今日はなにもしない回
今日は依頼がない。
掲示板は静かだ。
魔物も出ていない。
事件もない。
奇跡だ。
俺は朝、ゆっくり起きた。
窓を開ける。
平和。
鳥が鳴いている。
最高だ。
「今日は何もしない」
俺は宣言した。
誰も聞いていないが、宣言は大事だ。
午前。
パン屋。
ただパンを買うだけ。
それだけのはずだった。
だが店の前で長蛇の列。
なぜだ。
「限定三十個!」
店主が叫ぶ。
戦争じゃないか。
列はぐちゃぐちゃ。
横入り。
押し合い。
怒号。
なぜパンでここまで荒れる。
そのとき。
誰かが俺に気づく。
「参謀だ」
やめろ。
休日だ。
「並びを整理してくれ!」
嫌だ。
だが視線が刺さる。
俺はため息をつく。
「……縦二列。焼き上がり順で振り分け」
自然と口が動く。
なぜだ。
人々が動く。
列が整う。
拍手。
いらない。
俺はパンを受け取る。
最後の一個だった。
「参謀がいなかったら暴動だった」
パンだぞ。
昼。
市場。
今日は何もしないはずだった。
だが八百屋と魚屋が口論している。
「こっちの通路を広く使うな!」
「客はこっちに流れるんだ!」
揉めるな。
通行人が詰まる。
視線がまた集まる。
「参謀、頼む」
なぜ俺。
俺は地面を見る。
露店の配置。
人の流れ。
逃げ場がない。
「……斜めにずらせ」
八百屋を半歩引かせ、魚屋を少し回転。
通路が生まれる。
人が流れる。
静まる。
「さすが参謀!」
違う。
ただの動線だ。
俺は野菜を買う。
余計な労力で腹が減る。
午後。
ギルドには行かない。
今日は行かない。
絶対に行かない。
だが道で新人に会う。
「参謀! 今時間ありますか!」
ない。
あるけどない。
「何だ」
「宿の部屋割りで揉めてて」
知らない。
だが引きずられる。
宿。
冒険者たちが口論。
「窓側がいい!」
「風通しが!」
平和だな。
俺は額を押さえる。
「荷物の多い順に窓側」
一瞬で決着。
静まる。
なぜこんなことで俺が必要だ。
宿の主人が礼を言う。
報酬にスープをくれる。
嬉しいが納得いかない。
夕方。
川辺で休もうとする。
もう誰もいないだろう。
ベンチに座る。
平和。
だが子供たちが石投げ遊びで揉めている。
「俺の石が一番飛んだ!」
「違う!」
視線。
なぜだ。
俺は天を仰ぐ。
「……線を引け」
地面に線を引く。
飛距離で決めろ。
単純。
子供たち納得。
去る。
俺は座る。
座った瞬間、老人が声をかける。
「参謀、将棋を」
なぜ休日に頭を使わせる。
断れない。
数手で勝つ。
拍手。
いらない。
夜。
やっと帰宅。
疲労が戦闘より重い。
今日は魔物ゼロ。
剣も抜いていない。
だが精神はボロボロだ。
机に突っ伏す。
ノック。
嫌な予感。
隣人だ。
「参謀、洗濯物の干し方で妻と揉めていて」
帰れ。
だが足が動く。
屋根裏へ。
風向き。
重さ。
配置。
「重いものを中央」
即解決。
なぜ生活の全てが陣形なんだ。
深夜。
ようやく一人。
俺はベッドに倒れ込む。
思う。
戦闘の方が楽だ。
敵は明確だ。
殴れば終わる。
だが日常は違う。
問題が小さい。
だが無限に湧く。
逃げられない。
俺は天井を見る。
「……休日って何だ」
そのとき外から声。
「参謀ー! 明日祭りの屋台配置なんだけどー!」
布団をかぶる。
聞こえない。
聞こえない。
聞こえない。
静寂。
数秒後。
「参謀いないのか?」
足音が遠ざかる。
助かった。
俺は目を閉じる。
今日は何もしていない。
何もしていないはずだ。
なのに。
魔物討伐より疲れている。
参謀の休日。
それは。
町全体が自由に依頼を投げてくる日だった。
俺は小さくつぶやく。
「明日は依頼入れよう」
魔物の方が、まだ理屈が通る。




