29-12
あたし達が事務所に戻ると、監視役が来ていた。
ガルドがあたしに近づき、耳打ちする。
彼の声は、少し緊張していた。
「あの監視役、吸血族です」
「吸血族?」
「はい」
「そう」
吸血族ね…。
監視役にはうってつけか。
吸血族は、その鋭い五感と、優れた身体能力で、監視役としては、これ以上ない適任だった。
監視役は外交官と何やら話をしていたが、あたしに気付き小さく会釈した。
あたしは頷き返した。
「あいつと話した?」
「挨拶だけ。なんか、嫌な感じですね。吸血族を出すところが…」
ガルドは、吸血族ってことで警戒してる。
「ちゃんと見てるぞって、意思表示でしょ」
「腹の探り合いはやめないか?」
ライアがそう話す。
その声には、あたしの警戒心に対する、少しの呆れが混じっていた。
「探ってるわけじゃないよ。どんな奴かわからないから、計りかねてるんだよ」
「こっちに来たぞ」
「ああ」
監視役がこっちに来る。
「はじめまして。あなたがヴァネッサ・シェフィールド隊長ですね?」
「どうも」
「バッシュです。お見知りおきを」
そう言って丁寧に頭を下げる。その丁寧さが、少し胡散臭い。
「ライアだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「最初に言っておく」
「はい?」
「ぼくは女だから」
「え?あーはい…わかりました」
そう言って苦笑いを浮かべた。
バッシュは男で、背丈は長身かな。
ガルドほどじゃない。あたしと同じくらいか。
吸血族なので当然、瞳が紅い。
見た感じは、細身でさほどいい体格には見えない。
吸血族だし、見た目じゃわからないか。
「彼が同行する。くれぐれも…」
「わかってるって」
外交官の言葉に被せるように返事をする。
「妙な事は考えない事だ」
「わかったって…」
オリヴィアを送り届けるだけだっつうの!。
外交官の言葉に、少しだけうんざりする。
「さあ。さっさと行くよ」
「了解」
事務所を出て、竜に乗り込む。
バッシュは馬を連れてきた。
「馬…」
「はい。何か不都合が…」
「いや、別に」
馬に速度を合わせないといけない。ということは時間、日数がかかる。
行くのはイースタニアだから、配慮して二頭にしたんだけど、もう一頭、連れてくればよかった。
南側から城下町を出る。
「王都沿いを北に行きます?」
「東に向かって南北の街道に出ようかな」
王都周辺は、人が多い。
竜と馬は走れないだろう。
王都からできるだけ離れたほうが、時間を稼げるはず。
「バッシュ」
「はい」
「あんたが前を行きな」
「自分がですが?」
「そうだよ。馬に速度を合わせる」
彼は頷き、先に行く。
「ガルドは…」
「隊長の後ろを行きます」
「ああ」
わかってるね。
わざわざ言う必要もなかったか。
あたし達は、街道を北に向かう。
街道は、賊なんか出ないし平和だったよ。
町や村が点在してるから不便でもない。
しいて言えば、人が多いから竜の速さを活かせないくらいか。
「明日は検問所ですね」
「ああ」
明日、街道を東へ向かう脇道に入る。その道を行けば検問所だ。
今あたし達は脇道から一番近い町にいる。
飲食店に入り、夕食をしながら歓談中。
オリヴィアとライアは、宿で別に食事をとっている。
一緒に食べる事ができればいいんだけど、翼人族が来たとなれば騒ぎになるし、外套を着たままじゃ窮屈だろうし。
こっちはこっちで、食事中にも関わらず微妙な雰囲気。
ガルドとバッシュが向かい合い、その間にあたしがいる。
「ご注文はお決まりですか?」
「あー…ガルド、あんた何にする?」
「コスパのいいやつを…」
「コスパね…バッシュ、あんたは?」
「そうですね…ステーキセットで」
「…あんたさ、値段見てる?」
これまでもそうだったけど、こいつは値段が高いものばっかり注文する。
支払いは別だから、何を食べようと知ったこっちゃないんだけど、こっちはどう節約するかって、気を使ってんのがバカらしくなる。
注文してしばし待つ。
「バッシュ」
「はい?」
「あんた、ゲオルグがどうなったか知ってる?」
彼にゲオルグの件を聞くのは、今日が初めてだった。
「もちろん、知ってますよ」
「そう。ゲオルグの残党っているの?」
「どうなんでしょうね…」
彼は腕を組み、考える。
「いたとして、何かできるかったら…」
「できないね」
ゲオルグ派は、ゲオルグがいたからこそ成り立ってた。
「里に引きこもってるらしいですよ」
「引きこもってる?」
「はい。今言った残党が。詳しくはわかりません」
「そう」
ジルが、ゲオルグの腹心が里にいるんじゃないかって、話していたっけ。
一度、里に戻りたいとも話していた。
「あんたの家族は?」
あたしの問いに、彼は特に表情は変えない。
「里には、もういません」
「え?殺られた?」
「いえ。運良く、出稼ぎで里にはいなかったんですよ」
「そうかい」
残党がいるから、戻るに戻れないらしい。
「今のところ、生活できてるからいいですけどね。友人とは、音信不通です」
そう話すバッシュは、表情こそ変えなかったが、声のトーンは明らかに落ちた。
料理が運ばれてくる。
その料理の香りが、あたし達の会話を、一旦中断させた。
「おっほ!うまそう」
バッシュが食べ始める。
ガルドがじっと、バッシュの肉を見ていた。
「…一切れあげましょうか?」
「いらねえよ」
「まあ、そう言わずに」
バッシュがガルドの皿にステーキを一切れ乗せる。
「…」
ガルドは、何も言わずにステーキを口に放り込む。
目を閉じ、うまそうに味わってる。
「隊長もいかがですか?」
「いらないよ、あたしは」
そう言って、皿を手で隠す。
あたしはいいとして、ガルドが腹いっぱい食べられないのは、気の毒だね。
この体格を維持するには、最低でも二人分は食べたい。
「食べておいて、なんだが…敵同士なんだぞ」
「そうですか?」
「そうですかって…」
ガルドが呆れてる。
「お前、監視役だって事、忘れてねえだろうな?」
「忘れてませんよ。監視する前に、翼人族の護衛があるでしょう?」
「護衛するのは、俺達の仕事だ。お前は関係ない」
「ガルド、やめなって」
「でも隊長…」
「吸血族が護衛するってんなら、むしろ好都合でしょ」
吸血族ほど、頼りになる者はいない。
「護衛くらい俺達で十分ですよ」
「わかってるよ」
ガルドの言う通り、護衛できると信じてる。
「敵意剥き出しにしてどうすんの…向こうの思う壺だよ。変な報告されるかもしれない。できるだけ穏便に行こうじゃないの」
「はい…」
クローディア様から穏便にって、釘を刺されてるんだから。
「バッシュ。あんたって、普段どんな仕事してんの?」
「自分ですか?…」
そう言ってナイフとフォークを置く。
「王都周辺で情報収集してます」
「それだけ?」
「はい」
「吸血族でしょ?もっと突っ込んだ事してるじゃないの?城に無断で入ったり…」
「なんだと!」
ガルドが身を乗り出す。
あたしは片腕を、彼の前に出して制する。
「さすがにそれはできませんよ。警備が厳しいので」
バッシュは苦笑いを浮かべた。
「入ったら入ったで、問題があるでしょう?」
「あるね。それこそ戦争になりかねない」
「そうです。なので、お互いに自重ということで」
そう言って、食事を再開する。
「自分は吸血族と言っても、血は濃くないんですよ」
「そうなんだ」
「吸血族の血は四分の一だったはずです」
「それだって、あたしには当然勝てるとして、ガルドにも勝てるでしょ?」
「自信ないですよ…」
「お前、ほんとに吸血族なのかよ…」
ガルドは、拍子抜けしたんだろうね。
「だから、隊長の言う通り穏便に行きましょうよ」
「だね」
「よろしくお願いします」
そう言って、バッシュから握手を求められた。
あたしは、ガッチリと彼の手を握る。
「あ、あの…ちょっと、痛いです…」
「ああ。ごめんよ」
「いえ…」
彼の手を離さずに話を続けた。
「あんたさ、今回の任務でどれくらいのお金貰ってんの?」
「どれくらい…なんでです?」
「いいから答えなよ」
バッシュの手を強く握る。
「ちょ!ちょっと…痛い…」
「いくら貰ったの?」
「総額二万って話で…」
「二万だと…」
ガルドが目を剥く。
「前金で、五千貰ってます…」
「五千が懐にあるわけ?」
「少し減りましたけど」
なるほど、どうりで羽振りがいいわけだ。
「あたし達さ、お金がなくてカツカツなんだよね」
「はい」
「ガルドは、腹がすくとブチ切れる性格でね。怖いんだよ、あたしもさ」
ガルドは何か言いかけたから、軽く蹴る。
「お互い、穏便に行きたいじゃない?ガルドの食事分だけでいいから払ってくれないかな?」
「…いやいや!意味がわかりませんよ。自分の分は自分で、決めましたよね?」
「決めたけど、まさかあんたが、そんなにお金持ちだとは知らなかったから」
「だからって、ぼくが支払う理由にはなりませんよ」
「こいつがキレてもいいわけ?」
あたしは、ガルドを見た。
ガルドは腕を組んで、貧乏ゆすりを始める。
「そっちでなんとかしてくださいよ…」
「金がない」
ガルドの貧乏ゆすりが大きくなって、テーブルが小刻みに揺れる。
「穏便に行きたいよね?」
バッシュの手を強く握り、少しずつ力を加えていく。
「痛てて…わ、わかりましたよ!」
「そう?。助かる」
「ガルドさんの食事代だけですからね?それだけですよ?」
「それで十分。ありがとね!」
あたしは、バッシュの手を離し、笑顔で肩を叩く。
「すみません!ステーキセットを三人前を彼にお願いします」
「はーい!」
「ええ!?…」
Copyright©2020-橘 シン




