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フロラヴァータ  - 3299の花たちと…記録にない、ひとりの少女の物語 - FLORAVATAお子様向けバージョン  作者: shaton


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第一章 GATE : 第四話 雪鐘(スノードロップ)の白光(はっこう)(後編)

 少女は何も言えなかった。ただ、泉(いずみ)の水の音だけが、ふたりのあいだを静かに流れていた。

◇

「ねえ、見せてあげる」

 しばらくして、ルクシエルは気を取り直したように立ち上がった。

「雪鐘(スノードロップ)の光。本当はね、怖(こわ)いだけの光じゃないのよ」

 彼女(かのじょ)は胸元(むなもと)の花のひとつを指でそっとつまみ、軽くはじいた。

 澄(す)んだ音が、ひとつ鳴った。広場で聞いたのと同じ響(ひび)きだった。その音に合わせて、ルクシエルの指先から、白い光の粒(つぶ)がふわりと舞(ま)い上がった。

 今度の光は、影(かげ)を消さなかった。泉の水面に落ちては小さな輪を描(えが)き、花々の上に下りては、露(つゆ)のようにきらめいて消えていく。

「……きれい」

 少女が思わずつぶやいたとき、光の粒のひとつが、少女の抱(だ)く白い花の上に舞い下りた。

 その瞬間(しゅんかん)、白い花が応(こた)えるように、青白く灯(とも)った。雪鐘の白と、少女の花の白が、花びらの上で溶(と)け合う。そして――

 鐘(かね)の音が、もう一度鳴った。

 ルクシエルは、花に触(ふ)れていなかった。それなのに、たった今聞いたのとまったく同じ澄んだ音が、どこからともなく、もう一度だけ、あたりに響きわたったのだ。

「……え?」

 ルクシエルの顔から、表情(ひょうじょう)がすっと消えた。

「わたし、一度しか鳴らしてない」

 少女の胸(むね)の奥(おく)で、あの言葉がこだました。もう一度。ふたたび。

 夢(ゆめ)の中の声と、壁(かべ)の奥の形と、門の上の輪。すべてが、同じ一本の線の上に並(なら)んでいるような気がした。少女は思わず胸を押(お)さえた。

 そのとき、ルクシエルが、はっと少女の手首に目を落とした。花を抱えるその手首の内側に、ごく淡(あわ)い光がにじんでいたのだ。

 花の形をしているようで、していない。輪郭(りんかく)がはっきりしない、まだ何にもなりきれていない光のにじみ。けれど、まばたきひとつのあいだに、それは消えてしまった。

「今の……花紋(かもん)?」

 ルクシエルが、かすれた声で言った。

「でも、形が、決まってない。そんな花紋、見たことない……」

 少女は、自分の手首を見下ろした。そこにはもう、何も見えなかった。けれど、その場所だけが、ほんのりと温かかった。

◇

 庭の外が、急(きゅう)に騒(さわ)がしくなったのは、そのすぐあとだった。

 石垣(いしがき)の向こうに、いつのまにか、いろいろな姿(すがた)の者たちが集まって、群(む)れになっていた。広場での出来事は、もう街じゅうに広まっているらしい。ざわめきの中から、いくつもの声が、とぎれとぎれに聞こえてくる。

「あれが、門を開いた子だって」

「いいことのしるしだよ。始原花門(しげんかもん)が自分から開くなんて、お祝いごとに決まってる」

「ばかを言え。記録にない者だぞ。どこから来たのかもわからないのに」

「あの白い花、ゆずってもらえないかねえ。見ない花だからさ、きっと高く売れる」

「研究院(けんきゅういん)に知らせたほうがいい。あの光のことは、調べる価値(かち)がある」

 期待と、おそれと、もうけたい気持ちと、知りたい気持ち。どの声も少女のことを話しているのに、少女に向けられた声は、ひとつもなかった。

 リトが、少女をかばうように一歩前へ出た。マリエナは杖(つえ)に両手を重ねたまま、群れのひとりひとりの顔を、じっと見比(みくら)べている。クラウゼは、苦い顔であたりを見わたしていた。「(街に出すのが、早すぎたか)」その目が、そう言っていた。

 そのとき、群れの向こうで、白い光が走った。

 ルクシエルの光と、よく似(に)ていた。けれど、まるで違(ちが)っていた。光は鋭(するど)い刃(やいば)のようにまっすぐ群れをふたつに割(わ)り、触れた者たちの影を、一瞬(いっしゅん)で消し去っていく。

 影を奪(うば)われた者たちは、押されたわけでもないのに、はじかれたように左右へ下がった。そうしてできた一本の道を、白い防具(ぼうぐ)に身を包んだふたりの衛士(えじ)――守りの役目の兵士――が、そろった足音を響かせながら歩いてくる。その胸には、盾(たて)の形をしたしるしが刻(きざ)まれていた。

 少女は、隣(となり)に立つルクシエルの横顔を見た。彼女は、唇(くちびる)を固く結んでいた。自分の光と同じ種類の光が、今、あんなふうに誰(だれ)かを押しのけるために使われている。その光景から、彼女は目をそらさなかった。

「神殿(しんでん)の管理長殿(かんりちょうどの)ですな」

 衛士のひとりが、クラウゼの前で足を止めた。

「守護院(しゅごいん)から来た。大守護者(だいしゅごしゃ)セレフィア・エルディ様のご命令である。どこから来たのかわからない者と、始原花門に起きたことについて、守護院で調べる。明日の朝、その者を守護院の試しの庭へ連れてきていただきたい」

「試し、ですって?」

 ルクシエルが、思わず声を上げた。

「この子は、目覚めたばかりなのよ。名前だってまだ――」

「エリトア・ルクシエル殿(どの)。これは大守護者のご判断(はんだん)です」

 衛士は、ルクシエルの方を見もしなかった。その名を呼(よ)ばれたとき、ルクシエルの襟元(えりもと)の花紋は、ほとんど光らなかった。冷たい灰色(はいいろ)が、ほんの一瞬、かすめただけだった。

 クラウゼは、長いあいだ黙(だま)っていた。神殿を預(あず)かる者として、守護院の命令を断(ことわ)ることはできない。けれど、目覚めてまだ一日もたたない少女を、試しの庭に立たせることが正しいのかどうか。それは、クラウゼにもわからないのだ。その迷(まよ)いが、固く組まれた両手の指に表れていた。

「……承知(しょうち)――」

 やがてクラウゼがそう答えかけたとき、少女は、自分でも思いがけず口を開いていた。

「行きます」

 みなの目が、いっせいに少女へ向いた。

 少女の膝(ひざ)は、かすかに震(ふる)えていた。試しが何なのかも、大守護者が誰なのかも知らない。怖くないと言えば、うそになる。

 けれど、ここで誰かに決めてもらうのを待っていたら、自分はこの先もずっと、誰かにうわさされるだけで、自分では何も決められないままのような気がした。さっきのざわめきの中で、自分のことを勝手に話されていたように。

「わたしのことだから。わたしが、行きます」

 それは、目覚めてから初めて、誰かが決めるより先に、少女が自分で決めたことだった。

 衛士たちは少女をちらりと見て、短くうなずいた。そして、くるりと向きを変えて去っていった。白い光の道が閉(と)じ、群れがまたざわめきを取り戻(もど)していく。

 張(は)りつめていた息を吐(は)いた少女の手を、誰かがぎゅっと握(にぎ)った。ルクシエルだった。

「じゃあ、わたしも行く」

「え……」

「わたし、塔(とう)の上でじっとしてるの、得意じゃないの」

 ルクシエルはそう言って、いたずらっぽく笑った。その胸元で、雪鐘の花が小さく揺(ゆ)れて、すずやかな音を立てた。

 今度は、一度だけだった。


(第四話 了(りょう))


次回 第五話「大守護者(だいしゅごしゃ)の試し」


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