第3章 第1話:ニュートンが泣いている空飛ぶ土石
アルカディアの国境を越えた瞬間、ログの視界から「曲線」が完全に消失した。
「……は?」
目の前に広がっていたのは、緑の立方体が階段状に積み重なった山、茶色の直方体が規則正しく並んだ地面、そして空中に浮かぶ正方形の雲だった。木々は茶色い柱の上に、緑のサイコロが乗っているような形状をしており、おまけに太陽までもが真四角だ。
「ちょっと、エクセル。モニターの解像度設定を間違えたか? それとも、世界全体のポリゴン数を削りすぎて、全部LOD(簡略化モデル)表示になってるのか?」
ログはこめかみを押さえながら、デバッグコンソールを展開した。隣でエクセルは「わあ、可愛い!」とはしゃぎながら、足元の地面をポカポカと素手で叩いている。
「違うよ、ログくん! 最近のトレンドを取り入れて、世界を全部『1メートル四方のブロック』で再構成してみたんだぁ! ほら、叩くとポコポコ音がして楽しいでしょ?」
「トレンドの賞味期限を考えろ! それに、再構成したなら物理演算もそれ相応に組み替えたんだろうな!?」
ログが叫びながら、近くの「木」の幹にあたる茶色のブロックを一つ、手近な石で叩き壊した。ボコン、というマヌケな音と共に、幹の真ん中が一つだけ消失し、「浮遊する小さな木片」がアイテムとしてドロップした。
問題はその後だ。
「……おい。エクセル。上の幹と葉っぱを見ろ」
「え? どうしたの? 浮いてて綺麗だねぇ」
「綺麗じゃねえよ! 重力、仕事しろよ!!」
ログの指差す先。幹の中段を一本抜かれたはずの巨木は、物理法則を真っ向から拒絶し、下の支えを失ったまま空中に静止していた。本来なら自由落下の計算式が走り、地上のログを押しつぶすべき重量物が、あたかも「そこに存在するのが当たり前」という顔をして浮いているのだ。
「えへへ、だってね。ブロックを一個壊すたびに周りが崩れちゃったら、お家を作るのが大変でしょ? だから、『重力フラグ』は砂と砂利以外、オフにしといたよ!」
「設計思想が極端すぎるんだよ! この世界のニュートンは、万有引力を発見する前に発狂して死ぬぞ!」
ログはコンソールを叩き、重力減衰ロジック(グラビティ・ロジック)を解析した。そこには恐るべき「手抜きコード」が書かれていた。
『if (Block_Type == SAND || Block_Type == GRAVEL) { Apply_Gravity = true; } else { Apply_Gravity = false; }』
「……絶句した。これじゃあ、山を根こそぎ掘り抜いても、山頂だけが空中に残り続けることになるだろ。……よし、エクセル。この『仕様』、逆手に取らせてもらうぞ」
ログは足元の土ブロックを一つつるはしで掘り出し、それを自分の目の前の「空中」に向かって設置した。すると、土ブロックは空中の何もない座標にピタリと固定され、ログを支える強固な足場となった。
「えっ、ログくん? 何してるの?」
「決まってるだろ。『スカイウォーク(物理)』だ」
ログは一歩進んでは足元に土を置き、また一歩進んでは土を置く。彼は階段など使わず、虚空に土の一本道を作りながら、垂直に切り立った崖をスイスイと登り始めた。
「見てろ。この世界の物理エンジンが『ブロックの更新』を検知しない限り、俺たちはどんな高所にも行ける。……おい、エクセル! ぼさっとするな、お前も土を積んで来い!」
「ふえぇぇ! 待ってよぉ! 私、高いところ苦手なのにぃ!」
二人は、空中に不自然に伸びる「土の一本道」を歩きながら、山頂へと向かった。地上から見れば、それはもはや神話の奇跡ではなく、グラフィックのバグにしか見えない光景だ。
ようやく山頂に辿り着いたログは、そこから眼下の景色を見下ろした。カクカクとした川の流れ、カクカクとした森。だが、その平原の真ん中で、不自然に「水が溢れ続けている」村が見えた。
「……おい、エクセル。あの村、なんであんなに浸水してるんだ? 堤防が決壊したのか?」
「あ、あれ? ……それはね、村長さんが『無限に水が出る井戸』を作ろうとして、計算式を間違えちゃったみたいなんだよねぇ……」
ログは再び頭痛を覚えた。「……第2話は『無限水源』のバグか。……いいかエクセル。水(流体)の演算をブロック単位でやるのは、火遊びどころか水遊びじゃ済まない大惨事を招くんだぞ」
「うぅ……。ログくん、もうお説教はやめてぇ……」
ログは、空中に残された「土の橋」をあえてそのままにして、水没しつつある村へと駆け出した。このカクカクした世界でのデバッグは、まだ始まったばかりだった。
【第3章1話・デバッグログ】
▶ 事象:特定ブロックを除き、空中で静止する「浮遊現象」が発生。
▶ 原因:建築利便性を優先し、重力判定(Apply_Gravity)を砂・砂利以外で定数Falseに設定したため。
▶ 対策:ログが土ブロックを空中に設置する「スカイウォーク」を確立。
▶ 備考:景観が著しく損なわれるが、移動効率は極めて高い。ニュートンへの謝罪を推奨。
【次回予告】
第2話「水流の無限増殖と『水没』の定義」──「おい、ドア一枚で洪水を止めるなんて、どこのバグ技だ!」
【約10万字完結済】月・水・土 21時更新。
※初回5話公開。最初の1週間は毎日更新の予定。
※本作はAIを執筆補助に使用しています。




