29-4
バニングに断りをいれてから医務室へと向かった。
オリヴィアと二人きりで話すのは、昨夜の出来事もあって、ぼくは緊張していた。
医務室のドアを開ける。
「おはよう。先生」
「うむ」
フリッツ先生は、優しい笑顔で頷く。
ミラルド先生とシエラはいない。
多分、徹夜をしたと思うから、今は仮眠中だろう。
オリヴィアに視線を向ける。
診察台の上で、彼女は僕の視線に気づき、そっと顔を上げた。
「おはよう」
「おはようございます…」
彼女の顔色は昨晩より、ずっといいと思う。
ぼくの顔を見てくれたが、すぐに視線を外す。
「ライア。ソニアがね、オリヴィアに一度会った事あるんだっテ」
「なに?」
ぼくは驚いて聞き返す。
「ヨハンさんに手紙を届けに行く時に、賊に会ってしまって、その時に助けてもらったんです」
「賊を倒したのは兄さんで、私は何も…」
オリヴィアは、そう言って小さく苦笑いを浮かべる。その表情には、謙遜と、少しの気恥ずかしさが混じり合っていた。
「そんな事ないわ。確か、あなたが最初に気づいてくれたんだし」
ソニアはオリヴィアを気遣う。
「オリヴィアと二人だけで、話をしたいんだが…」
オリヴィアは、一瞬驚いた顔を僕に見せる。その瞳には、戸惑いが見て取れた。
「もちろん、いいわ。行きましょう。二人とも」
リアン様が立ち上がった。
「オリヴィア。またお話ししましょ」
ソニアが、優しい笑顔でオリヴィアに声をかける。
「はい」
オリヴィアは、まだ控えめだが、少しだけ表情が柔らかくなった。
「じゃあまた後で」
「じゃあネェ~」
三人が医務室を去る。
扉がゆっくりと閉まり、再び医務室は静寂に包まれた。
「わたしも出て行った方がいいか?」
フリッツ先生が、僕の顔色を伺うように尋ねる。
「先生は、ご自由に。ここは、医務室ですので」
「うむ」
フリッツ先生は、頷く。が、立ち上がって医務室を出て行こうとする。
「ガルドの背中を見てくる」
「はい」
ガルドは背中に火傷を負っていた。
大丈夫と聞いているが、ぼく達に気を使ったのかもしれない。
先生は、ぼくとオリヴィアのために、わざわざ席を外してくれたのだ。
ぼくは、椅子をオリヴィアの正面に置いて座る。
彼女は居心地が悪そうに視線を落とす。
「オリヴィア」
「はい…」
「君がここに来た理由を知りたいんだ。ぼくが、役に立てるかどうかわからないが…。聞くだけ聞かせてくれないか?」
ぼくはオリヴィアの言葉を待った。
彼女は太ももの上で手を組んだまま、何も言わない。
「尋問とかじゃないんだ。無理矢理、言わせようとも考えてはいない」
「…」
「が、ここまで、シュナイツにまで来るまで大変だったろうし、リスクもあったはずだ。そこまでして来た理由を知りたい」
ぼくの言葉に、彼女はただ黙っているだけだった
彼女がどうしても言わないなら、それでもよかった。
幸い、重症ではないし、多少時間はかかるだろうが、飛べるようになる。
飛べるようになれば、シュナイツを離れることも可能だ。
それでお別れ。
これでいいと、僕は心のどこかで思っていた。
無理強いするつもりは、さらさらなかった。
「分かった…」
彼女の沈黙に、ぼくは諦めにも似た気持ちになる。
言いたくないのなら、仕方がない。
ぼくは、立ち上がった。
午前中は訓練時間だ。
断りをいれてきたが、時間を無駄にしたくない。
医務室を出ようと、一歩踏み出した時だった。
背後から、細い声が僕を呼び止めた。
「待ってください」
彼女に目を向けると、彼女もぼくを見ていた。
その瞳には、決意のようなものが宿っているように見えた。
ぼくは椅子に座り直す。
「申し訳ありません…」
オリヴィアは、まるで絞り出すように謝罪の言葉を呟く。その声は、消え入りそうに小さかった。
「ライア様が翼を失ってしまった事に動揺して…どうすればいいのかと…」
その言葉に、ぼくは彼女の気持ちを理解した。無理もないことだ。
「なるほど」
彼女は小さく息を吐く。
「失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」
「謝る必要はない。気持ちはわかるから」
ぼくの言葉に、彼女の表情が少しだけ和らいだように見えた。
逆の立場なら、同じく動揺していたかもしれない。
「なぜ、ぼくの所に?」
「実は…翼人族同士の争いが…」
「争い?」
オリヴィアは東の国・イースタニアから来た。
イースタニアは、数年前から翼人族の保護に力を入れているという。
翼人族だけの村を作り、そこに多数の翼人族が定住している。
「知らなかった…」
定住させる事で個体数を増やそうという算段だろう。
集団でいれば、襲撃されにくいというのもある。
「ここまでは、いい話じゃないか?」
ぼくがそう尋ねると、オリヴィアは悲しげに首を横に振った。
「はい。でも…考え方の違いで二分しているんです…」
積極的に他の種族と交流しようとする者達と、他の種族とは一線を画し、翼人族のみで生きて行こうとする者達。
「君はどっちなんだ?」
「私は、交流派です。兄は、交流派の代表をしています」
「そうか…」
これは難しい問題だ。
翼人族が過去に経験した、翼を狩るという迫害されたことを考えれば、翼人族のみで暮らして行きたいと思うのは当然の事だ。
しかし、過去は過去として、これからは他の種族と交流していくのも大切。
「どちらの心情も理解できる。だが、ぼくにできる事はないんじゃないか?」
「そんな事はありません。ライア様は、今ここで暮らしています。…翼は、もうないですけど…」
オリヴィアの声がだんだんと小さくなっていく。
その言葉の節々から、僕への期待と、現実の落胆が滲み出ていた。
「ぼくに翼があったとしたら、どうするつもりだった?」
「交流派として説得を…」
「説得か…」
説得は、前述の通り過去の事があるから…。
「無理だろうな」
「そうですか…」
ぼくの正直な言葉に、オリヴィアは肩を落とす。
「どの国でも、翼人族の羽根の取り引きが禁止になり極刑となった今でも、狙ってくるやつらがいる。昨日のように」
「はい」
「そういう現状がある以上、他の種族とは交流しないという考えは、否定できない」
部外者のぼくが行ったところで、解決できないはずだ。
「確かに狙ってくる者はいます。でも、全員じゃないし…いい人はたくさんいるのに…」
みんな仲良く暮らせるのが理想だが、現実はそうではない。
私利私欲や善悪などが入り混じってしまう。それがヒトというものだ。
「ぼくは、役に立てそうにない。申し訳ないが…」
「いいえ。こちらこそ、ご無理を…」
彼女は小さく頭を下げる。
何もできない自分が情けなく思う。
元翼人族として何かできないのか。
大きく息を吐き、立ち上がった時、医務室のドアが開く。
「まだ話しているか?」
少しだけドアを開けてフリッツ先生が、顔をのぞかせる。
「とりあえずは、終わりました」
「そうか。ナミが傷口の具合いを見たいそうだ」
「そうですか」
ナミがフリッツ先生とともに医務室に入ってきた。
「おはようございます」
ナミは挨拶しつつ、オリヴィアに近づく。
「私、ナミ・カシマっていいます。魔法士です」
「オリヴィアです」
「よろしくお願いしますね」
ナミは笑顔で話すが、オリヴィアは少し訝しげだ。
「翼の傷口を見せてください」
「はい」
オリヴィアは、右の翼を動かすが…。
「痛ったぁ」
彼女は苦悶の表情で、翼を両手で押さえる。
「ごめんなさい!まだ痛いですよね…」
「大丈夫です…」
ぼくは、ナミが確認できるように、オリヴィアの翼の羽根をそっとかき分けた。
「どうだ?」
フリッツ先生がナミの後ろから声をかける。
「昨日と特に変化はありません。赤みがまだ残っています」
「うむ。患部に熱がないか?」
「熱ですか?」
「ああ。患部とそれ以外の所を触ってみろ」
先生がそう指示した。
「ちょっと触りますね…」
ナミは真剣な表情で患部に触れる。
「熱はないです」
「わかった。順調のようだな」
先生は満足げに頷き、離れていく。
「痛みは少しずつ、引いていくと思うので、無理をせずに」
「はい」
「また明日見せてもらいます」
ナミはそう言ってから、フリッツ先生の元へ。
彼女はメモを取りながら、先生の話を聞いている。
「あのライア様」
「どうした?」
「なぜ、魔法士が傷口を確認するのですか?」
「ん?あー…ナミは治癒魔法が使えるんだ」
「治癒魔法?」
「ああ。君の翼の傷は彼女が塞ぎ治した」
「ええ!?」
オリヴィアは驚き、信じられないといった様子で傷口を確認する。その指先が、傷跡をなぞる。
「よく見るんだ。縫い跡はないだろう?」
「ないです…」
「完治したわけでないから、本当に無理はしないでくれ」
「はい」
「では、ぼくは失礼するよ」
行きかけたぼくをオリヴィアは呼び止める。その声は、先ほどよりもずっと力強かった。
「ライア様」
「ん?」
「また…お話しを、していただきますか」
彼女は少し顔を赤くしながら、遠慮がちに聞いてきた。
「もちろんだ」
ぼくは笑顔で答え、医務室を出た。
Copyright©2020-橘 シン




