新人講習の回
朝。
俺はギルドに呼び出されていた。
呼び出し理由は書いてなかったが、こういう場合だいたい碌なことがない。
畑でもなければ、見張りでもない。
それだけで嫌な予感は十分だった。
受付嬢がいつもより丁寧な声で言う。
「今日は新人向けの講習がありまして」
嫌な単語が出た。
講習。
俺はもうこの時点で帰りたかった。
「その……見学、という形で」
「俺が?」
「はい」
断ろうとしたが、受付嬢はすでに紙を差し出している。
逃げ道はない。
講習会場は、ギルドの奥の広間だった。
椅子が並び、前方には簡易的な壇上。
そこに、見覚えのある教官役の冒険者が立っている。
新人たちは十数人。
全員、目がキラキラしている。
嫌な予感しかしない。
俺は一番後ろの席に座ろうとした。
が、肩を叩かれる。
「参謀、こちらです」
なぜか前列。
講習が始まる。
教官が声を張り上げる。
「いいか! 冒険者に必要なのは、判断力と行動力だ!」
新人たちがうなずく。
「だが今日は! やってはいけない例を紹介する!」
……嫌な単語しか出てこない。
教官が俺を見る。
「こちらにいるのが、町で有名な――」
やめろ。
「参謀だ」
拍手が起きる。
俺は拍手されたくない。
「彼は結果だけ見れば、数々の事態を未然に防いできた」
新人たちがメモを取る。
「だが! やり方は決して真似してはいけない!」
……?
俺は何もしていない。
そのはずだ。
教官は続ける。
「まず、彼は武器を持たない」
新人、ざわつく。
「魔法も使わない」
ざわつきが大きくなる。
「戦闘にも参加しない」
新人たち、困惑。
「だが、結果的に場が収まる」
全員、混乱。
俺が一番混乱している。
教官が黒板に大きく書く。
【成功した失敗例】
意味がわからない。
「彼は行動しない。だがそれが、周囲に誤解を生む」
新人Aが手を挙げる。
「誤解……ですか?」
「そうだ。周囲が“意味がある”と勘違いする」
俺を見る。
「この沈黙。
この立ち位置。
この目線」
全部偶然だ。
「それを、周囲が勝手に解釈する」
新人たち、必死に書いている。
やめろ。
そんな技術、教えるな。
「だが、真似してはいけない」
教官は強調する。
「なぜなら――」
俺の肩に手を置く。
「彼は再現性がない」
新人たち、息を呑む。
「本人も、なぜ成功したのかわかっていない」
俺、首がもげるほど頷く。
「だから危険だ」
え?
「理解できない成功は、次に必ず失敗を生む!」
拍手。
なぜだ。
教官が言う。
「質問はあるか!」
新人Bが恐る恐る手を挙げる。
「その……参謀さんは……その時、何を考えていたんですか?」
全員の視線が俺に集まる。
正直に言うしかない。
「……畑のことを」
ざわっ。
教官が深く頷く。
「これだ」
違う。
「戦場にいても、常に別の視点を持つ!」
違う。
「危機の中でも、日常を忘れない精神力!」
違う。
俺は叫びたかった。
講習は続く。
「彼のように“何もしない”のは高度すぎる」
「理解できないなら真似るな」
「結果だけを見て判断するな」
全部俺を使って説明される。
俺はずっと椅子に座っている。
何もしていない。
講習の最後。
教官が締める。
「覚えておけ。
彼は成功した。
だが、お前たちは彼になってはいけない」
新人たち、一斉に頷く。
「以上!」
拍手。
盛大な拍手。
俺は立たされ、軽く会釈をさせられる。
講習後。
新人が近寄ってくる。
「すごかったです!」
「参考になりました!」
「でも真似しません!」
それが一番ひどい。
ギルドを出る。
受付嬢が言う。
「今日の講習、評判良かったですよ」
「俺、何の役だった?」
「失敗例です」
即答だった。
宿に戻る。
女将が言う。
「今日は講師さんだったんだって?」
「違う。教材だ」
「それも大事よ」
そうかもしれないが、
俺の心には何も残らなかった。
布団に倒れ込む。
俺は今日も何もしていない。
だがこの町では、
何もしていない男が、最も扱いづらい成功例として語られている。
最低だ。




