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それが今の、俺たちの関係

 胸の奥が、ざわついた。

 理由は分からない。ただ、ひどく嫌な予感がする。


 いつもと変わらないはずの部屋。

 なのに、世界のどこかが噛み合っていないような気がする。


 昨夜――両親から告げられた言葉が、まだ頭の奥で反響していた。


 神の権能。

 隠されていた、自分の秘密。

 そして、ルトの存在。


 夢ではない。

 現実だ。


 だが理解が追いついていない。

 飲み込むには、まだ時間が足りなかった。


 それでも。


「……今は、伊東さんに会いに行く」


 言葉にすると、不思議と迷いが薄れた。

 もし、伊東陽菜が死にたいと願い、その結果、彼女の世界が壊れてしまうというのなら。


 もし、彼女が今、その人生に終わりを望むほど絶望しているというのなら。


 俺は、伝えなければならないことがある。


「ルト。伊東さんは今どこに?」


 椅子から立ち上がり、問いかける。

 窓際に立つルトは、静かに目を細めた。


「……自宅にいます。今は、まだ」


 “まだ”という言葉が引っかかる。


「時間は?」


「猶予はあります。ですが、今日中には――」


 その言葉に胸のざわめきが強くなる。


 カレンダーを見上げる。

 今日は、平日だ。


 平日ならば、もう少しで登校する時間だ。

 顔を洗いながら、鏡越しに自分を見る。


 変わったようには見えない。

 だが確実に、昨日までとは違う。


「伊東さんの学校は⋯⋯」


 伊東さんの姿を思い浮かべる。

 制服を着てたことは思い出せる、でも。

 それがどこなのか、わからなかった。


「……ルト」


「はい」


「伊東さんの学校は、わかるか?」


 ルトは一瞬だけ目を伏せる。


「いいえ。ですが、彼女の現在地であれば常に把握できます」


 窓の外では、いつも通りの朝が始まっている。

 通学路を歩く生徒たち。


 自転車のベルの音。

 犬の鳴き声。

 平和な、日常。


 なのに。

 その日常の薄皮一枚向こうで、何かが崩れかけている気がする。


「……行くぞ」


「はい」


 扉を開ける。

 朝の空気は冷たい。


「どっちだ」


 ルトが小さく頷いて先行する。

 御言はそれを追うように歩き始める。


 向かった方向は普段使わない道だった。


 やがて住宅街を抜け、大通りを渡る。

 いつの間にか、通学中の生徒たちの制服が変わっている。


 御言は眉をひそめた。


「……結構、遠いな」


「徒歩で1時間ほどです」


 それ以上の説明はない。

 やがて視界の先に、校舎が見えてきた。


 門の前で、ルトが立ち止まる。


「ここです」


 示された先にあるのは、女子校の校門だった。

 ルトは校門を一瞥し、それから御言を見る。


 入らないのか、と言いたげな視線。


 馬鹿言うな。

 女子校に知らない男が侵入してみろ。

 真っ先に通報だ。


 御言は舌打ちを飲み込み、校門から少し離れた自販機へ向かった。

 お茶を二本買い、一本をルトに放る。


「疲れただろ」


 壁にもたれ、スマホを開く。

 地図アプリを起動。


 現在地は隣町。

 バイト先のすぐ近くだった。


「……バイトに来る時まで待ったほうがいいな」


 朝から歩き続けた結果がこれか。

 重いため息が落ちる。


「……? 入れば、いいのでは」


 きょとんとした顔でルトが見上げる。


「無理だって」


「無理、とは⋯⋯?」


 悪意は感じない。

 本気で分からないようだ。


「一度帰る。夕方にまた来る」


 言い捨てて歩き出す。

 数歩遅れて、足音がついてくる。


「……なんで着いてくる」


 振り向く。


「帰る、と言われたので」


「お前は自分の家に帰れ」


 手で払うように言う。

 ルトは瞬きを一つした。


「ありません」


 当然と言うような即答。


「……は?」


 突然の言葉に思考が停止する。


「帰る家は、ありません。あなたの家に住むように言われています」


 淡々とした声だった。

 冗談の響きはない。


「誰にだよ」


 思わず舌打ちが混ざる。


「あなたの両親に」


 再度、思考が一瞬止まる。


「……は?」


「こちらに来る前、説明を受けました。私は今日から、あなたの家で生活します」


 説明、という言い方がやけに事務的だった。

 頭痛がする。


「ふざけんな……」


 けれどルトは首を傾げるだけだ。


「ふざけていません」


 悪意も挑発もない。

 ただ事実を述べているだけといった雰囲気。


 御言は荒く息を吐き、踵を返す。


「……来い」


 渋々だった。

 ルトは一歩後ろを歩く。

 ぴたりと、一定の距離を保って。

 まるで影のように。


 信号待ち。

 隣に並ぶことはない。

 御言が歩けば歩く分だけ、同じ距離を保つ。


 それが妙に腹立たしい。


「……近い」


 振り向かずに御言が言う。


「二歩分、離れています」


 間を置かずにルトが答える。


「そういう意味じゃねぇ」


 ルトは黙る。

 だが、距離は変わらない。


 それが今の、俺たちの関係だった。

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