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ブレイバーズ・メモリー(3)   作者: 橘 シン


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117/128

29-3

 保護した翼人族の少女は深夜に目を覚ます。


 シエラが、深夜にも関わらず部屋まで教えに来てくれた。


「わざわざ、ありがとう」

「いえ。今、お会いになりますか?」

「今か…」


 本人は矢で射抜かれた以外に怪我はなく、受け答えもしっかりしてるとの事だった。


 だが、深夜だ。

 

 今は、休ませて朝に会うほうが良いのではないか…。ぼくは一瞬迷った。



「実は…すぐにでもライア様に会いたいと本人が言っておりまして…」

「そうか…」


 何か急ぎの用なのかもしれない。


「わかった。会おう」

「わかりました」


 ぼくはシエラとともに医務室へと向かった。



 医務室へと入っていく。


 医務室の扉を押すと、明かりが目に飛び込んできた。


 急病人が出た時に備えてか、かなり明るくなっている。



 診察台の上、翼人族の少女が背筋を伸ばして座っていた。


 淡いピンクかかった銀髪が光を弾き、瞳は真っ直ぐにこちらを見つめている。


「はじめまして」

「はじめまして…」

「ぼくがライア・ライエだ」

「は?…」

 

 彼女は訝しげに声を上げる。


「翼人族のライア様を呼んでほしいと、頼んだんですけど…」

「ぼくがそうだ」

「バカにしないでください!」


 そう叫び、診察台を叩く。

 

「ぼくが、そうなんだ…」


 僕は、彼女の怒りを静めるように、ゆっくりと、しかし、はっきりと告げた。


「だから…」

「翼があった頃のライア・ライエはもういない」


 彼女の顔から、血の気が引いていく。


「何を言って…」

「ぼくは翼を失ったんだ」

「そんな…」


 その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれ、両手で口を覆った。


 そして、堰を切ったように泣き出した。


 ぼくは、彼女の隣に座り、肩に腕を回す。


「すまない…」


 彼女はぼくに体重を預け、嗚咽を漏らし泣く。


 どうして…。その問いが、彼女の震える唇から零れ落ちる。


「どうして…どうして翼を…」

「色々とね…」


 それ以上、説明はできなかった。いや、したくないと言ったほうがいいか。


 翼がない事は受け入れているが、その当時のことを思い出すのは、今でも辛かった。


 

 彼女が泣き止み、落ち着くまで彼女を抱きしめていた。


 フリッツ先生は何も言わずに、自分の部屋に入っていく。


 ミラルド先生とシエラは見守ってくれていた。



「もう大丈夫です…」


 やがて彼女はそう言って身を離すが、視線は床に落ちたままだ。


 その細い肩が、まだわずかに震えている。


「…」


 俯いたまま動かない。



 翼人族が翼を失うという事は、それほどまでに衝撃的なんだ。


 今更ながら自覚する。



「良ければ、君の名前を教えてくれないか?」

「はい。申し遅れました…オリヴィア・クルースです」


 オリヴィアはぼくの顔を見ようとしない。


「オリヴィア。体のほうは大丈夫か?」

「大丈夫です…」

「不調なら、必ず言ってくれ。先生方が診てくれるから」

「はい…」


 肩を落とす彼女に、ぼくは何も言えなかった。


 どこから来たかはわからないが、翼人族としての僕に会うために、はるばるここまで来たのだろう。


 しかし、来てみれば、彼女が会いたかった「ライア・ライエ」は、もういなくなってしまっていた。



「オリヴィア。まずは休んでくれ。明日、また話そう」


 彼女は、黙って頷く。

 

 ぼくは立ち上がり、ミラルド先生とシエラに頭を下げてから、自分の部屋へと戻った。



 まだ深夜。

 

 朝までもうひと眠りできる時間的余裕はあったが、眠る事はできなかった。


 ベッドに横になっても、オリヴィアの悲しみに満ちた瞳が、僕の瞼の裏に焼き付いて離れなかった。


 若干の疲れを抱えつつ、起床する。


 いつもなら、日課の走り込みするところだが、昨日の件もあり、休む事にした。


 朝食の時間となり、多目的室へ。

 

 今日は何だか足取りが重かった。



「おはよう」


 多目的室には全員が揃っていた。


「あんたが最後って珍しいね」


 僕が席に着くと、ヴァネッサが不思議そうに話しかけてくる。


「お寝坊さんだナァ。ライアは」

 

 今度は、ミャン。


 ミャンに、言われる筋合いではない。が、反論する気にもなれなかった。



「こういう日もある」

「まあね」


 朝食が配られ、食べ始める。


 いつもと変わらない食事内容だが、今日は喉の通りが悪い。



「昨日、助けた翼人族が目を覚ましたそうだけど、ライアは会った?」

「はい」


 ウィル様の問いに答える。


 いつも通りの口調で答えたつもりだったが、ウィル様はぼくの顔をじっと見つめていた。


「何かあったのかい?」

「はい?」

「いや、暗い顔をしてるなって…」

「別に何も…」


 視線を感じるなと思ったら、全員がぼくを見ていた。


「本当に、何もないんだが…」


 ぼくは嘘をつくのが下手らしい。



 みんなの心配そうな視線に、僕は居心地の悪さを感じて、スプーンを置いて、テーブルの上で手を組んだ。


「昨日、助けた翼人族の事なんだが、ぼくに会うために、シュナイツまで来たのは間違いない」

「そう。なら、よかったんじゃない?」

「うん。僕もそう思うけど…」


 ヴァネッサとウィル様がそう話す。

 

 彼らの言葉は、何の悪気もない、素直なものだった。


「彼女が会いたかったのは、翼人族としてのぼくなんだ…」


 ぼくがそう告げると、多目的室に静寂が訪れた。みんなの表情が、一気に曇っていく。


「そういう事か…」

「どゆ事?」


 ミャンの言葉に、全員がため息を吐く。



「そんな事言ったって、仕方ないでしょ」

「ああ、わかってるさ。まだ詳しい話を聞いてないから、気が重くてね」


 ぼくはスプーンを手にし、食事を再開する。

 

「あたしが聞いてこようか?」

「君が聞いてもしょうがないだろう?」

「そうだけどさ」


 気づかいはありがたいが、他人には任せられない事だ。


 ぼくが聞いたところで、彼女の希望にそえるかどうかはわからないが…。



 朝食は、食べ終えたが、オリヴィアの所に行くかどうか決めかねていた。


「はあ…」

「ライアが行かないなら、アタシが行こうかナ」

「だから、君が行ってどうするんだ?」

「別にどうもしないヨ。ただ話をしてくるだケ」


 彼女は、笑顔でそう話す。


 ミャンの気持ちがよくわからない。


 ただ好奇心からなのか、それとも僕を案じてくれているのか。


「ライア以外の翼人族って知らないんだよネ~」

「そうそう」


 リアン様まで同調する。


「わたしもちょっと見てこようかな。女の子ですよね?」

「ああ。そうだが…」


 ソニアまで…。


「ミーハーだねぇ」

 

 ヴァネッサは、さほど興味がないようだ。


「いってきまース」


 ミャンが多目的室を出ていってしまう。


「おい…」


 参ったな…。


「わたしも」

「私も行く。挨拶だけだから」


 ソニアとリアン様も行ってしまった。



「あんは行かないの?」


 ヴァネッサがウィルに話しかける。


「今は、やめておくよ。医務室って意外に狭いし。今じゃないと話せないわけじゃない」

「そうだね」


 全くその通りなんだが…。



「ごちそうさまでした」


 エレナが立ち上がる。


「君まで行ったりしないよな?」

「行かない。それほど興味ないから」


 その言葉に、僕はちょっとだけ安堵する。


「わたくし達も失礼します」


 ジルとアリスが立ち上がった。


「皆さま、おやすみなさい」


 アリスが小さく頭を下げる。


 彼女は徹夜の見張り明けで、今から寝る所だ。


「ご苦労さま」

「ご苦労さん」

「はい」


 二人が出ていく。

 多目的室には、ぼく、ウィル様、ヴァネッサの三人。


「で、どうするの?」

「どうすると言われてもな…」


 どうすればいいのだろう。


 オリヴィアと話さなければいけない事はわかっている。


「ライア」

「はい?」

「頼れるのは君だけだと思う」


 ウィル様は真剣な表情で話す。


「しかし…」

「元翼人族の君だけが、彼女の気持ちを分かってあげる事ができるんじゃないか?」


 そう言って立ち上がる。


「向こうもショックだっただろうけど、落ち着けば君の事を受け入れてくれるはずさ」

「あたしらも、あんたが翼を失った時はショックだったよ。でも、慣れた…慣れたって言い方は、あんたは嫌かもしれないけど…」

「別に、嫌ではない。慣れて当然だ」


 そうでなくては困る。


「だからさ。今のあんたをちゃんと見てもらうべきなんじゃないかって、あたしは思うね。まずは」


 ウィル様とヴァネッサが多目的室を出ていく。


 メイド達がやって来て、片付けを始めた。


 それが終わったあと、マイヤーさんが紅茶を淹れてくれる。


「ありがとう」

「いいえ」


 彼は柔らかな笑顔で答えた。


「マイヤーさん」

「はい。何でしょうか?」

「今から変な事を訊くが、聞き流しても構わないから」

「はい」


 マイヤーさんは不思議そうな顔で、ぼくを見る。


「翼のある、ないで、ぼくの印象は変わったかな?」

「ライア様の印象ですか?」

「ああ、そうだ」


 彼は口元に手を持っていって考え始めた。


「変わったとは思いますが、明確に説明するのは、難しいです」

「そうか…」

「ライア様は真面目な方。ここは、変わりません」

「真面目か…。真面目なのはウィル様だろう?」


 シュナイツで一番真面目なのは彼だ。


 それが、シュナイツの維持、発展に繋がっている。


「ライア様はライア様なりの、真面目さがあります」

「ぼくなりの?」

「はい。剣術に関しては妥協しない。あくまでわたくしの印象ですが」


 それは間違っていない。


 翼があった時もそうだった。


 剣は翼人族の誇りだから。


 ふっ…何を思っているんだ?ぼくは…。


 もう翼人族ではないんだぞ。


 しかし、剣に誇りを持っているのは、翼をなくした後も変わってはいない。



「ありがとう。マイヤーさん」

「わたくしは何もしておりません」

「いや、そんな事はない」

「そうですか」

「ああ」


 ぼくは、紅茶を飲み干し、立ち上がる。


 そして、医務室へと向かった。



Copyright©2020-橘 シン

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