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小物冒険者の日常災害  作者: おこげ


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88/107

何もしないで回

その依頼は、最初からおかしかった。

 ギルドの掲示板はいつも通りだった。

 魔物討伐、護衛、調査、行方不明者捜索。

 どれも俺には向いていない文字列が並ぶ中、

一枚だけ、異様にやる気のない紙が貼られていた。

【何もしないでください】

 短い。

 そして強い。

「……命令形なんだよな」

 お願いですらない。

 近づいて読んでみる。

【内容:何もしない】

【時間:半日】

【報酬:銅貨三枚】

【備考:絶対に何もしない】

 念押しがすごい。

 逆に怖い。

 受付嬢に紙を突き出す。

「これ、何ですか」

「あ、それですか」

 彼女は一瞬だけ周囲を見回してから、声を落とした。

「最近、この町……やる気がありすぎて」

「町が?」

「はい」

 説明が雑すぎる。

 依頼主は、町はずれの学者だった。

 会って第一声がこれだ。

「いいか、何もしないでくれ」

「それが仕事ですよね」

「そうだ、頼む」

 土下座しそうな勢いだった。

 理由を聞く。

 最近この町では、

「念のため」

「ついでに」

「安心だから」

が積み重なり、問題がないところに対策が入り、対策に対策が呼ばれ、最終的に何も起きていない場所が一番危険になる、という謎の現象が発生していた。

「前回は?」

「井戸だ」

「井戸が?」

「毒が入っていないか調べただけで、なぜか爆発した」

 聞かなかったことにした。

 俺の仕事は、家の前に立つことだった。

 門の横。

 何もない通り。

 立つ。

 考えない。

 動かない。

 ……暇だ。

 一時間後。

 冒険者が来る。

「見張りか?」

「いえ」

「護衛?」

「違います」

「じゃあ何だ」

「何もしません」

「……なるほど」

 分かっていなかったが、去っていった。

 二時間後。

 パン屋が来る。

「ここ、最近人が立ってるよね」

「今日は俺です」

「何かあるの?」

「何もありません」

「逆に怪しい」

 そう言われると不安になる。

 三時間後。

 今度は衛兵が来た。

「通報があった」

「内容は?」

「何も起きていないと」

 そんな通報、初めて聞いた。

 俺は必死で説明する。

「依頼なんです」

「何の?」

「何もしない」

 衛兵は頭を抱えた。

「……分かった、見なかったことにする」

 職務放棄を見た。

 昼過ぎ。

 通行人が増える。

 誰も何もしていないのに、

何もしていないことが気になって集まってくる。

 人は暇だ。

 誰かが言う。

「何かの前触れじゃないか」

「専門家呼ぶ?」

「念のため」

 その言葉を聞いた瞬間、

俺は全力で止めた。

「念のため禁止です!」

 なぜか拍手された。

 夕方。

 学者が出てきた。

「どうだった?」

「町が、何もしないことに耐えられませんでした」

「それでいい」

 良いらしい。

 報酬は銅貨三枚。

「今日は成功だ」

「基準が分かりません」

「何も起きなかっただろう?」

「はい」

「それが最高だ」

 この町、根本的におかしい。

 帰り道。

 俺は思う。

 剣も魔法もいらない。

 勇者も魔王も関係ない。

 この町で一番難しい仕事は、

何もしないことだ。

 翌日。

 掲示板に貼られていた。

【何もしないでください】

【※昨日できた人限定】

 できた、という言い方に引っかかりつつ、

俺は静かに名前を書いた。

 何もしない才能だけは、

どうやら評価され始めているらしい。

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