29-7
クローディア様の部屋の控え室でしばし待つ。
やはり陛下付の補佐官は忙しい。
「どうぞ」
メイドが紅茶を出してくれた。
「ありがとう」
一口、飲む。温かい紅茶が、あたしの喉を通り過ぎていく。
「あんた、別の仕事をしてたんじゃないの?」
座っている事務官に話しかける。
「ええ」
「なら、あとはあたしが報告しておくから、戻っていいよ」
彼は真面目に拒んだ。
「そういうわけにはいきませんよ。ファレル様からのご依頼ですから、報告までするのが義務です」
「ああ、そう」
部屋側のドアが開き、誰かが出てきた。その姿を見て、あたしは目を見開いた。
「失礼いたします」
「ロマリー?」
「え?…ヴァネッサ?」
あたしもロマリーもお互いに少し驚く。
「何やって…あー何だっけ?なんとか訓練?」
ロマリーは、あたしの姿を見て、必死に記憶を辿っている。
「それはまだ先。イースタニアに用があってね」
「イースタニア?」
「うん」
「隊長。行きますよ」
事務官が、あたしを促す。
「はいはい。あのさ、ロマリー。廊下で待ってて。すぐ終わるから」
「ええ…いいけど」
「待っててよ!」
あたしは、ロマリーに念を押す。
「待ってるから、早く行きなさい」
あたしは急いで、部屋に入る。
「失礼します」
クローディア様が、手招きする。
その表情は、いつものように冷静沈着。
あたし達は、奥へと進む。
「どうでしたか?」
「入国許可はいただけました。監視付きですが…」
あたしの言葉に、クローディア様は静かに頷いた。
詳細を事務官が説明する。
「わかりました」
「あの…実はですね…殿下が参りまして…」
「殿下?ダリル殿下ですか?」
「はい」
「なぜ、ダリル殿下が?」
「それは、あたしの方から。クローディア様との立ち話を聞いていたようで…」
「そうですか…それで、助けてくれたと」
「はい」
クローディアは、納得できないのか少し考えこむ。
「あたしに、借りを返すとか…」
「借り…」
「あたしは、貸した事なんてないんですけどね…。数少ない友人だからとかも」
それと、クローディア様の好みを知りたいからもあるか。
「そうですか。わかりました…」
彼女は納得いってないようだけど、話を終わらせた。
「ヴァネッサ」
「はい」
「今回は、翼人族が関わっているので、許可をいただけましたが、二度目はありませんよ」
「はい…すみません」
クローディア様の厳しい目。
あたしはそれをまっすぐに受け止める。
クローディア様は、大きく息を吐く。
「委細承知しました。あなたは、通常業務に戻ってください。ご苦労さま」
「はい。それでは失礼いたします」
事務官が退出していくので、あたしも出ようとしたんだけど…。
「ヴァネッサ、あなたは残ってください」
「はい…」
あたしだけ、個別にお叱りかな…。
仕方がないね。
「あなた達も下がってください」
秘書役の事務官とメイドも退出させられた。
部屋の中は、あたしとクローディア様だけ。
「外交事務所に殿下が来た時の事を、詳しく聞かせてください」
「詳しくと言われても…」
彼女の質問に答えながら、覚えてる限りを話した。
「個人的な、付き合いがあるみたいですね」
「そのようね…」
クローディア様は頭を抱える。
「何かマズい事でも…」
「いいえ…まあ、大丈夫でしょう。彼らしいと言えば、らしいです」
女をあてがった代わりに入国許可しろって…陛下はどう思うか…。やめよう考えるのは。
「わかりました。引き止めてごめんない」
「構いません」
殿下が、クローディア様の好みを聞いてきた事は言わなかった。
殿下とクローディア様、二人の事だし。
あたしが口を挟むべきことではないと思った。
「では、失礼します」
あたしは敬礼する。
「くれぐれも穏便に、目立つ事はしないでください」
「はい」
部屋を退出しようとしたが、一旦立ち止まる。
「どうしました?」
クローディア様は、少しだけ不思議そうな顔で、あたしを見る。
「あの…殿下と何かありました?」
「…わたくしとですか?別に、何もありませんよ」
そう言った時、クローディア様の目が、一瞬泳いだ気がした。
「そうですか…申し訳ありません。変な事を聞いてしまって…」
「いいえ」
「失礼します」
あたしは、もう一度敬礼して退出した。
「はあ~」
あたしは大きな溜息を吐く。
疲れた…。
「ヴァネッサ」
「あー、ロマリー…」
「あー、じゃないわよ。用があるんでしょ?」
「そうそう」
彼女の手を引き、人の少ない所に行く。
「あんたが、ダリル殿下に呼びだされるかもしれない」
「は?なんで?なんでよ?」
あたしの言葉に、ロマリーは戸惑って、あたしの腕を掴む。
「いや、あんたが悪い事をしたとか、そういう事じゃないから」
「当たり前でしょ!わたしは、何もしてないんだから」
「わかってる。ダリル殿下がね…」
周囲を確認する。
誰もいないことを確認してから、彼女に耳打ちした。
「クローディア様の事が、気になってるらしいんだよ」
「気になってる?」
「意識してる」
「意識って…まさか、好きって事?」
「多分だよ」
まあ確証はない。だけど、あの時の殿下の態度を見れば、そうとしか考えられない。
「話は省くけど、今日、殿下に会って、クローディア様の好みを聞いてきたんだって」
「好みって、漠然としすぎ。それでクローディア様が好きって?」
「わざわざ、あたしに聞いてきたんだよ?」
「うーん…」
ロマリーは信じてない様子。
「もしそれが本当なら、大事件よ」
「あたしは、二人がどうなろうと知らないけどさ」
あたしの言葉に、ロマリーは呆れる。
「冷めてるわね…」
「あたしらがどうこう言える立場じゃないし」
「まあね」
「で、あんたが呼ばれる可能性がある」
彼女は頭を抱える。
「もう…なんでわたしなのよ…」
「あんたなら、知ってるかもって、殿下に言った」
「ちょっと!」
「悪い…」
「知らないわよ。クローディア様の好みなんて…」
だよね…。
「クローディア様のプライベートって謎なんだから」
「やっぱ、そうなんだ」
「どうすればいいの…」
「適当に」
「適当に言って、仲がこじれたらどうするのよ!」
それはマズいね。
「知らないって、正直に言うしかない」
「そうでしょうよ…。仕事増やさないで…」
「ほんと、ごめんね。何か機会があれば、返すから」
「機会って…」
今の所はないけど…。
「じゃあね」
あたしは、ロマリーを置き去りして立ち去った。
「ヴァネッサのバカ!」
ロマリーの罵倒を聞きながら。
ヴァネッサが王都に行っている間、ぼくはオリヴィアと今後の予定を話し合っていた。
ぼくの部屋で。
「そろそろ、帰る準備をしなければいけない」
「はい…」
僕の言葉に、彼女の表情がやや暗くなる。
「ライア様と別れるのは、寂しいです」
「それはぼくも同じだ」
しかし、いつまでもシュナイツにいる事はできない。
オリヴィアの居場所は、ここではないのだから。
「君を安全に送り届けるために、考えている事があるんだ」
「考えている事です?」
「ああ」
「考えもなにも、飛んで行くだけですけど?」
「いや、飛んで行くのはやめたほうがいい。また襲撃されるおそれがある」
「まあ…確かに」
翼人族の争いを解決できないのであれば、せめてオリヴィアを怪我一つない状態で送り届けたい。
それは絶対条件だ。
「ぼくが送り届けたいと思う」
「え!?ライア様が?」
オリヴィアは驚き、身を乗り出す。
「ぼくでは、不安かな?」
「不安なんてありません!嬉しいです!」
「そ、そうか…」
暗かった表情が、パッと明るくなる。
「ぼく一人だけでは、心もとないから竜騎士に同行してもらおうと思っている」
「竜騎士もですか?」
「ああ。ヴァネッサともう一人誰かが行く予定だ」
「そうですか」
「そのほうが安全だから」
要人護衛に関しては、竜騎士のほうが適任だ。ぼくなんかよりもずっと。
その方が、彼女も安心できるだろう。
「わかりました」
彼女はそう言って頷く。
どのルートで行くとかはヴァネッサが帰ってきてからだな…。
「あの…あそこにある剣は、ライア様のですか?」
オリヴィアが、部屋の片隅に立てかけてある剣を指す。
「ん?ああ、ぼくのだ。今はもう使っていない」
「なぜです?」
「少し重いんだ。今のスタイルに合わないから」
今は、二刀流。
剣一振りでは、無理な話。
彼女は、興味深そうに剣を見つめている。
「見せてもらっても…」
「ああ。構わないよ」
ぼくは、剣をオリヴィアに手渡す。
彼女は、鞘から剣をゆっくり引き抜く。
「キレイな剣ですね」
剣を間近に見る。
「そうかな?」
「はい。刃こぼれがほとんどない」
「うん。そのへんは、意識して気を付けていたよ。母から受け継いだ剣でもあるから」
「ライア様のお母様ものですか…」
オリヴィアは嬉しそうに剣を見つめる。
そして、上下左右に剣を振る。
彼女が剣を振る姿が堂に入っている。やはり、翼人賊だな。
その姿にぼくは、翼があった頃の自分を重ねた。
「重くないか?」
「いいえ。前に持っていたものより、ちょっと重いですけど、これくらいなら問題ありません」
「そうか」
オリヴィアが持っていた剣は、シュナイツに来る途中、やむを得ず捨ててしまった。荷物とともに。
彼女は剣すら負担に感じるくらい疲労していたから。
「その剣、君にあげるよ」
「え?」
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