喋らない回
その日から、俺は決めた。
喋らない。
余計なことは、絶対に言わない。
理由は簡単だ。
昨日、独り言が制度になった。
あれ以上ひどいことになる前に、口を封じるしかない。
人は学ぶ。遅いが、学ぶ。
朝。
ギルド。
入口を開けると、全員が一瞬で俺を見る。
そして、息を呑む。
(ほらな)
俺は何も言わず、掲示板に向かう。
紙が多い。
嫌な種類の多さだ。
【参謀殿、本日沈黙】
【沈黙=高度な思考中】
【発言がないこと自体が警告】
誰だ最初に言い出したのは。
受付嬢が、そっと声を落として話しかけてくる。
「……今日は、何かありますか?」
俺は首を横に振る。
それだけ。
受付嬢は凍りついた。
「……“ない”と断言された……」
断言してない。
首を振っただけだ。
奥から、ギルドマスターが出てくる。
無言で俺を見る。
無言で、深く頷く。
(会話、成立してないよな?)
そのまま、誰も俺に話しかけてこなくなった。
空気が、重い。
昨日より一段、重い。
町に出る。
人々は、さりげなく距離を取る。
だが、目は離さない。
俺が立ち止まる。
全員が立ち止まる。
俺が歩き出す。
ざわっと音が走る。
(……俺、行進の合図みたいになってない?)
畑に着く。
いつもの場所。
いつもの畦道。
いつもの、何も起きなさ。
俺は立つ。
喋らない。
動かない。
しばらくして、冒険者が一人、様子を見に来た。
「……参謀殿、畑、ですか」
俺は、何も言わない。
冒険者は、勝手に解釈した。
「……畑が、重要……?」
そのまま走って戻っていった。
十分後。
畑の周囲に、冒険者が増えた。
さらに十分後。
勇者パーティが来た。
勇者が、真剣な顔で俺を見る。
「今日は、畑なんだな」
俺は、何も言わない。
「……分かった」
何が。
勇者は剣を抜かず、魔法使いも詠唱を止め、
全員で畑を囲む。
結果、何も起きない。
当然だ。
ただの畑だ。
だが、夕方。
王都に届いた報告は、こうなった。
――参謀殿、沈黙をもって“要所は畑”と示唆。
示唆してない。
――勇者パーティ、畑を重点警戒。敵動きなし。
敵、最初からいない。
――参謀殿の無言判断、敵勢を完全に封殺。
封殺してない。
夜。
王都の会議室。
「参謀殿は……喋らなくても、伝わるのか?」
「むしろ、喋らない方が怖い」
「沈黙が戦術とは……」
誰かが言った。
「発言を引き出すべきでは?」
別の誰かが、すぐ否定した。
「いや、発言されたら事態が動く」
「沈黙の方が安全だ」
安全なのは、俺の精神だけだ。
宿に戻る。
女将が、そっと聞いてくる。
「今日は……何も言わなかったんだって?」
俺は、無言で頷く。
「それで……王都が会議になったらしいよ」
なぜ。
布団に倒れ込む。
(……明日から、瞬きも危険かもしれない)
翌朝。
掲示板に、新しい紙。
【参謀殿の沈黙を乱さぬため、話しかける際は事前申請】
話しかけるだけで申請制になった。
俺は畑へ向かう。
今日も、何も起きない。
だが世界は、勝手に追い詰められていく。
――本人だけが、静かになろうとしているのに。




