29-9
あたしは、出発の準備をする。
オリヴィアを、イースタニアの東にある翼人族の村まで送っていく。
護衛任務ってわけ。
ウィルの時以来かな、こんなに長期間シュナイツを離れるのは。
あの時よりは、気がだいぶ楽だね。だからって気を抜いてるわけじゃないよ。
今日の訓練は、レスターに全部任せた。
あたしとガルドは、明日の準備のために訓練は休み。
心も体も、この長旅に向けて調整していく。
「お金の相談しないと…」
あたしは執務室へ向かう。
ノックして中へ。
「ウィル、今いい?」
「ヴァネッサか…いいけど、何?」
「明日の、お金の話なんだけど…」
「あー、それね。ざっくりとだけど、計算してあるよ」
さすがウィル。
こういうところに彼の経験が生きてくる。
彼からメモを受け取り、内容を確認。
「ナミとソニアが結構残して帰ってきたから、余裕を持たせてある」
「なるほど…」
ウィルがそういうなら、これで大丈夫だろう。
あたしが相談したいのは、別の事なんだよね。だけど、少し言い出しにくい。
「あのさ…お金の余裕って、どのくらいあるの?」
「余裕?余裕なんかないよ」
「今回は、余裕を持たせてあるんでしょ?」
「あるけど、できるだけ残してほしいな」
「それは善処するけどさ…」
余裕がないなら、やめておくかな…。
「どうしたのよ、ヴァネッサ。あなたらしくないわ。お金の事を気にするなんて」
リアンがそう話しかけてきた。
あたしだって、シュナイツの状況くらい知ってる。だけど、管轄外だし、ウィルに全面的に任せてる。
今回は、そういう事じゃない。
「だね。ほんとにどうしたの?」
「うん…」
ウィルとリアンはじっと、あたしを見つめてる。
あたしは脇にどけてあった椅子を引き寄せて座った。
そして、アルがすぐに紅茶をくれる。
「ありがと」
紅茶を一口飲んで、カップをウィルの机に置く。そして、あたしは切り出した。
「ライアにね、剣を買ってあげたいんだよ」
「ライアに?」
ウィルは、そうか、と呟いて腕を組む。
彼の表情は、あたしの気持ちを理解しようと、深く考えているようだった。
「ライアは、自分の剣、持ってるじゃない?さらに買うの?」
リアンが不思議そうに話す。
「今持ってる剣は、今のスタイルには合わないんだよ」
「スタイル?」
「なるほど…」
リアンは首を傾げてるけど、ウィルはわかったようだ。
「ライアは今、二刀流だ。剣一振りでは意味がない」
「そう言う事。模擬剣で護衛ってのもさ…格好がつかないでしょ?手練れの賊が出て来たら不利だし」
「それはわかるけど…お金が…」
「だよね…」
「そもそもどれくらいする?剣二振りだろう?」
「ピンキリだけど…一振り一万ルグからかな…」
「い、一万…」
ウィルとリアンが絶句する。そばにいたシンディは、むせていた。
「いや、一万以下もあるよ。質は落ちるけど…」
できることなら、買うんじゃなくて、ライアが望む剣を作ってあげたい。
「二振りで…に、二千以下なら…」
「二千…」
そんな安いの売ってる?…。
「これ以上は…ちょっと…」
ウィルは苦笑いを浮かべる。
「わかった…二千でいい」
二千で探すしかないか。
「で、ライアには言ってあるの?」
「ううん。言ってないよ」
「どうして?ライアの剣なのに?」
「本人は気を利かせて、断るに決まってる」
ライアじゃなくても、シュナイツの財政状況はみんな知ってるから、自重するだろうね。
その優しさを知っているからこそ、あたしは彼女に内緒で剣を買ってあげたかった。
「かもしれない…」
ウィルは静かに頷く。
「この先、実戦がない保証はない。その時に真剣がない、そう考えただけで、あたしは怖い」
「うん」
「だから…」
「君の気持ちはわかるよ。けど、二千が限界だ。できるだけ値切って、いい剣をライアに買ってあげてくれ」
「ああ、わかったよ」
執務室を出て、エレナの部屋へ向かう。
エレナは、部屋で分厚い本とにらめっこをしている。その横顔は、真剣そのものだった。
同じ部屋にはナミもいて、彼女も分厚い本と向かい合っていた。
「エレナ。今いい?」
「ええ。構わない」
彼女は本を閉じた。
あたしは、エレナのベッドに座る。
「私は出ていたほうがいいですか?」
ナミがそう訊いてきた。
「いや、大丈夫だよ。あたしのほうが邪魔じゃない?」
「ええ」
なぜか、エレナが答える。
「あんたに言ったんじゃないよ」
「わかっている」
ナミがクスクスと笑い出す。
エレナが冗談を言うなんてね。
ナミが立ち上がり、書類を脇に抱える。
「大丈夫だよ。ほんとに」
「はい。ちょっとフリッツ先生の所に行ってきます」
彼女はそう言うと、部屋を出て行ってしまった。
「彼女、具合い悪いの?」
そんな風には見えなかったけど。
「彼女は至って健康。フリッツ先生の所に行ったのは、医学の知識を得るため」
「医学?魔法士が?」
「治癒魔法を扱うには、医学も知らなければいけない」
「へえ」
「なので、フリッツ先生に医学を教えていただいている」
フリッツ先生だけじゃなく、ミラルド先生とシエラからも学んでいるらしい。
それとオリヴィアの怪我の具合いの確認も。
「それで、用とは?」
エレナは椅子ごと体をあたしに向ける。
「明日、いや明日もかな…王都まで送ってほしい」
「承知している」
「悪いね」
転移魔法は申し訳ないほどに、便利過ぎる。
王都に行くのに、半月(竜ならもっと短縮できる)かかるのに、瞬き一つだから。
「帰りはどうすればいい?」
「帰りねぇ…」
行きもそうだけど、翼人族の村に何日滞在するのかわからないし、帰りが順調とはかぎらないからね。
それに行きたい所もある。
「六番隊に挨拶に行きたいんだよね」
「六番隊?」
「竜騎士六番隊の駐屯地。去年の襲撃の時、無理言って助けてくれたからさ」
「そういう事」
「だから、帰りは普通に帰ってくるよ」
「そう」
たまには走って帰ってくるのもいい。
「それじゃ、明日よろしく」
「ええ」
エレナの部屋を出る。
翌日。いよいよ出発となる。
朝食をすませた後、広場へと向かう。
ヴァネッサとガルドが竜を引いてやってくる。
オリヴィアはウィル様達と別れの挨拶を交わしていた。
「さてと。行きますか」
ヴァネッサは竜を撫でながら話す。
「オリヴィアは、翼が見えないように外套来てよ」
「はい」
翼人族は、その翼が目立つのが、難点だ。
翼をいかに見せずに移動するかが、昨日の準備の主題だった。
外套を着る。これは当然の如く決まったが、ただ着るだけでは明らかに違和感がある。
オリヴィアは、体を抱くように翼を丸めて、できるだけ違和感をなくしている。
「中々、大変ね。こんな事をしなくてもいい時代が来るといいわね」
「そうですね」
リアン様が、オリヴィアを気遣う。
「エレナ。お願い」
「了解」
三人と竜二頭が、エレナのそばに集まる。
「エレナ様。説明は聞きましたけど、ただ立ってるだけいいのですか?」
「ええ。できるだけ、私のそばに」
「はい」
「三人も」
「あいよ」
「ここでいいか?」
「なんだか緊張するな」
ぼくを含め、ヴァネッサ以外は転移魔法は初めてだった。
「なんて事はないから。閃光があるだけ」
そうは言ってもな…。
エレナを信じているが、ぼくの心は、未知の魔法に対する期待と、少しの恐怖で揺れていた。
「では、転移する」
足下に魔法陣が広がる。
「あ、キレイ…」
オリヴィアがそう呟いた瞬間、閃光がぼく達を包んだ。
その光は、ぼくの視界を真っ白に染め上げた。
目を開けば、そこは王都。
その巨大な城壁に、ぼくは、ただただ驚きに満たされていた。
「すげえ…王都だ…」
ガルドが感嘆の声をあげる。
それはぼくもオリヴィアも同様だった。
「何が、起きたのですか?」
「魔法だけは、理解不能だ」
多分、一生かかっても理解できないだろう。
「いつまで驚いてんの。行くよ」
ヴァネッサは、もう竜に乗り込んでいた。
ガルドも少し慌てて竜に乗り込む。
ぼくは、ガルドの後ろに、オリヴィアはヴァネッサの後ろに乗る。
「エレナ。あんたはどこか行く?」
「ええ。道士様の所と、マリーダさんの所へ。ウィル様から手紙を預かっているから」
「そう。マリーダに会ったら、よろしく伝えておいて」
「ええ」
エレナが頷く。
彼女は、小さく手を振り見送ってくれた。
ぼく達は、王都の西側の出入り口から城下町へ。そして、外交官がいる城下町の南側へと向かった。
Copyright©2020-橘 シン




