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ブレイバーズ・メモリー(3)   作者: 橘 シン


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122/128

29-8


 オリヴィアは、ぼくの言葉に呆然としている。その瞳は、驚きと戸惑いで大きく見開かれていた。


「何を、言ってるんですか。お母様からいただいた剣なんですよ?いただくわけにはいきません!」


 彼女は、少し語気を強めた。その声には、ぼくへの気遣いと、強い拒絶の意思が感じられる。


「ああ。しかし、使われなければ鉄屑だ。剣として使われるべきじゃないか?」

「それは…そうかもしれませんが…」


 オリヴィアは、何も言えずに少し俯く。


「剣が、剣自身が使ってくれと、言ってる気がするんだ」


 ぼくの言葉に、彼女は顔を上げて僕を見た。

 

 彼女の瞳には、ぼくの言葉の意味を探るような、戸惑いの色が浮かんでいた。


「剣が…ですか?…」

「おかしいだろう?」


 ぼくが苦笑いを浮かべ、肩をすくめると、彼女は力強く首を振った。


「そんな事ないです!」

「そう思ってくれるのなら、ぜひ受け取ってくれないか?」

「…」


 彼女は、ぼくの言葉に何も答えず、剣を静かに鞘に収めた。その小さな手で、まるで宝物のように剣を抱きしめた。


「助けていただいて、村まで送っていただける、さらに剣まで…」


 オリヴィアは、涙を浮かべて剣を抱きしめる。


「翼を失って翼人族ではなくなったぼくにできる事といったら、それくらいしかない」


 ぼくの言葉に、オリヴィアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


「わたしは今でも…ライア様は、翼人族だと思って…」


 その先の言葉は、オリヴィアの嗚咽で、言葉にならなかった。


 ぼくは、そっとオリヴィアを抱きしめる。

 

 彼女の温かさと、ぼくの心を満たす安堵が、ぼくの心を静かに震わせた。


「ありがとう、オリヴィア」


 彼女はしばらくぼくの腕の中で泣いていた。



 夕方、ヴァネッサとエレナが帰ってくる。


 夕食後、詳細を聞く。


「なんとか竜で行ける許可はもらったよ…」


 ヴァネッサは少々疲れた顔で報告した。


「大変だったようだな」

「ちょっとね…」


 詳細は聞いてない。彼女の顔を見れば、それだけで十分だった。


 顔が広い彼女だからできた事だろう。



「監視役がつくから」

「監視?」

「あたしらが、不信な事をしないかってさ」

「するはずないだろう」

「しないよ。する気なんかさらさらない」


 ヴァネッサは明らかに憤慨している。


 彼女の怒りは、ぼくたちの信用を疑われたことへの、正当な怒りだった。

 


「一週間以内に行くって言ってきたけど、大丈夫だよね?」


 ヴァネッサはオリヴィアに話しかけた。その声は、ぼくたちと話す時とは違い、優しさに満ちていた。


「はい。わたしはいつでも行けます」

「そう…」


 彼女はそう言って、オリヴィアを意味ありげに見つめる。


「あの…何か?」


 オリヴィアが、戸惑ったように尋ねる。


「いや、別に…。それで、あたしとガルドが行く」

「二人だけか?」

「うん。竜騎士の人数は、指定されてないんだけど、少ないほうがいいと思う」


 できるだけ疑われる事は避けて、イースタニアを刺激しないのが、ヴァネッサの考えだろう。


「ガルドはもう大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ」

「あの、ガルド様はどうかされたのですか?」


 オリヴィアが心配気に尋ねる。


「背中を火傷したんだよ」

「火傷…でしたら、ご無理は…」

「いいの、いいの。火傷自体は治ってるし、本人が休んでいた分の働きをしたいって言ってるから」

「真面目だな」

「ほんとね。あたしなら命令されたら従うけど、自分からは手を挙げないよ。あ、オリヴィアは別だよ」

「申し訳ありません…」


 ヴァネッサの言葉を聞いたオリヴィアが、小さく謝った。


 オリヴィアは、怪我をしてしまった自分のために志願したのだろうと思ったのかもしれない。


「オリヴィア。あんたが、謝る事じゃない。あんたじゃなくて、別の誰かでもガルドは手を挙げてたよ。あいつの信条ってやつさ」



 ヴァネッサとガルドの竜に、ぼくとオリヴィアが乗る予定だ。いわゆるタンデム?だったかな。


「わたしも同行させてください」


 ソニアが手を挙げた。


「あんたまで行く必要はない」


 ヴァネッサはきっぱりと断る。


「イースタニアには、知り合いがいるんです。役に立つはずです」


 ソニアも負傷している。


 訓練での動きを見るかぎり、怪我の後遺症は見られない。


 ソニアは、シュナイツに留まるよりも外で活動するのが好きな性格だ。


 父親の事を調べるのが目的だったが、彼女自身が興味本位で行く事もあった。


 シュナイダー様が、彼女の体験を嬉しそうに聞いてるのを何度も見ている。



「宿泊するなら、宿屋よりずっと安心できると思います。料金はいりませんし」


 彼女は、なんとか連れて行ってもらおうと食い下がる。


「そういう事じゃないって…」

「じゃあ、どういう事ですか?」

「後で話す。あんたは連れて行かない」

「…」


 ソニアは、納得いっていないようで、吐息を漏らす。その表情には、不満がはっきりと見て取れた。


「ソニアさん。ありがとうございます。お気持ちだけ頂戴いたします」


 オリヴィアの感謝の言葉に、ソニアは笑顔で頷く。



「目的地は、イースタニアの東だろう?かなりの遠出になるな…」


 ウィル様が腕を組んで考える。


「いくらぐらいお金を用意すればいいのかしら?」

「そうだなぁ…」


 リアン様の言葉を受けて、ウィル様が指折り数え始める。


「ここからなら、片道半月かかるんじゃない?最低で」

「あー…」


 シュナイツの財政状況はよくない。


 王国から補助金というものをもらっているが、限度がある。



「王都までは、私の転移魔法で行けますので、かなり行程を省けるかと」

「それ、あたしも考えてた。どのみち、王都に行かないといけないし」


 ヴァネッサが立ち上がって、多目的室の角にある棚を漁る。


「地図なかったっけ?…あったあった」


 彼女はテーブルに地図を広げる。


 皆が立ち上がり、地図を覗き込む。


「イースタニアに行く時は、北の検問所を通る」

「通るね」


 ウィル様が頷く。


「あそこ以外にも検問所はあるんだよ」


 セレスティア王国とイースタニア帝国の間には、小高い山脈と森になっている。


 山脈の切れ目か低い所に検問所がある。


「通る人はごくわずかですよ」


 ソニアがそう発言した。


「そこはできるだけ、高く飛べって兄さんに言われました」

「ナンデ?」

「賊が多いからと」

「そう。賊が多い。けど、北の検問所を通るより日数を省ける」


 ヴァネッサは、王都から一番近い検問所を指差す。


 王都を東に出て、南北の街道を少し北に行く。


 街道から東への分かれ道を通っていけば検問所だ。


「ここ通る予定」

「そこを抜けたら、フランノンまではそうかかりません」


 ソニアがイースタニアの中央付近を指差す。


「そこで、いつも買い物してます」


 オリヴィアがそう話す。その声は、少し楽しそうだった。


「帝都じゃないんだ」

「帝都は、たまに行きます」

「帝都のほうが品揃えよくない?」

「そうなんですけど、人が多いし、ちょっとした騒ぎになるので…」

「あー」


 そう言って、オリヴィアは苦笑いを浮かべる。その苦笑いには、人々の好奇の目に晒される翼人族の、複雑な思いが込められているようだった。


「フランノンで困る事ないですから」

「まあね。あそこにさ…」

  

 ソニアとオリヴィアの会話が盛り上がっていく。


「あたしが、話してんだけど?」

「あっ、すみません…」

「まあいいじゃないか」

 

 ウィル様が場を収める。


「フランノンから翼人族の村まではどうやっていくのかな?」


 ウィル様がオリヴィアに尋ねた。


「はい。フランノンを出て東へ。南北の街道にぶつかるので、南へ少し行くと、村へ向かう道があるのでその道を行きます」

「あとは道なり?」

「はい」


 おそらく、道に迷う事はないだろう。


「検問所あたりくらいだね。気を付けたいのは」


 ヴァネッサが、腕を組む。


「どうする?行こうと思えば、明日にも出発できるよ」


 ヴァネッサはオリヴィアを見る。


「そう急ぐ事もないじゃないか?一週間以内であればいいんだろう?」

「そうだけどさ。オリヴィア、どう?」


 ヴァネッサに尋ねられたオリヴィアは、少し考えた後…。


「明後日に出発してもよろしいですか?」

「いいよ。帰るのは、あんただからね。そう決めたのなら、それに従うよ」

「ありがとうございます」


 という事で、出発は明後日と決まった。 




Copyright©2020-橘 シン 

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