何もしないで回
その依頼は、最初からおかしかった。
ギルドの掲示板はいつも通りだった。
魔物討伐、護衛、調査、行方不明者捜索。
どれも俺には向いていない文字列が並ぶ中、
一枚だけ、異様にやる気のない紙が貼られていた。
【何もしないでください】
短い。
そして強い。
「……命令形なんだよな」
お願いですらない。
近づいて読んでみる。
【内容:何もしない】
【時間:半日】
【報酬:銅貨三枚】
【備考:絶対に何もしない】
念押しがすごい。
逆に怖い。
受付嬢に紙を突き出す。
「これ、何ですか」
「あ、それですか」
彼女は一瞬だけ周囲を見回してから、声を落とした。
「最近、この町……やる気がありすぎて」
「町が?」
「はい」
説明が雑すぎる。
依頼主は、町はずれの学者だった。
会って第一声がこれだ。
「いいか、何もしないでくれ」
「それが仕事ですよね」
「そうだ、頼む」
土下座しそうな勢いだった。
理由を聞く。
最近この町では、
「念のため」
「ついでに」
「安心だから」
が積み重なり、問題がないところに対策が入り、対策に対策が呼ばれ、最終的に何も起きていない場所が一番危険になる、という謎の現象が発生していた。
「前回は?」
「井戸だ」
「井戸が?」
「毒が入っていないか調べただけで、なぜか爆発した」
聞かなかったことにした。
俺の仕事は、家の前に立つことだった。
門の横。
何もない通り。
立つ。
考えない。
動かない。
……暇だ。
一時間後。
冒険者が来る。
「見張りか?」
「いえ」
「護衛?」
「違います」
「じゃあ何だ」
「何もしません」
「……なるほど」
分かっていなかったが、去っていった。
二時間後。
パン屋が来る。
「ここ、最近人が立ってるよね」
「今日は俺です」
「何かあるの?」
「何もありません」
「逆に怪しい」
そう言われると不安になる。
三時間後。
今度は衛兵が来た。
「通報があった」
「内容は?」
「何も起きていないと」
そんな通報、初めて聞いた。
俺は必死で説明する。
「依頼なんです」
「何の?」
「何もしない」
衛兵は頭を抱えた。
「……分かった、見なかったことにする」
職務放棄を見た。
昼過ぎ。
通行人が増える。
誰も何もしていないのに、
何もしていないことが気になって集まってくる。
人は暇だ。
誰かが言う。
「何かの前触れじゃないか」
「専門家呼ぶ?」
「念のため」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は全力で止めた。
「念のため禁止です!」
なぜか拍手された。
夕方。
学者が出てきた。
「どうだった?」
「町が、何もしないことに耐えられませんでした」
「それでいい」
良いらしい。
報酬は銅貨三枚。
「今日は成功だ」
「基準が分かりません」
「何も起きなかっただろう?」
「はい」
「それが最高だ」
この町、根本的におかしい。
帰り道。
俺は思う。
剣も魔法もいらない。
勇者も魔王も関係ない。
この町で一番難しい仕事は、
何もしないことだ。
翌日。
掲示板に貼られていた。
【何もしないでください】
【※昨日できた人限定】
できた、という言い方に引っかかりつつ、
俺は静かに名前を書いた。
何もしない才能だけは、
どうやら評価され始めているらしい。




