平和な畑回
その畑は、問題がなさすぎた。
正確に言うと、畑そのものに問題は一切なく、むしろ健康そのもので、作物はよく育ち、土はほどよく湿っていて、虫も最低限しかおらず、見張りの必要性を畑自身が全力で否定しているような状態だった。
にもかかわらず、俺はその日もギルドにいて、掲示板の前で立ち止まり、どうせあるだろうなと思いながら紙の束を眺め、案の定そこに貼られている依頼を見つけて、静かにため息をついた。
【見張り】
【農地】
【昼】
【危険度:低(※ただし)】
低いのにただしが付く時点で、もう信用ならない。
受付嬢は俺が近づく前から察していたらしく、こちらを見るなり一瞬だけ目をそらし、それから覚悟を決めた顔で書類を差し出してきた。
「ええと……今回も畑です」
「聞く前から分かってました」
「ただ、少し事情がありまして」
「畑ですよね」
「はい」
説明が短いほど、だいたい面倒なことになる。
現地に着いて、理由はすぐに分かった。
人が多い。
畑の広さに対して、明らかに多い。
農家はもちろん、近所のおばちゃんが腕を組んで立っていて、なぜかパン屋が仕事着のまま畑を見つめており、暇そうな冒険者まで混じっていて、全員が同じ方向、つまり畑の中央を真剣な顔で見守っている。
「……何か始まります?」
思わずそう聞いた俺に、農家は困ったように頭をかいた。
「いや、その……始まってはおらん」
「じゃあこれは?」
「畑がな、評判で」
畑に評判が立つ世界に、俺はもう慣れつつある自分が怖かった。
どうやら最近、この畑は荒らされない、作物の出来がいい、変な魔物が寄り付かない、理由は分からないがとにかく縁起がいい、という噂が広まり、結果として「何か起きる前に守ろう」という人間の善意が集中してしまったらしい。
善意は重なると、だいたい邪魔になる。
畑の端に目をやると、いつもの杭が立っていて、その上にはいつもの黒い影があった。
カラスもどきだ。
鳴かず、威嚇もせず、ただ畑と人間を交互に見ている、あのよく分からない存在。
「……今日もいるな」
話しかけても返事はないが、首の角度だけは、きっちり俺の動きに合わせてくる。
昼過ぎ、土が動いた。
いつも通りのモグラだ。
だが今回は違った。
「出たぞ!」
誰かが叫び、
「畑の敵だ!」
「守れ!」
と声が重なり、次の瞬間、剣や棒や鍋が一斉に構えられた。
「待ってください!」
俺は反射的に叫んだ。
「それ、いつものモグラです!」
だが善意は止まらない。
モグラは驚き、そのまま地中に逃げ帰り、被害はゼロだったが、空気だけが妙に張り詰めたまま残った。
夕方になり、人は少しずつ帰っていき、畑には俺と農家だけが残った。
「助かったよ」
「立ってただけです」
「それがいい」
この町では、それが最高評価だ。
報酬は銅貨二枚と芋五つ。
畑が無事だったことより、人が来すぎたことの方が大変だったらしい。
帰り道、俺は思った。
この町では、畑が平和すぎると、人間の方が騒ぎ出す。
そして結局、畑は今日も無事で、俺だけが少し疲れている。
平和というのは、案外うるさいものだ。




