれに合わせて地味な物を選び、髪を結い上げ、コンラッドの妻という態度で清楚に過ごしていた。それに対し、アレクシスとコンラッドはどうしようかと考えた。こいつはもしかすると元々自己肯定感が低いのかもしれない。それかわざと地味なものを選ぶことでクレアと差をつけて周りに可哀想と思わせる性悪か。
どちらにしても早いところ悪霊を追い出さないとならないと考えた。周りの人間が汚染されないために。
第2関門はファウラー家の情報を改ざんするというものだった。偽の情報をローレッタに仕事として管理させていたが、ローレッタがそれを改ざんし、余剰金を盗もうとしたということでファウラー侯爵はローレッタを呼び、尋問した。そこにはアレクシスとコンラッドもいた。
「お前がこの家の情報を改ざんして提出したが、あれは偽の情報だ」
「私はそのようなことはしておりません」
「証拠は?」
「私は渡された書類をわざと計算と地名を間違えて記録していました。そして提出用の書類にその計算と地名を書いて提出しています。元の書類はこちらです。わざと間違えて記録していた計算と地名が書かれた書類はこちらです。ご確認ください。元々間違えている書類を改ざんしようがありません」
ファウラー侯爵はそれを聞き、元の書類と計算間違いの書類を確認した。するとたしかに地名と計算の箇所が間違えて書かれている。
「ローレッタ、お前は誰が犯人だと踏んでいる?」
「この部屋に出入りできるのは私と奥様、クレアに執事のフォールズ氏、そしてメイドが数人掃除で出入りできます。私や奥様やクレア、フォールズ氏を除外するとメイドあたりに犯人がいるかもしれません」
「ふむ...」
「父上、この書類おかしいですよ」
アレクシスはそう言って父に書類を見せて言った。
「この書類は計算間違いと言ってますが、これは計算間違いではありません。『本当の書類の』計算を行っています」
「なに?」
ファウラー侯爵が書類を見ようとアレクシスに手を伸ばし書類を受け取る時、彼の手には「話を合わせてくれ」と書いてある紙が貼りつけてあった。
「ーーたしかにこれは本来の書類の計算結果だ。ローレッタ、これをどうやって手に入れた?」
「え?そんなはず...」
「コンラッド、お前はこいつに本来の書類を見せたか?」
「まさか」
「ということはお前は私の書斎に入り込んで本物の書類を盗んだわけだな。この地名も暗号か?こんな地名はこの国には存在しない。本当はなにをするつもりだった?ファウラー家の情報を売るつもりだったのか?」
「そんなことしておりません!」
ローレッタが焦って立ち上がると、ファウラー卿はローレッタを睨みつけて言った。
「お前はしばらく謹慎してもらう。部屋にいるがいい。なにも手伝うな。侍女もつけん。10日間はそれで過ごすといい」
「待って、私は...!」
「連れて行け」
そう言ってファウラー卿は使用人にローレッタを無理やり部屋に連れて行かせた。その間中ローレッタは「私は違う!そんなことしていない!」と喚いていた。声が聞こえなくなってアレクシスとコンラッドはようやく安堵の息を吐いた。ファウラー卿は2人に尋ねた。
「ーーそれで一体どういうことだ?」
「実はですね...」
2人はローレッタに悪霊が取り憑いていることを話した。最初こそ信じなかったファウラー卿だったが、もしもの時に見せて欲しいとローレッタから預かった日記帳を見るとファウラー卿はみるみる顔が曇り、2人に尋ねた。
「彼女が多重人格という可能性は?」
「確認しましたが、それはありません。今のところ本来のローレッタとあの悪霊しかいない。それに多重人格ならばこんな未来予知はできないし、書類を偽造するなんて小細工もするはずがない。病人ですしね。そもそもオルブライト卿も結婚などさせないでしょう」
「たしかにな」
「彼女からはいくつかの関門があると言われました。悪霊はそれをすべて回避し、悪霊自身とコンラッドの2人で幸せになるのが目的だそうです。今回の関門はなんとか突破しましたが、次何があるかわからない。父上と母上にもご協力願いたい」
「まあ構わんがな。それにしても信じがたい話だ」
「それはローレッタが一番感じているでしょう」
アレクシスはそう言い、日記を父の手から取った。見つからないようにローレッタの部屋に戻しておかねばならない。ローレッタが言っていた関門の1つの情報漏洩によるローレッタの謹慎はなんとかした。次はクレアだ。アレクシスは少し考え、コンラッドに尋ねた。
「コンラッド、お前、ローレッタを愛せるか?」
「え?」
「厳密に言えば愛しているフリをできるか?悪霊が自ら自白するように仕向けるんだ」
「.....」
「この方法が最も早いかもしれない。なに、いきなりキスをしろとかそういうんじゃない。ちょっと優しくすればいいだけだ」
「ーーやってみましょう」
コンラッドは顔を背けたが、しかし、あの日の茶会で顔を赤くしながらクレアにぶっきらぼうに礼を言うローレッタは不器用で少し可愛らしいと思っていた手前、ちょうどよいと考えていた。悪霊が取り憑いている時の媚びた眼は吐き気がするが。
しかし、と3人は不思議に思った。
この時代、情報漏洩など起きて当り前だ。貴族なら上位に属すれば属するほどそれは日常となる。書き損じの書類をメイドが盗むことだって普通なのだ。
だからなぜ悪霊がこんな仕掛けをしたのかが分からなかった。
普通貴族の約束は口約束のみで行われる。紳士の集まりに見せかけたりして、こっそり盟約を交わす。証拠など残さないのが鉄則だ。情報が知られるのが当たり前の中で人はどうするか?知られてもいい情報だけを見せる。
ファウラー卿だって息子に言っていない情報はある。息子2人にもだ。だからこれをした意味がわからない。
オルブライト伯爵だってこんな命令を娘にするはずないだろう。むしろ色仕掛けをして聞いてこいというはずだ。だからオルブライト伯爵の線は薄い。
というよりこの件は嘘だ。こちら側ででっち上げてローレッタをテストしたに過ぎない。秘密をペラペラ喋る侯爵夫人では困るのだ。まあ、今は悪霊だからどうでもいいことだが。
もしや悪霊は生前、重要な情報を書類に書いていたのだろうかと3人は考えた。
そして思う。だとすれば相当なバカだ。




