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神の権能の断片

 御言は考える。


「――死を想え」


 それは、かつて自分が自分に向けて吐いた言葉だった。


 あの日の自分と、昨日の伊東陽菜の姿が重なる。

 胸の奥に、言葉にならない何かが渦を巻く。


 死にたいと口にする人間に、

「じゃあ勝手に死ねばいい」と言う者もいる。


 「そんなこと言うなよ、生きていれば何とかなる」と言う者もいる。


 どちらも正しいのかもしれない。

 そして、

 どちらも、たぶん間違っている。


 誰も、そんな言葉を求めているわけじゃない。

 構ってほしいわけでもない。

 ただ、限界だっただけだ。


 死にたいと願う。

 だが、実行には移せない。

 いや――移した後を考えてしまう。


 親はどうする。

 誰に迷惑がかかるか。

 苦痛はどれほど続く。


 失敗したら。

 中途半端に生き残ったら。

 想像が、足を止める。


 結局、何も出来ない。

 何も出来ないまま、翌日も何もなかったように笑ってみせる。


 笑って。

 取り繕って。

 そうして少しずつ、歪んでいく。


 世界が、ではない。

 自分が。

 どこかに置き去りになっていく。


 押し込めた感情が、どこかに滲み出る。

 「死にたい」という形で。


「……俺が何か言っただけで、変わるわけない」


 御言は小さく呟く。

 それは諦めではない。

 経験から来る、実感だった。


「いえ、変えられます」


 ルトの声は揺れない。

 御言をまっすぐに見つめる。


「あなたであれば、変えられるんです」


 はっきりと断じる。

 御言は乾いた笑みを浮かべた。


「なんでだよ」


 自嘲が滲む。

 ルトは一瞬だけ目を伏せ、それから告げた。


「神の依代たる御言葉を持つ、あなたにはそれが出来る」


 空気が、わずかに重くなる。

 御言の名が、異様な意味を持った瞬間だった。


「⋯⋯は? 何言ってんだよ」


いきなりの言葉に御言は理解できずに聞き返す。


「あなたには出来る、と」


聞こえにくかったと受け取ったのかルトがもう一度答える。


「そうじゃない。神が、なんだって?」


 ため息交じりに御言が吐き出す。

 こいつはここに来てまた神だの天使だのを始める気だろうか。


「あ⋯⋯そうでした!」


 ルトは何かを思い出したように、ぽんと手を叩きスマホを取り出す。

 慣れない手つきでスマホを操作すると、こちらに向けてくる。


 何かよく分からないまま、御言は差し出されたスマホを覗き込む。


 ルトのスマホに映っていたのは動画だった。

 誘われるようにおもむろに再生ボタンをタップする。


「これで、よし⋯⋯と」


 ルトのスマホから聞き慣れた声が流れてくる。


 声の主が画面外から現れて、ちょうどカメラの真ん中に当たる位置で立ち止まる。


「久しぶりだな、御言」


 白髪交じりの金色の髪に、どこか優しげな灰色の瞳。

 そして、厳格そうに見える顔付きに刻まれた年齢を想起させる皺の数々。


 御言はこの人物をよく知っている。

 レオナルド・レスター――日本名は神代玲央かみしろれお、厳しくも優しい御言の父親。


「父さん⋯⋯?」


 思わず零れた声は、驚きよりも困惑に近かった。

 アメリカにいるはずの父が、どうしてルトのスマホに動画を残しているのか。


「学校はどうだ? アルバイトも始めたらしいな」


 穏やかな声音。

 だが、その灰色の瞳はどこか探るようだった。


「父さんは御言に会えなくてさみしいよ」


 軽口のように言って、わずかに視線を外す。


「レオナルド。先に本題を」


 画面の外から、母の声が割り込む。

 父は小さく肩をすくめた。


「ああ、そうだったな」


 咳払いひとつ。


「御言。これを見ているということは、ルトちゃんには会ったんだろう」


 御言は無言のまま、隣に立つルトを横目で見る。

 ルトは背筋を伸ばし、画面に向かって静かに会釈した。


「お前はきっと、まともに取り合わないだろうと母さんが言うもんだからな。こうして動画にした」


 冗談めかした口調が、そこでふっと消える。


「……私と母さんは、お前に隠してきたことがある」


 空気が、わずかに張り詰めた。


(隠してきた?)


 突然の告白に、頭の中で思わず聞き返してしまう。


「あなたが“普通に生きられるように”」


 母の声は静かだった。

 父が続ける。


「だが最近、お前の周囲で説明のつかない現象が続いている」


 心臓がひとつ、強く打つ。


「偶然ではない」


 画面越しでも分かる、真剣な眼差し。


「御言。お前は、生まれる前から“言葉”を宿している」


 意味が、すぐには入ってこない。


「それは神の権能の断片だ」


 部屋の空気が重くなる。


「教会は長く観測してきた。だが、もう静観はできない」


 御言はゆっくりと息を吐く。


「君の前にルトと名乗る女の子が居るだろう」


 父は迷いなく続ける。


「彼女はお前の補佐であり、監督みたいなものだ」


 ルトの指先が、わずかに強ばる。


「詳しいことは、直接話す」


 父の視線がまっすぐこちらを射抜くように思えた。


「御言。お前の言葉は――」


 映像が一瞬だけ乱れた。

 ノイズが走る。


「現実に触れる」


 そこで、動画は途切れた。


 画面が黒くなり、そこに映ったのは――呆然とした自分の顔だった。

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