29-13
検問所へ向かうため、ぼく達は早朝に出発した。
日の出は迎えたが、空はまだ夜の色をわずかに残している。
早朝にしたのは、検問所までは距離があり、途中で野宿しなければいけない可能性があるからだ。
早朝に出発し、日没ギリギリに検問所に着く、という予定。
道についてはバッシュが把握しているので心配はない。
「バッシュ!ペース上げて」
「はい!」
ヴァネッサが前を行くバッシュにそう声をかけた。
「速すぎないか?」
「日没までに、検問所に着きたいってのが、ヴァネッサ隊長の考えですからね。それに今日は、天候がよくなさそうなんで、急いで損はないですよ」
ガルドも竜を軽く蹴り、速度を上げる。
天候が気になるのは確かだ。
雲が厚みを増し、薄暗い林はさらに暗くなる。
あまり使われていない道だと聞いていたが、確かに人がいない。
道も雑草が生えていて、道と路肩の境目が曖昧だ。
「川があるから、そこで休憩するそうです」
「了解だ」
小さな小川のほとりで休憩となる。
「どれくらいまで来た?」
「そうですね…」
ヴァネッサの問いにバッシュが地図を広げた。
「三分の一…くらい…」
「昼前で、三分の一か」
「意外に進んでないな」
「そうだねぇ…」
ぼくの言葉に、ヴァネッサは腕を組み唸る。その表情は、ぼくたちの進みが、彼女の予想よりも遅いことを物語っていた。
オリヴィアは外套を脱ぎ、羽を広げている。
まさに、羽を伸ばす、とはこの事だろう。
ガルドは周囲に目を配りながら、干し葡萄を口に放り込む。
「気味悪い所ですね…」
ガルドが呟く。
「このあたりは戦争時、戦闘が頻繁にあった所らしいよ」
「なるほど、どおりで…。竜がおかしいわけだ」
竜は警戒しているが、周囲に変わった様子はない。
その様子は、僕たちの知らない何かを、竜が感じ取っていることを示しているようだった。
吸血族であるバッシュも、周囲に気配はないと確認している。
「そろそろ行くよ」
ヴァネッサの号令で、先を急いだ。
木々の密度が少しずつ高くなっていく。
雨は降っていないが、曇天の空なので薄暗い。
数度の休憩を取りつつ検問所へと急いだ。
日が傾きさらに暗さを増す。
「バッシュ!止まって!」
「はい!」
ヴァネッサが先頭を行くバッシュを止めた。
彼女の声は、少しだけ焦りが混じっていた。
「あと、どれくらい?」
「あの谷間を抜けたらすぐです」
そう言って、彼は指を指す。
「あの谷間に入ったら、さらに暗くなりますよ…」
「ああ」
すでにお互いの表情がわからなくなるくらい、周囲は暗い。
「野宿するか?」
「いや…」
ぼくの提案を、ヴァネッサは拒否する。その声には、強い意志が込められていた。
「しかし、足元が見えにくい。竜で走るのは危険じゃないか?」
「自分もそう思います。正直、怖いですよ」
ガルドがぼくの提案に同意してくれた。
ヴァネッサは、検問所の方を見たまま黙り込む。
「ヴァネッサ」
「聞いてる」
そう言って、竜を降りた。
「オリヴィア。降りて」
「え?はい…」
オリヴィアも竜を降りる。
その表情には、戸惑いと、少しの不安が浮かんでいた。
「やはり野宿か…」
「野宿はしない」
ぼくの言葉に、彼女はきっぱりと答えた。
「なに?なら、歩くのか?」
「あたし達はね」
あたし達は?。
どういう事だ?。
ぼくは、彼女の意図する事がわからなかった。
「バッシュ。あんたはオリヴィアを乗せて検問所まで突っ走りな」
「何?待て、ヴァネッサ。二人だけで行かせるのか?」
「危険ですよ。賊の気配はありませんが、この先はどうなってるか…」
ガルドの言う通りだ。
オリヴィアとバッシュの二人だけでは危険すぎる。
ぼくの心は、不安でいっぱいになった。
「この暗さで周囲の状況がわかるのは、吸血族のバッシュだけ。検問所までは、さほど距離はない。なら、先行させて、検問所に行ってもらった方がオリヴィアの安全は確保できる」
「検問所までの安全は確認できていないんだぞ」
「連れて行くのは、バッシュだよ。吸血族の才能に賭ける」
そう言われたバッシュ本人が驚きの声を上げた。
「ちょっと待ってください!ヴァネッサ隊長が、ぼくの事を買ってくれるのは光栄ですが、リスクが大きいですよ。野宿するか、歩いて行くほうが無難かと…」
「今から野宿する場所を探すなんて無理だし、歩きにしたって夜目が利くのはあんただけ。竜は気配を察知できるけど、あたし達には見えない」
「…」
「だから、あんたとオリヴィアが先に行きな」
ヴァネッサは「行きな」と言った。
これは命令だ。お願いじゃない。
ヴァネッサは、すでに腹を決めているんだ。
その強い意志は、ぼくたちの心に、彼女の決断に従うしかないという、諦めにも似た感情を生み出した。
「さっさと行けよ」
ガルドがそう言い放つ。
彼も状況を受け入れたようだ。
ぼくは危険だな、と思っていたが、ぼく一人でヴァネッサの考えをひっくり返す事はできないだろう。
「…わかりました」
バッシュも覚悟を決めたようだ。
オリヴィアがバッシュの後ろに乗る。
彼女は不安そうだ。
「オリヴィア。悪いけど、そういう事だから」
「わかりました」
「バッシュにしっかり掴まってるんだよ」
「はい」
バッシュとオリヴィアの荷物を下ろし、できる限り身軽にする。
「検問所まで、絶対に止まるんじゃないよ!」
「はい!」
「そら、行けぇ!」
ヴァネッサが、バッシュの馬の尻を引っ叩く。
馬が勢いよく走りだした。
「はあ…」
ぼくはため息を吐きながら、道の先を見つめた。
馬の足音が遠ざかっていく。
「大丈夫だよ」
「なぜ、そう言える」
「なぜって?嫌な予感がしないから」
「は?…もう、君というやつは…全く…」
ぼくとガルドは、ため息を吐くしかなかった。
竜を引き、谷間を歩く。
ほぼ真っ暗な道。
足元がかろうじて見える。
「月が出てれば、まだ違うんだけどね…」
先頭を歩くヴァネッサがぼやく。
「君の誤算のせいだぞ」
「わかってるよ…」
谷間を行く道の中間を過ぎたか…。
「篝火みたいのが、チラチラ見える」
「そうか」
「ガルド、聞いてる?」
「はい…聞いて、ます…」
ガルドの喋り方がおかしい。
「あんた、何か食べてる?」
「すみません…干し肉かじってます」
「そう」
ヴァネッサはそれ以上何も言わなかった。
「そう言えば、夕食は食べてなかったな」
「ほんとだ」
ぼくとヴァネッサも干し肉をかじり出す。
暗い道を、干し肉をかじりながら、竜を引きつつ歩く。
なんという光景だ。
今なら笑い話として話せるが、当時は真剣そのものだった。
谷間を抜けた頃。
「迎えが来てくれたね」
「ん?」
松明を持った何者かが、近づいてくる。
「隊長!ヴァネッサ隊長!います?」
バッシュだ。
「ここだよ!」
「よかった…」
彼は馬をおり、松明を掲げる。
「来てくれたんだ」
「もちろん、来ますよ」
「あんた、優しいね」
「でしょう?」
バッシュは、笑顔で答えて松明をくれた。
「昨日の件があるから、特に期待してなかったんだけど…」
「昨日の件?なんの話だ?」
「え?いや、別になんでもない…さあ行くよ」
ヴァネッサは竜に乗り込む。
「ライア。松明持って、ガルドの竜に乗って」
「ああ。わかった」
バッシュ、ヴァネッサ、ガルドの順で検問所へと向かった。
Copyright©2020-橘 シン




