前衛の回
短剣を買ってからというもの。
俺の人生は明らかにおかしくなった。
まず、立ち位置。
今まで俺は自然に後列だった。
誰にも指示されず、勝手に後ろにいた。
それが今では。
「参謀、前!」
この一言で押し出される。
なぜだ。
短剣一本で前衛認定するな。
あれは護身用だ。
俺の精神安定剤だ。
だが町は違う。
武器を持った=覚悟完了。
その解釈をやめろ。
そして決定的事件が起きる。
依頼は簡単だった。
【川辺のゴブリン三体】
雑魚だ。
初心者向け。
俺は本気で気を抜いていた。
ところが。
現地に着いた瞬間、ゴブリンは俺を指差した。
「ギャギャ!」
なぜだ。
他にも屈強な前衛がいるだろ。
なぜ俺だ。
一斉に突っ込んでくる。
「参謀狙われてるぞ!」
見れば分かる。
俺は反射で短剣を抜く。
振る。
当たる。
初めて、ちゃんと当たった。
ゴブリンが倒れる。
一瞬、静寂。
仲間が息をのむ。
「参謀が前で斬った……!」
違う。
偶然だ。
だがゴブリン二体はひるまない。
むしろ怒る。
俺はさらに振る。
また当たる。
なんでだ。
今日はやけに当たる。
三体目も倒れる。
終わり。
静寂。
川のせせらぎだけが聞こえる。
仲間が近づいてくる。
目が怖い。
「参謀、ついに覚醒か」
やめろ。
覚醒してない。
たまたまだ。
だがこの瞬間、空気が変わった。
後衛扱い終了。
俺=戦える人。
評価が書き換わった音がした。
その夜。
酒場。
噂は爆速で広がる。
「参謀、三連斬り」
「冷静に急所を狙ったらしい」
「無駄のない動きだった」
ない。
無駄しかなかった。
だが誰も聞かない。
俺は席で震える。
違う。
これはまずい。
“逃げる人”という安全なポジションが消える。
次は。
前線固定だ。
そして翌日。
嫌な予感は的中する。
【森奥のオーク討伐】
中型。
前衛必須。
「参謀いるし大丈夫だな」
なぜ俺が安全装置扱い。
現地。
オークが現れる。
でかい。
筋肉。
斧。
俺は一瞬で理解する。
昨日は奇跡だ。
今日は無理だ。
だが仲間は俺を見る。
「参謀、合図を」
いや無理。
俺は冷や汗を流しながら言う。
「……囲め」
無難。
前衛が動く。
オークが咆哮。
突進。
そして。
また俺の方。
なぜだ。
モテるな敵に。
俺は短剣を構える。
震えている。
昨日は当たった。
今日は?
オークが振り下ろす。
重い一撃。
俺は横に転がる。
地面に叩きつけられる衝撃。
耳鳴り。
立てない。
オークが再度振り上げる。
死ぬ。
その瞬間、仲間の槍が刺さる。
前衛が斬り込む。
数分後、討伐完了。
俺は地面に寝たまま。
息が荒い。
短剣は手から離れている。
昨日の成功が、今日の地獄を呼んだ。
分かっていた。
俺は戦闘向きじゃない。
当たる日もある。
だが安定しない。
それを周囲が期待に変換するのが一番怖い。
夜。
部屋。
俺は短剣を机に置く。
じっと見る。
金属は無言だ。
持ったのは俺だ。
勝手に意味を乗せたのは町だ。
だが。
その意味を否定しきれなかったのも俺だ。
「……封印するか」
誰もいない部屋でつぶやく。
翌日。
ギルド。
俺は堂々と宣言する。
「短剣は使わない」
ざわつく。
「なぜだ」
「参謀が前に出ないと」
俺は言う。
「俺は前衛じゃない」
静まる。
「俺は生き残る係だ」
なんだその役職。
だが本音だ。
俺が前に出ると、偶然が暴走する。
評価が歪む。
期待が膨らむ。
そしていつか死ぬ。
なら。
最初から武器は使わない。
俺は短剣を布で包む。
ギルドの倉庫の奥に置く。
受付嬢が困惑する。
「本当にいいんですか」
「いい」
覚悟とかじゃない。
自分を知るだけだ。
数日後。
小型魔物討伐。
俺はいつもの後列。
丸腰。
仲間が言う。
「武器は?」
「ない」
少し不安そうな顔。
だが戦闘は普通に進む。
前衛が斬る。
俺は位置を指示する。
横から魔物が回り込もうとする。
「右」
前衛が対応。
安定。
終わる。
誰も怪我なし。
俺も無傷。
帰り道。
剣士が言う。
「やっぱそれが自然だな」
たぶん。
俺は短剣を持たない。
だが弱くなったわけじゃない。
俺は元々、小物だ。
それでいい。
無理に役割を増やすとろくなことにならない。
夜。
部屋。
少しだけ考える。
もしまた本当に必要な時が来たら。
その時は倉庫から出す。
それまでは封印。
俺の身の丈はここだ。
英雄でも前衛でもない。
逃げることも含めて、生き残る。
それが俺の戦い方だ。
窓の外で誰かが言う。
「参謀、最近落ち着いたな」
違う。
元に戻っただけだ。
武器を封印して。
やっと。
俺は俺の位置に帰ってきた。




