立っていた回
その日、俺は「今日は何もしないで稼ぐ」という、人生でもっとも高度で、かつこの町では最も危険な目標を胸に抱きながら、朝のまだ眠気が路地に残っている時間帯にギルドの扉を押し開けた。
理由は単純で、昨日「やる気を出した結果」、財布が空になり、筋肉痛と反省だけが残ったため、今日はもう下手に動かないほうがいいという、経験に裏打ちされた消極的な判断を下したからである。
掲示板の前に立ち、俺はじっくりと紙を眺めながら、危険そうな単語、金がかかりそうな単語、責任が発生しそうな単語を心の中で一本ずつ線で消していった。
結果、残ったのはこれだった。
【立ち会い】
何の立ち会いかは書いていない。
だが逆に、それがいい。
詳細がないということは、説明も少なく、判断も求められず、最悪その場にいれば成立する可能性が高いという、極めて希望的観測に基づいた選択だった。
受付に紙を出すと、受付嬢は一瞬だけ俺の顔を見て、何か言いたそうに口を開きかけたが、最終的には何も言わずに頷いた。
この時点で、嫌な予感はしていた。
場所は町外れの倉庫だった。
集合時間ぴったりに着いた俺のほかに、すでに三人ほど人が集まっており、全員が「なぜ自分がここにいるのか、まだ理解していない顔」をしている点で、妙な連帯感があった。
しばらくして現れた依頼主は、やたら声が大きく、やたら身振りが激しく、そして話がやたら長い人物だった。
要約すると、
「今から何かが行われるが、責任は取りたくないので誰かに見ていてほしい」
という内容だった。
それを立ち会いと呼ぶのは、かなり無理がある。
始まったのは、倉庫の整理だった。
ただし、普通の整理ではない。
「ここに置くと縁起が悪い」
「それは去年失敗した配置だ」
「右に寄せると気分がいい」
完全に主観だ。
俺はただ立っていた。
動かない。
口も出さない。
視線だけを適当に動かす。
これが今日の作戦だった。
問題が起きたのは、三時間後だった。
誰かが言った。
「……あれ、最初これ、どこにあったっけ」
全員が黙る。
そして、なぜか視線が俺に集まった。
「立ち会ってたよね?」
立っていただけだ。
だがこの町では、
その場にいた=把握している
という式が、当然のように成立する。
俺は正直に言った。
「覚えてません」
空気が、少しだけ重くなる。
最終的に、配置は「だいたい元通り」という、誰も納得していない結論に落ち着き、依頼主は満足そうに頷いた。
「いやー、ちゃんと見ててもらえて助かった」
見ていただけだ。
報酬として、銅貨一枚が渡された。
少ないが、今日は減っていない。
それだけで勝ちだ。
帰り道、商人に呼び止められた。
「さっき立ち会ってた人だよね?」
もう噂が回っている。
「ちょっと見ててほしいものがあって」
断る理由を探したが、見つからなかった。
見た。
何も起きなかった。
「ありがとう!」
報酬はなかった。
夕方、宿に戻る。
女将が言う。
「今日、何したの?」
俺は答えた。
「立ってました」
女将は少し考え、それから言った。
「じゃあ今日は静かな日ね」
静かだった。
確かに。
財布を見る。
銅貨一枚。
減っていない。
増えてもいない。
今日の結論。
この町では、
何もしないという行為にも、なぜか消耗が伴う。
明日は、
座っていられる仕事を探そう。
そう思いながら、俺は布団に横になった。
外では誰かが言っていた。
「立ってただけなのに、助かったらしいぞ」
やめろ。




