調査団の回
調査団が来た。
朝、ギルドの扉に貼られた紙を見た瞬間、俺は嫌な汗をかいた。
「王都調査団 本日到着」
短い。
説明がない。
だが、十分すぎる。
俺は昨日までの数日を思い返す。
お嬢様が来て、
町が勝手に警戒して、
何も起きず、
全員が勝手に疲れ切った。
結論は一つだ。
余計なことを言う人間が、また来る。
逃げようかと思ったが、町は小さい。
逃げ場もない。
俺は諦めて門へ向かった。
そこにいたのは、三人。
無駄に背筋が伸びた中年男。
やたら真面目そうな若手。
書類の束を抱えて目が死んでいる補佐役。
第一印象で分かる。
面倒だ。
「王都調査団だ」
中年男が言う。
「この町の“最近の状況”について調べに来た」
最近の状況。
何もない。
「案内役を用意しろ」
衛兵が反射的に俺を見る。
もう慣れた。
「では質問する」
調査団の拠点になった会議所で、俺は椅子に座らされた。
「最近、異変は?」
「ありません」
「魔物の動きは?」
「特に」
「不審者は?」
「来ました」
「誰だ」
「あなた方です」
空気が一瞬、凍る。
補佐役が慌てて咳払いをした。
「記録上、“異常がなさすぎる”と報告がありまして」
なにそれ。
「異常がないことが、異常なのだ」
中年男は真顔だった。
やめてくれ。
調査は町全体に及んだ。
パン屋。
「最近、パンが売れすぎていないか?」
「普通です」
「隠しているな?」
「何を?」
鍛冶屋。
「武器の注文が増えていないか?」
「増えました」
「やはり!」
「でも理由は“不安だから”です」
調査団、黙る。
市場。
「人々の様子は?」
「いつも通りです」
「笑顔が不自然だ」
それは性格だ。
昼。
俺は調査団に同行しながら、
自分が町の異常そのものとして扱われているのを感じていた。
「君はいつも、こうして町を歩いているのか?」
「はい」
「警戒心がなさすぎる」
俺は弱いだけだ。
午後。
調査は核心に入る。
「お嬢様滞在中、何が起きた?」
「何も」
「本当に?」
「本当に」
若手が言う。
「何も起きないのに、なぜ町は警戒した?」
「……暇だったからです」
紙を落とす音がした。
夕方。
調査団は疲れ切っていた。
証拠はない。
異常もない。
だが報告書は書かなければならない。
「結論は?」
中年男が天井を見る。
「……“特筆すべき事象なし”」
沈黙。
「だが、何かはあったはずだ」
ない。
夜。
調査団は町を見渡し、
ため息をついた。
「この町は……」
「?」
「平和すぎる」
褒めてない。
翌朝。
調査団は帰っていった。
最後に中年男が言った。
「君」
「はい」
「何も起きなかったら、これからもここにいろ」
命令だった。
俺は頭を下げた。
馬車が去る。
町は、いつも通りだ。
掲示板に貼り紙が増えた。
「※王都調査団来訪
・異常なし
・問題なし
・ただし今後も注意」
注意するな。
俺は空を見上げる。
この町では、
何も起きないことが、
一番面倒らしい。
平和とは、
調べられるほど、
厄介になる。




