第一章-ありえない出会い-(1)
二〇三〇年。夏。
広島県にある、世界遺産に登録されている厳島神社で有名な島――厳島。通称、宮島。
ギラギラと照りつける夏の太陽の下、高校三年生の少年――菅原光大は、背中に竹刀を背負って、猛スピードで学校に向かっている。
「……ったく、なんで起こしてくんねーんだよ! 勝手にさっさと行きやがって!!」
他人にブツブツ文句を言いながら、校門前にある駐輪場に辿り着いた光大は、すぐに自転車を置き、学校に広がるグランド場を駆け抜ける。
そして、校舎に入ろうとしたその時。
――キーンコーンカーンコーン。
「やばっ!」
必死に靴を履きかえ、自分のクラスである三年A組の教室へと駆け込む。
「せ、セーフ……」
ギリギリのところで遅刻を免れたことに、ホッ、と息を漏らす。自分の机に鞄と竹刀を置いて、席に座る。
風船の空気が抜けるように、椅子にもたれかかる。もう一度、口から息を吐く。
そんな彼に、
「こうちゃん」
自分を呼ぶ声がする方へ、光大は顔を傾ける。
するとそこには、巻き毛がかったふんわりとした髪型で、ぼのぼのとした雰囲気を醸し出す、森にいそうな女子――森ガールと呼ぶにふさわしい少女が立っていた。
「ああ。おはよう、カエ」
光大にカエと呼ばれた少女――高峰花楓は、呆れたような表情で彼に訊ねる。
「またギリギリだったけど、よっくんと二人で朝までやっていたの?」
「ああ。よっしーと二人で、朝まで『妖怪無双』をずっとやってた。帰ろうと思ったら、面白すぎてハマってしまって……。また、こうなっちまったってわけ。ははははは」
「ははは、じゃないよ、もう……」
遅刻ギリギリの理由が、隣のB組にいるゲーム大好きな二人の幼馴染み――清水葦貴と人気ゲームに熱中していたという、花楓のみならず、日本の国民の誰もが、ハァ~、と呆れせざるを得ない珍事だ。もう少しまともな理由――「受験勉強を深夜までやっていたら、寝坊してしまったよ~」とか言ってほしいものだ。
「しょうがないだろ。止まらないものは止まらないんだ。……ふあぁぁあ~」
娯楽のやりすぎの証拠、「あくび」が漏れる。
そんな光大のだらしない態度に呆れて、花楓は思わずため息をつく。
「……こうちゃんがこんなにだらしないなんて思わなかったわ。ということは、わたしの作ったクッキーも欲しくないってわけね」
花楓は自分が焼いたお手製のクッキーが入っているピンクの袋を取り出し、光大に見せる。
彼女のクッキーは、宮島の名産である『もみじ饅頭』に匹敵するのだと言う。もっとも、それを断言しているのは光大だけだが。
そう言って褒めてくれる彼が、不摂生な生活を送っているとなれば、一生懸命作ったお菓子は台無しだ。
「ま、待て。それだけはっ!」
ピンクの袋に手を出す光大。だが、花楓がサッ、と避け、ピンクの袋を背中に隠す。
勢いよく避けられたため、椅子のバランスを崩しそうになる。
「フンだ」
プイ、と顔を横に向ける花楓。何を言っても聞く耳を持たないオーラが溢れている。
こんな態度になった彼女は、謝るまで何も喋ってくれないのだ。
何も話してくれず、クッキーのない毎日を送るのは地獄だと思った光大は、両手を合わせて、まるで神にでも拝むかのように、
「分かった、分かった! もうしないから!な! ごめん!」
座っても、きっちりと体を四五度、前に傾け、誠意をこめて謝罪する。
花楓はそんな彼を一瞥し、
「じゃあ……もう二度としない?」
「しない! 絶対に!! 花楓様に誓います!!」
女王様につき従っている下僕のように、光大は誓約する。
そんな彼に満足したのか、背中に隠したクッキーを差し出す。
「えっ!?」
そんな慈悲深き女王様の顔を、光大は見つめる。
「じゃあ、許してあげる。そのか・わ・り、約束を破ったら、二度とあげないからね!」
「ははーっ! ありがたき幸せ!」
「もう、大袈裟なんだから」
受け取る光大の態度に、花楓は思わず苦笑する。
彼はすぐに袋を開き、中に入っていた星型のクッキーを取り出す。
彼の命の源泉が花楓のクッキーとでも言わんばかりに、幸せそうな表情で次々と食べる。
「う~ん、やっぱりサイコーだぜ、カエのクッキー」
光大は食べながら賞賛する。
「そ、それは嬉しいんだけど……ね」
「へ?」
急に強張った表情になった花楓が、教卓の方へと指をさす。
その方向へ訝しそうに見つめる光大。
そこには――。
「げっ!」
――コホン、と静かに怒りに燃えている担任の姿に、彼の輝いていた顔色が、一気に蒼白な色へと変わっていった……。




