29-3
保護した翼人族の少女は深夜に目を覚ます。
シエラが、深夜にも関わらず部屋まで教えに来てくれた。
「わざわざ、ありがとう」
「いえ。今、お会いになりますか?」
「今か…」
本人は矢で射抜かれた以外に怪我はなく、受け答えもしっかりしてるとの事だった。
だが、深夜だ。
今は、休ませて朝に会うほうが良いのではないか…。ぼくは一瞬迷った。
「実は…すぐにでもライア様に会いたいと本人が言っておりまして…」
「そうか…」
何か急ぎの用なのかもしれない。
「わかった。会おう」
「わかりました」
ぼくはシエラとともに医務室へと向かった。
医務室へと入っていく。
医務室の扉を押すと、明かりが目に飛び込んできた。
急病人が出た時に備えてか、かなり明るくなっている。
診察台の上、翼人族の少女が背筋を伸ばして座っていた。
淡いピンクかかった銀髪が光を弾き、瞳は真っ直ぐにこちらを見つめている。
「はじめまして」
「はじめまして…」
「ぼくがライア・ライエだ」
「は?…」
彼女は訝しげに声を上げる。
「翼人族のライア様を呼んでほしいと、頼んだんですけど…」
「ぼくがそうだ」
「バカにしないでください!」
そう叫び、診察台を叩く。
「ぼくが、そうなんだ…」
僕は、彼女の怒りを静めるように、ゆっくりと、しかし、はっきりと告げた。
「だから…」
「翼があった頃のライア・ライエはもういない」
彼女の顔から、血の気が引いていく。
「何を言って…」
「ぼくは翼を失ったんだ」
「そんな…」
その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれ、両手で口を覆った。
そして、堰を切ったように泣き出した。
ぼくは、彼女の隣に座り、肩に腕を回す。
「すまない…」
彼女はぼくに体重を預け、嗚咽を漏らし泣く。
どうして…。その問いが、彼女の震える唇から零れ落ちる。
「どうして…どうして翼を…」
「色々とね…」
それ以上、説明はできなかった。いや、したくないと言ったほうがいいか。
翼がない事は受け入れているが、その当時のことを思い出すのは、今でも辛かった。
彼女が泣き止み、落ち着くまで彼女を抱きしめていた。
フリッツ先生は何も言わずに、自分の部屋に入っていく。
ミラルド先生とシエラは見守ってくれていた。
「もう大丈夫です…」
やがて彼女はそう言って身を離すが、視線は床に落ちたままだ。
その細い肩が、まだわずかに震えている。
「…」
俯いたまま動かない。
翼人族が翼を失うという事は、それほどまでに衝撃的なんだ。
今更ながら自覚する。
「良ければ、君の名前を教えてくれないか?」
「はい。申し遅れました…オリヴィア・クルースです」
オリヴィアはぼくの顔を見ようとしない。
「オリヴィア。体のほうは大丈夫か?」
「大丈夫です…」
「不調なら、必ず言ってくれ。先生方が診てくれるから」
「はい…」
肩を落とす彼女に、ぼくは何も言えなかった。
どこから来たかはわからないが、翼人族としての僕に会うために、はるばるここまで来たのだろう。
しかし、来てみれば、彼女が会いたかった「ライア・ライエ」は、もういなくなってしまっていた。
「オリヴィア。まずは休んでくれ。明日、また話そう」
彼女は、黙って頷く。
ぼくは立ち上がり、ミラルド先生とシエラに頭を下げてから、自分の部屋へと戻った。
まだ深夜。
朝までもうひと眠りできる時間的余裕はあったが、眠る事はできなかった。
ベッドに横になっても、オリヴィアの悲しみに満ちた瞳が、僕の瞼の裏に焼き付いて離れなかった。
若干の疲れを抱えつつ、起床する。
いつもなら、日課の走り込みするところだが、昨日の件もあり、休む事にした。
朝食の時間となり、多目的室へ。
今日は何だか足取りが重かった。
「おはよう」
多目的室には全員が揃っていた。
「あんたが最後って珍しいね」
僕が席に着くと、ヴァネッサが不思議そうに話しかけてくる。
「お寝坊さんだナァ。ライアは」
今度は、ミャン。
ミャンに、言われる筋合いではない。が、反論する気にもなれなかった。
「こういう日もある」
「まあね」
朝食が配られ、食べ始める。
いつもと変わらない食事内容だが、今日は喉の通りが悪い。
「昨日、助けた翼人族が目を覚ましたそうだけど、ライアは会った?」
「はい」
ウィル様の問いに答える。
いつも通りの口調で答えたつもりだったが、ウィル様はぼくの顔をじっと見つめていた。
「何かあったのかい?」
「はい?」
「いや、暗い顔をしてるなって…」
「別に何も…」
視線を感じるなと思ったら、全員がぼくを見ていた。
「本当に、何もないんだが…」
ぼくは嘘をつくのが下手らしい。
みんなの心配そうな視線に、僕は居心地の悪さを感じて、スプーンを置いて、テーブルの上で手を組んだ。
「昨日、助けた翼人族の事なんだが、ぼくに会うために、シュナイツまで来たのは間違いない」
「そう。なら、よかったんじゃない?」
「うん。僕もそう思うけど…」
ヴァネッサとウィル様がそう話す。
彼らの言葉は、何の悪気もない、素直なものだった。
「彼女が会いたかったのは、翼人族としてのぼくなんだ…」
ぼくがそう告げると、多目的室に静寂が訪れた。みんなの表情が、一気に曇っていく。
「そういう事か…」
「どゆ事?」
ミャンの言葉に、全員がため息を吐く。
「そんな事言ったって、仕方ないでしょ」
「ああ、わかってるさ。まだ詳しい話を聞いてないから、気が重くてね」
ぼくはスプーンを手にし、食事を再開する。
「あたしが聞いてこようか?」
「君が聞いてもしょうがないだろう?」
「そうだけどさ」
気づかいはありがたいが、他人には任せられない事だ。
ぼくが聞いたところで、彼女の希望にそえるかどうかはわからないが…。
朝食は、食べ終えたが、オリヴィアの所に行くかどうか決めかねていた。
「はあ…」
「ライアが行かないなら、アタシが行こうかナ」
「だから、君が行ってどうするんだ?」
「別にどうもしないヨ。ただ話をしてくるだケ」
彼女は、笑顔でそう話す。
ミャンの気持ちがよくわからない。
ただ好奇心からなのか、それとも僕を案じてくれているのか。
「ライア以外の翼人族って知らないんだよネ~」
「そうそう」
リアン様まで同調する。
「わたしもちょっと見てこようかな。女の子ですよね?」
「ああ。そうだが…」
ソニアまで…。
「ミーハーだねぇ」
ヴァネッサは、さほど興味がないようだ。
「いってきまース」
ミャンが多目的室を出ていってしまう。
「おい…」
参ったな…。
「わたしも」
「私も行く。挨拶だけだから」
ソニアとリアン様も行ってしまった。
「あんは行かないの?」
ヴァネッサがウィルに話しかける。
「今は、やめておくよ。医務室って意外に狭いし。今じゃないと話せないわけじゃない」
「そうだね」
全くその通りなんだが…。
「ごちそうさまでした」
エレナが立ち上がる。
「君まで行ったりしないよな?」
「行かない。それほど興味ないから」
その言葉に、僕はちょっとだけ安堵する。
「わたくし達も失礼します」
ジルとアリスが立ち上がった。
「皆さま、おやすみなさい」
アリスが小さく頭を下げる。
彼女は徹夜の見張り明けで、今から寝る所だ。
「ご苦労さま」
「ご苦労さん」
「はい」
二人が出ていく。
多目的室には、ぼく、ウィル様、ヴァネッサの三人。
「で、どうするの?」
「どうすると言われてもな…」
どうすればいいのだろう。
オリヴィアと話さなければいけない事はわかっている。
「ライア」
「はい?」
「頼れるのは君だけだと思う」
ウィル様は真剣な表情で話す。
「しかし…」
「元翼人族の君だけが、彼女の気持ちを分かってあげる事ができるんじゃないか?」
そう言って立ち上がる。
「向こうもショックだっただろうけど、落ち着けば君の事を受け入れてくれるはずさ」
「あたしらも、あんたが翼を失った時はショックだったよ。でも、慣れた…慣れたって言い方は、あんたは嫌かもしれないけど…」
「別に、嫌ではない。慣れて当然だ」
そうでなくては困る。
「だからさ。今のあんたをちゃんと見てもらうべきなんじゃないかって、あたしは思うね。まずは」
ウィル様とヴァネッサが多目的室を出ていく。
メイド達がやって来て、片付けを始めた。
それが終わったあと、マイヤーさんが紅茶を淹れてくれる。
「ありがとう」
「いいえ」
彼は柔らかな笑顔で答えた。
「マイヤーさん」
「はい。何でしょうか?」
「今から変な事を訊くが、聞き流しても構わないから」
「はい」
マイヤーさんは不思議そうな顔で、ぼくを見る。
「翼のある、ないで、ぼくの印象は変わったかな?」
「ライア様の印象ですか?」
「ああ、そうだ」
彼は口元に手を持っていって考え始めた。
「変わったとは思いますが、明確に説明するのは、難しいです」
「そうか…」
「ライア様は真面目な方。ここは、変わりません」
「真面目か…。真面目なのはウィル様だろう?」
シュナイツで一番真面目なのは彼だ。
それが、シュナイツの維持、発展に繋がっている。
「ライア様はライア様なりの、真面目さがあります」
「ぼくなりの?」
「はい。剣術に関しては妥協しない。あくまでわたくしの印象ですが」
それは間違っていない。
翼があった時もそうだった。
剣は翼人族の誇りだから。
ふっ…何を思っているんだ?ぼくは…。
もう翼人族ではないんだぞ。
しかし、剣に誇りを持っているのは、翼をなくした後も変わってはいない。
「ありがとう。マイヤーさん」
「わたくしは何もしておりません」
「いや、そんな事はない」
「そうですか」
「ああ」
ぼくは、紅茶を飲み干し、立ち上がる。
そして、医務室へと向かった。
Copyright©2020-橘 シン




