29-14
松明を持ったバッシュの後ろを行く。
彼のずっと先に検問所が見えてきた。
「やっと、着いたね…」
あたしは胸を撫で下ろす。
検問所に近づくにつれて、周囲の様子がわかってきた。
道の南側に平屋の建物が、多分一つ。
道を挟んだ北側にも建物が一つ。こっちは二階建て。
周囲を丸太を立てて、防壁としている。
その厳重な警備は、この場所が、戦いの最前線であることも物語っていた。
篝火があるので、検問所周辺は明るかった。
あたし達に気づいたのか、兵士らしき者達が出てきた。
検問所の少し手前でバッシュが馬を止めて降りる。
「どうしたの?」
「すみませんが、武器を預からせていただきます」
「ああ、そう」
バッシュの言葉に、ガルドが反発した。
「待てよ。俺達は、帝国と戦いに来たんじゃないんだぞ」
「わかっています。ですが…」
「わかってんなら、預ける必要はないだろうが」
ガルドがバッシュに突っかかった。
「ガルド。しょうがないでしょ…」
あたしは竜を降りて、剣を外す。
「でも、隊長」
「あんた。逆の立場だったら、どうしてた?」
「…」
彼は何も言わず、大きく息を吐いてから竜を降りる。
その大きなため息は、彼の心の中に、あたしの言葉に対する、理解と、そして、少しの不満が混じり合っている。
立場上、そうしないと穏便にいかないからね。仕方ないのさ。
「模擬剣も預けたほうがいいか?」
ライアが、自分の肩にかかえている模擬剣を指差しながら尋ねた。
「一応、預かっておきます」
「わかった」
あたし、ガルド、ライアの武器をバッシュに預けた。
彼は、預かった武器を脇に抱え、検問所へと歩く。
あたし達も彼に続いた。
検問所から、甲冑を着込んだ二名が前に出てくる。
「あれは…竜騎士ですよ」
「ああ」
長剣を腰に下げている。
二人ともそれなりの体格。
顔はまだよく見えない。けど、年齢は三十くらいか。
二人のうち、一人だけが松明を片手にさらに近づいてくる。
そして、こちらに手のひらを向けた。
そこで止まれと。
でも、バッシュだけには手招きする。
バッシュは、帝国の竜騎士を通り過ぎて検問所へと行く。
「なんなんですかね…あの、もったいぶった感じは」
「向こうに聞こえるって…」
向こうの竜騎士が、数歩前まで来た。
「あんたが、検問所の責任者?」
「今は、そうです」
「そう。あたしは王国の…」
「存じています」
自己紹介を遮られる。
「セレスティア王国、竜騎士一番隊所属、ヴァネッサ・シェフィールド班長」
「情報古いよ」
「え?」
「ふっ…」
ガルドが、あたしの後ろで笑う。
「あたしはもう一番隊じゃない。シュナイツの竜騎士隊隊長だよ」
「それは、失礼しました…」
彼は苦笑いを浮かべ、小さく頭を下げた。
「後ろにいるのが、ガルド。隣はライア。彼女は女性だから」
「はい」
「バッシュから事情は聞いてる?」
「聞きました」
「面倒だと思うけど、一晩だけ厄介になりたい」
「ええ。確かに面倒ですが、仕方がありません。事情が事情なだけに、断るわけにいきませんから」
彼とともに、検問所へと向かう。
「あんたは、班長なの?」
「いいえ」
「あーなら、小隊長?」
「いいえ」
「じゃあ、分隊長かい?」
「いいえ」
違う…じゃあ、もっと上?。
あたしと同じキャリアなら、分隊長あたりが限界。そうじゃなかったら…。
「お前、平の竜騎士なんだろ?」
ガルドがそう訊く。
そうだろうね。
「いいえ」
「ふざけてんのか?てめえ!」
「失礼だぞ!貴様!」
検問所を出てきたもう一人の竜騎士が叫んだ。その声は、怒りをはっきりと示していた。
「やめないか」
「しかし、副長…こいつら…」
副長?。
「なんだ?やろうってのか?相手になるぜ?」
「ガルド、やめなよ…挑発するのは」
こっちと向こう、お互いに部下を窘める。
「申し訳ない」
「いや…こっちもだよ」
副長と呼ばれた竜騎士は、松明を部下に渡す。
「すみません。最初に自己紹介すべきでした」
そう言って、敬礼した。
「自分は帝国軍。竜騎士隊副長。フェノッズ・ミューゼ」
「副長って竜騎士隊の上から二番目ってこと?」
「はい」
なんて奴だ…。
あたしとそう変わらないのに、すでに副長だって!?。
ガルドも、目を見開き驚いている。
「失礼しました」
あたしとガルドは姿勢を正し、敬礼を返す。
「やめましょう。かしこまった挨拶は」
そう言って、飄々としている。
「それに、お互い剣を交えることは考えてない。そうでしょう?」
「ああ、確かに」
武器を預けたが、そうしなければ、周りが納得いかないからだろう。
「とりあえず中に入ってください」
「ああ」
歩き出したが、検問所に近づくたびに竜の足取りが重くなっていく。そして、唸り声を上げだした。
その唸り声は、明らかに警戒している声だ。
「大丈夫だよ」
あたしは、竜のたてがみを撫でる。
ガルドもそうしていた。
「やはり、警戒してますね。こっちの竜もそわそわしてましたよ」
フェノッズがそう話す。
竜同士が顔を合わせてるわけじゃない。何かを感じているんだ。
「落ち着けよ…」
ガルドがなんとか落ち着かせようと、たてがみや顔を撫でている。
「ビビったら負けだぜ」
竜ってのは、乗り手の気持ちを表す。とすれば、警戒してるのは竜ではなく、あたし達竜騎士って事になる。
「南側の建物の裏なら、離れてますから、いかがでしょう?あちらに停めては?」
フェノッズが気を利かせて、勧めてくる。
「いや、申し出はありがたいけど、あたし達は戦いに来たんじゃない。守りに来たんだ」
あたしは、手綱を強く引く。
「竜騎士隊が待機してるのは、北側の建物?」
「そうです」
「そう。なら、そっちに行く」
「大丈夫ですか?」
「ああ」
正直に言うと不安だし、向こうのピリピリと張り詰めた感じも伝わってくる。
向こうだって同じ気持ちなんだ。
怖がる事はない。
「噂通りの人だ」
「あたしかい?」
「はい」
北側の建物に向かいながら、フェノッズが話しかけてきた。
「女性の竜騎士だが、男並みの胆力をお持ちだと」
「ふふっ…」
すぐそばでライアが笑いをこらえている。
「女の竜騎士は珍しいから、変な噂ばかりが広がっちゃって…」
「そうなんですか?」
「あたしは、迷惑してんだよ。全部、嘘だからね。信じないで」
「わかりました」
フェノッズは、笑顔で頷く。
防壁の中に入っていく。
帝国の兵士が、物珍しそうにあたし達を見る。
「ライア様!」
オリヴィアが笑顔でライアに駆け寄って、彼女の腕に掴まった。
「怪我はないようだな」
「はい!」
オリヴィアに何事もなかったのは幸いだね。
これで、怪我なんかされたら自己嫌悪に陥るよ。
竜同士が顔を合わせたけど、意外に落ち着いて安心した。
状況がわかってるみたいだね。
人同士もそうだけど、竜同士も緊張してる。
お互いに気にしつつも、気にしない素振り。
こんな竜の振る舞いを初めて見たよ。
あたし達が招かれたのは、北側の二階建ての建物。
明らかに古い建物とわかる。
蔦が建物全体を覆っていた。
シュナイツの館の三分の一くらいかな。
「戦争初期に建てられたものらしいです」
「へえ」
フェノッズに続いて、建物の中に入る。
中にはテーブルと椅子が数組あるだけ。
後は二階へ上がる階段と、各部屋のドア。
「班長」
「はっ」
班長と呼ばれた者が前に出る。
「彼らに、紅茶を出してあげてくれ」
班長は困惑顔だ。
「副長殿。お言葉ではありますが、この者達は王国の竜騎士です」
「ああ。そうだが?」
「なぜ、もてなさなければいけないのですか?」
「私はもてなせとは、言ってない。紅茶をと、言っている」
「ですから、それは…」
班長が納得いかない気持ちはわかる。
敵兵に、紅茶をだせ、なんてね。
なんでわざわざ出さないといけないかと。
「君は彼らがここにいる理由を聞いただろう?」
「はい」
「ならばなぜ、そう敵意をむき出しにする?」
「王国との戦争は、未だ終わっておらず、休戦状態で…」
「もう少し柔軟に考える事はできないか?」
「…」
「彼らは、我々と戦うために来たわけではない。翼人族の護衛だ。それに正規兵でもないんだぞ」
班長は渋々といった感じで敬礼し、この場を離れた。
「水でいいのに」
「そういうわけにはいきません。私は同じ竜騎士同士、礼儀を持って接したい」
「落ち着いてるねぇ。あたしとそう変わらないのに」
あたし達は近くの椅子に腰を下ろす。
フェノッズも座った。
「落ち着いているのは、シェフィールド隊長の方でしょう。敵国に踏み入れた者の佇まいではない」
「そうかい?」
おどおどしたって、しょうがない。腹くくってるだけさ。
班長が紅茶を持ってやってくる。
「ありがとう」
「いえ…」
班長はあたしの顔をチラチラ見ながら去っていく。
紅茶を一口飲む。
香ばしい香りが鼻を抜ける。
気持ち半分くらい、落ち着いた感じがした。
Copyright©2020-橘 シン




