第三章-今を変える決意-(3)
思い切って、中へと進んだ光大が目にしたのは想像をはるかに超えていた。
「な、なんだここは!?」
家の中へ飛び込んだら、地上とは違う別の空間――ゲームでいう、異次元空間に入っていたのだ。紫の色に染められた虚ろな空は、まるで地獄にいるかのようだ。
「と、とにかく、乙姫を見つけないと」
光大は恐怖にかられることなく、前へと進んでゆく。
すると、
「はあぁぁっ!」
空中でボウガンから矢を連射している乙姫の姿が!
相手は、ポルターガイストなのか、たくさんの火の弾が踊るようにボウガンを避けていく!
「くっ、すばしっこい奴め……」
火の弾たちを睨みつける乙姫。
「乙姫! ここは一体何なんだよ!?」
かけつけてくる少年に驚く乙姫。
「コータ! ……な、なんでお前がいるのだ!? 時空管理時計の力で、私とアイツだけしか入れないはずだ!」
タイムシフトというのは、彼女の左腕につけている。インスペクトとは別の、機械仕掛けの腕時計のことだろうと、光大は察知する。
「そんなこと言われても……って、乙姫!」
彼女のインスペクトから発せられる、コンファインド・スペースの範囲内に入ったからか、火の弾が踊るようにしか見えなかったもの――ポルターガイスト視えるようになる。
「!」
その姿に光大は絶句した。
――龍だ。
紅く燃え盛る毛、太陽のように輝く鱗。どれをとっても美しい。
しかし、目は視線が分からないほどどす黒く、人間たちを排除せん、と言っているかのような禍々しさを放っている。
「……こいつはおそらく、宮島に眠る四聖神の一人かもしれん……」
「四聖神って、宮島に伝わるお伽噺にでてくる伝説の!?」
乙姫の言葉に驚愕する光大。
彼女は横に振り、
「いや、伝説ではない。実際にいたのだ。天神信仰を広める旅に出ていた菅原道真がこの島に流れ着いたというのは知っているな?」
「ああ。四国に向かっていた船が沈没して、宮島に着いたってじいちゃんから聞いた。そして、助けてくれた宮島の人たちに感銘を受けて、一生、この島を守ったんだよな」
「そうだ。そのとき道真は、天神様から授かった秘術で、この島に眠る根源――火、水、地、そして、それらを統括する森。それら4つの化身を創りだして、この島を守った――それが四聖神だ。そしてコイツはおそらく火の化身――火奄だ」
「……」
伝説が実在するなんて。もはや幻想を超えたレベルに自分がいることに、光大の口は開きっぱなしで、言葉がでない。
すると、
「! 乙姫!」
火奄の口から、灼熱の火炎弾が二人に目がけて放たれる!
「大丈夫だ。振盾!」
乙姫は、小型の機械を取り出し、火炎弾に向ける。すると、火炎弾と乙姫の間には何もないのに、透明な壁が現れたかのように火炎弾をはじく。
「すげぇ……」
これが未来の技術力か、と光大は思わず感嘆の声が漏れる。
しかし、弾いていても火炎弾が連続で放たれる。
「くっ!」
紅き龍は、力づくでもこの防壁を破るつもりらしい。
「このまま防御一辺倒となると、キリがないな……コータ、この装置を持ってろ」
「え? でも、それだとおまえが……」
「案ずるな。私は負けん。お前は身を守っておけ!」
「ちょっ、乙姫」
乙姫は、飛び出して横へと走る。降り注ぐ火炎弾の矢を次々と交わしていく。
しかし、真正面に襲い掛かる!
「!」
「乙姫、危ない!」
光大が防壁空間から叫ぶ。
「案ずるな。火の攻撃の防壁なら作れる! 水壁!」
冷静に、火炎弾に向かって手をかざす。すると彼女の前に、水で出来た壁が現れる。水の壁に飲み込まれた火炎弾は、相反する属性故か、消えてしまう。
「うわわわわ……」
「これがインスペクトの隠された力――地球上にある、あらゆる力を操る術――源操術だ。青のインスペクトだから、水の力が使えるのだ!」
親指を立てて、得意げに光大に話す乙姫。
その現実離れした力に、驚く以外の表情はない。
乙姫は火炎弾を吐く隙を狙って、高く跳躍する。
火奄と同じ目線になる。そして、
「くらえ!」
ボウガンから矢を放つ。
しかし、火炎弾を吐く素振りはフェイントだった。
「しまった!」
火奄はそれを避け、尻尾を素早くひるがえす。
バチ――――――ン!
「きゃああああ!!」
乙姫は吹き飛ばされてしまい、透明な壁に激突する。
彼女はそのままバタッ、と倒れてしまう。
そして、とどめを刺そうと口に灼熱の塊をためる。
「乙姫!!」
光大は傷ついた乙姫の下へと急ぐ。
彼に向かって火炎弾が発射される。
「うおおおおおっ!!」
火炎弾が乙姫に直撃する、すんでの所で、光大はプロテクションを発動する!
バキン! と機械にひびが割れるような音をたて、火炎弾をはじく。
「くっ!」
「コータ!」
「心配ない」
光大は何とか火炎弾を弾き返す。
乙姫は立ち上がろうとするも、膝をついてしまう。戦う力が残ってないのだ。
「くそっ……このままだと」
確実にこの龍の猛火にやられてしまう。何かしないと。
「くらえ!」
光大は、背負っている竹刀を投げ飛ばす。しかし、竹刀は火奄の体をスーッ、と抜けてしまう。
「な、なんでだよ!?」
「奴に……実体のある道具は効かない、のだ。効果があるのは、私の武器――対霊武器のみ、なんだ」
「そんな……」
それじゃあ、絶望的じゃないか。
こんなの、こんなのって……。
火炎弾が彼らを襲う。
「うわっ!」
ヒビが入ったところがパキーン! と真っ二つに割れ、プロテクションが壊れてしまう。
「あ……ああ」
これで、チェックメイト。
「ち、ちくしょう!」
悔しさのあまり、床を叩きつける光大。
もはや成す術がない。
「こ、コータ……」
苦しそうに後ろから少年の名を呼ぶ乙姫。
「おまえだけはこれを持って……逃げろ……」
彼女はインスペクトを外す。
「は!? おまえ、何を言って……」
突然の出来事に驚愕する光大。
「このまま二人とも死んで行ったら、この島は滅びるだろう。そうなれば……未来も失われてしまう。これを持って逃げろ……そして……こいつらと戦う力を身につけてくれ……」
「馬鹿言うな! おまえ一人を置いて逃げれねぇつうの!」
「しかし、バスター・ウェポンを持たないおまえでは戦うことができない。それに、インスペクトは訓練しないと、使いこなすことは……ほぼ不可能だ」
「だからって、だからって……」
怒りと悲しみに手が震えてしまう。
こんな感覚初めてだ。
諦めたくない、諦めたくない! でも、このままでは……。
諦めて、彼女の言う通りに従って……。
その時!
『口先だけでは、何も変えられんぞ』
――亡くなった祖父の言葉が脳裏に浮かぶ。
……。
そうか。
そうだったんだ。
俺は、ただ、あの空気に甘えていただけだったんだ。
――花楓と葦貴がいる、その空気に満足していた自分がいた。それだけで居心地が良かった。しかし、二人は、『自分』というものをしっかり持っている。それが『夢』という形に変化しているのだ。そういう二人が羨ましく、怖かった。この満足していた空気が失われていくことが怖かったのだ。
その恐怖のあまり、自分は彼らと対極の立場にいるではないか。『夢』を持たないことに校長の言葉に苛立ち、政府の痛みを伴う『夢』への創造についても苛立つだけ。
そう。ただ、それだけ。
――行動していない。
その言葉が重くのしかかる。
そうだ。俺は動いていないんだ。なのに、口先では偉そうに言っている、ただの口先人間だったんだ。
「そう、だったんだ……」
「コータ?」
不思議そうに、膝をついて俯いている光大を見上げる乙姫。
彼は、悔しそうに歯ぎしりを立てる。
自分が前に出ないと、今の状況――現実、そして未来、何もかも変わらないじゃないか!
「だったら……」
「!」
光大は乙姫のインスペクトを右腕につけて、
「俺がこの運命を変えてやる!」
自分の胸に込みあがる決意を叫んだ!
そして、立ち上がって、
「ば、バカ!」
後ろから聞こえる乙姫の声を無視し、光大は火奄と対峙する。
コンファインド・スペースの範囲から離れたため、乙姫の視界からは、火奄が火の玉が踊るという虚ろな姿に変わる。
「む、無茶だ! インスペクトを始めて使うおまえには使いこなすことは愚か、人間の適性において、武器を扱える保証はない! 無駄なことはやめろ!」
乙姫は光大に忠告する。
しかし、
「やってみないと分からないだろ! うおおおおおっっっ!!」
光大はインスペクトから乙姫が使っていたボウガンを具現化し、手に取って矢を放つ!
しかし、うまく命中しない。
でも、諦めない! 足掻いて行かないといけないんだ!
何度も何度も放つ。
そんな光大にしらを切ったのか、命中しないのならこちらからいくぞ、と言わんばかりに、火奄は彼を目がけて火炎放射を吐く!
「うわっ!」
光大は横に転がって何とか避ける。しかし、背中が焦げた感覚を感じる。
「くっ」
焦げた感覚が、体に痛いほど伝わり、よろけてしまう。でも、弱音を吐くわけにはいかない。根性で、必死に耐える。
「コータ! これ以上戦ったら危険だ! 頼むから逃げてくれ!」
乙姫は見ていられないのか必死に叫ぶ。
だが、
「うるさい! ここで、俺は逃げてちゃいけねぇんだよ」
と反論する。
「めんどくさいけどよ……このまま逃げてたらきっと、俺の大切な……島の人々もやられてしまう。そんなのはいけないんだ。今ここで倒さないと、島が大変なことになっちまう! それに、」
自分の想いを光大は吐き出す。
「ここで逃げたら、一生後悔するし、ずっと逃げ道を回ってしまう気がするんだ。俺は、そんなだらしない人間になりたくない!」
「コータ、おまえ……」
光大は必死に抵抗し、火奄の火炎放射を避けつつ、矢を放つ。しかし、
「ハァ、ハァ……」
彼も逃げるのに限界が近づいてきた。
「くっ、くっそ……」
足をよろけながら、自分を見下す火奄をにらむ。
「コータ! もういい! やめろ!!」
悲鳴にも等しい、乙姫の懇願が響く。
まだだ、まだなんだよ。
乙姫のためにも諦めるわけにはいかない。でも、このまま逃げても勝率は低い。光大もそれは分かっている。でも、負けたくない。
――守る力があれば。
俺に、力があれば、現実を壊すほどの力が……。
光大は、自然と形見の白い球体を握り占めた。
(じいちゃん。俺、やっと分かったんだ。苛立っていたのも全部、自分が動こうとしないからってことが。俺、今も、この先も、守りたいんだ。俺が知っている大切な風景を。頭の悪い大人たちを見返してやりたいんだ。この宮島って場所が、いかに素晴らしい場所であるかってことを。だから、急にこんなことを言うのは少々おこがましいかもしれないけど……)
――俺に力を。みんなを守る力を貸してください。




