勇者の回3
翌日、俺は目覚ましより先に起きた。
理由は単純で、
今日は勇者が「もう一度軽く確認したい」と言っていた日だからだ。
軽く、という言葉を信じていい目に遭ったことは、一度もない。
宿を出ると、もう勇者はいた。
装備万全。
表情やる気。
周囲に誰もいないのが逆に怖い。
「おはようございます、参謀」
だから違う。
「今日は確認だけです」
勇者はそう言いながら、森の方角を見ている。
確認の方向が間違っている。
ギルド前で合流。
昨日のメンバーが、なぜか全員揃っている。
しかも増えている。
知らない剣士が二人。
知らない魔術師が一人。
なぜか荷車。
「増えてません?」
俺が言うと、勇者は当然のように答えた。
「昨日の成果を聞いて」
聞くな。
戦士が俺に近づいてくる。
「参謀、今日はどんな流れで?」
やめろ。
俺は正直に答えた。
「できれば、何も起きない流れで」
戦士は感動した顔をした。
「深い……」
深くない。
出発。
隊列の最後尾。
俺の定位置が、完全にそこになっている。
森に入ってすぐ、異変は起きた。
音だ。
ガサガサ、という、
「来るぞ」と言いたくなる音。
全員が構える。
剣が抜かれ、
魔法が詠唱され、
弓が引き絞られる。
俺は何もしていない。
モンスターが出た。
昨日より大きい。
昨日より多い。
昨日より、面倒。
誰かが叫ぶ。
「参謀!」
呼ぶな。
俺は一瞬考えて、言った。
「……数、多くないですか」
それだけ。
勇者が叫ぶ。
「散開!」
戦士が走る。
魔術師が範囲をずらす。
僧侶が後ろに下がる。
結果、
被害が減る。
偶然だ。
戦闘は続く。
剣が当たり、
魔法が炸裂し、
モンスターが倒れる。
俺は一歩も動いていない。
なのに、
なぜか全員が俺を見る。
戦士が息を整えながら言う。
「参謀、次は?」
次はない。
俺は言った。
「……帰りません?」
一瞬の沈黙。
勇者が、深く頷いた。
「撤退判断、重要です」
やめろ。
帰還。
町に戻る。
また噂が増える。
「参謀、無理をさせない」
「被害ゼロ」
「やっぱり違う」
何がだ。
夜、宿。
女将が言った。
「最近、町が落ち着いてるわね」
俺は答える。
「俺は落ち着いてません」
女将は笑った。
「参謀はそういう役目よ」
認めるな。
その夜、勇者が一人で酒を飲みに来た。
珍しい。
向かいに座られる。
逃げ場がない。
「今日も、助かりました」
勇者は静かに言った。
「あなたがいると、無理をしなくて済む」
それは、
俺が無理をしないだけだ。
「仲間が増えてきました」
勇者は続ける。
「責任も増えます」
知っている。
「だから、あなたが必要です」
まただ。
俺は言った。
「俺、何もしてません」
勇者は少しだけ笑った。
「それが、ちょうどいい」
意味がわからない。
その時、外で物音がした。
誰かが走る。
声が聞こえる。
「森で、また反応が!」
最悪だ。
勇者が立ち上がる。
俺を見る。
期待の目。
やめろ。
俺はため息をついて言った。
「……今日は、寝ません?」
勇者は考える。
本気で考える。
そして――
「確かに」
納得するな。
その瞬間、
俺は理解した。
この勇者は、
俺を参謀にしているんじゃない。
ブレーキにしている。
問題は一つ。
ブレーキは、
踏み続けると、
必ず壊れる。
そしてこの町には、
予備がない。
明日もきっと、
俺は踏まれる。




