王都の回、改
王都。
会議室は広く、天井は高く、無駄に静かだった。
重厚な机の上に、一枚の報告書が置かれている。
紙は薄い。
内容は軽い。
だが、空気だけが重かった。
「……で?」
年老いた宰相が、ゆっくり口を開く。
「この“参謀”とは」
報告官は背筋を伸ばした。
「地方都市に滞在中の冒険者です」
「階級は?」
「ありません」
一瞬、沈黙。
「……ない?」
「はい」
「武勲は?」
「確認されていません」
「討伐数は?」
「ほぼゼロです」
会議室の空気が、わずかにざわつく。
「では、なぜ名前が上がる」
宰相の声は低い。
「はい」
報告官は紙をめくった。
「まず、魔物の襲撃予測に成功」
「次に、勇者の全滅を回避」
「町の被害を最小限に抑制」
「住民の避難行動を誘導」
「治安の安定化」
「食糧供給の確保」
「……それで“実績ほぼ畑”?」
誰かが呟いた。
「畑です」
報告官は頷いた。
「主に畑です」
別の貴族が口を挟む。
「つまり、裏で糸を引くタイプか」
「姿を見せない戦術家」
「現場に立たず、空気を動かす男」
「本人の主張は?」
宰相が聞く。
「『何もしていない』とのことです」
会議室が、どよめいた。
「出たな……」
「真の策士ほどそう言う」
「自覚なき天才か」
「あるいは、あえて能力を隠している」
「勇者は?」
宰相。
「彼はこう述べています」
報告官は読み上げた。
「『参謀がいなければ、俺は死んでいた』」
「……重いな」
誰かが呟く。
「魔王軍との関係は?」
「不明です」
「怪しいな」
「怪しくない方が怪しい」
別の書類が回される。
そこには、町の平面図。
赤い線で囲まれた区域。
「この町、要塞化していませんか?」
「していません」
「ではなぜ、防衛に穴がない?」
「偶然とのことです」
「偶然が重なりすぎだ」
宰相は椅子に深く座り直した。
「つまり」
静かに言う。
「この男は、
王都が最も欲しがっているタイプだ」
「戦わずに勝つ」
「民を動かし」
「英雄を使い」
「責任を取らず」
「前に出ない」
「厄介だな」
宰相は苦笑した。
「勧誘は?」
「過去に、勇者個人が試みましたが失敗しています」
「では正式に」
「断られた場合は?」
宰相は、少しだけ考えた。
そして言った。
「断られる前提で行け」
「え?」
「断るという行為自体が、
“王都を信用していない理由がある”と解釈できる」
「受けても断っても厄介ですね」
「そうだ」
宰相は言った。
「だが放置するのが一番まずい」
「彼は今、何を?」
報告官は、最後の一文を読み上げる。
「畑の見張りをしています」
沈黙。
「……畑か」
「王都の畑は、最近不作でして」
誰かが言った。
宰相は、ゆっくり立ち上がった。
「決まりだな」
「参謀待遇で迎えろ」
「肩書きは?」
少し考えて、宰相は言った。
「非常勤・戦略顧問」
その頃。
地方都市。
俺は畑の横に立っていた。
カラスもどきが来る。
俺を見る。
逃げる。
「……なんなんだよ」
誰にも聞こえないように呟く。
遠くで、馬車の音がした。
やけに立派なやつだ。
嫌な予感がした。




