29-2
「無理するんじゃないよ…」
ヴァネッサは到着早々、ぼくを叱る。その声には、怒りよりも深い安堵と、ぼくを心配する気持ちが込められているように感じられた
「すまない」
ぼくは言い訳をしなかった。
そうしなければ、同胞を助ける事はできなかった可能性が高い。
言わずとも、ヴァネッサならわかってくれるはずだ。
「で、大丈夫なの?」
「ついさっき、気を失った」
ぼくは射抜かれた翼を確認する。
そっと翼を掴み、射抜かれ所を探す。
恐る恐る、その柔らかな翼に触れ、射抜かれた場所を探し当てた。
「血が…」
「ああ。ここだろう」
傷口から血が溢れ出ていた。
ぼくは、自分の服の袖を引きちぎり、それで傷口を両方から押さえる。
「包帯でも持ってこさせる?」
「いや、大丈夫だ。じきに止まる」
翼から出血は意外に少ないものなんだ。
ぼく自身、不注意や戦闘で何度か、翼に傷を負った事があったが、早くに出血が止まった。
傷の治りは普通だろう。ヴァネッサ達と変わらない。
「賊は逃げて行ったみたいですね」
レスターが冷静に状況を分析する。
「油断するんじゃないよ。弓持ちが狙ってる可能性がある」
ヴァネッサは即座に指示を出す。
竜騎士達がぼくと同胞の周囲を固め、警戒を怠らない
「ライア隊長。ちょっとお聞きしたい事が」
ジルがそう言いながらそばに来る。
「聞きたい事?」
「はい。この方を受け止める前、明らかに走る速度が増したように見えたのですが…」
「ああ…確かに、速度が増した」
自分でもよくわからない現象だ。
疲労で転びそうだったにも関わらず、なぜか体が軽くなって一気に加速したのだ。あの不思議な感覚は一体何だったのだろう。
「何の話?」
ヴァネッサにその時の状況を説明する。
「そいつは、「気」かもね」
「気?」
「そう。身体能力を上げたり、「気」そのもので攻撃したり…魔法力、じゃないんだけど、似てると言えば、似てる」
「なるほど…」
以前に聞いた気がする。
ぼくは「気」を無意識に使っていたようだ。
「あんたも「気」が使える資質があるんだよ」
「そうなのか…自在に使えるならば、有用だと思うが、訓練できるものなのか?」
「わたくしは、訓練で使えるようになりました」
「ジルも使えるのか」
「はい」
彼女は頷く。
「自在に、とはいきませんが」
「あたしも使える。一応」
「君も?」
僕の問いに、彼女は少し照れたように笑う。
「あたしは下手くそだけどね」
ヴァネッサでも「下手くそ」と言うのだから、奥の深い技術なのだろう。
「わたくしも、まだまだ修行が足りません」
「気」については、後で詳しく聞こう。
傷口を押さえていた手をそっと離してみる。
「だいぶ止まったか…」
出血量は明らかに減っている。
「行くかい?」
「ああ」
ぼくは同胞を抱きかかえ、立ち上がった。
「軽いな…」
小柄な体型。
年齢はわからないが、女性のようだ。
僕の腕の中で、彼女は静かに眠り続けている。
「山を正面に見ながら、後ろに下がる。いいね?」
「了解」
竜騎士達が横一列に並ぶ。
竜には乗っていない。
「ジル。あんたは真ん中にいて。気配を感じたら、指示を頂戴」
「わかりました」
「ライアは、後ろ向きじゃなくていいから」
「いいのか?」
「ああ。背中はあたし達に任せな」
「了解だ」
ぼく達は、まず南側の防壁を目指し歩き出した。
竜騎士達と歩調を合わせゆっくりと。
幸い、賊からの矢はなかった。
南側の警備通路にエレナが立っているのが見える。
彼女はこちらに杖の先を向けていた。
「エレナは何をしているんだ?」
「障壁を展開させてる」
「あー、なるほど」
「ここまでくれば大丈夫だね」
防壁までたどり着くと、ヴァネッサは安堵の表情を浮かべた。
竜騎士達とジルは、通常の隊列へ移行する。
ぼく達は防壁に沿って歩いていく。
「ありがとう。ヴァネッサ」
彼女は何も言わずに頷く。その表情は、どこか複雑だった。
「出る時は一言相談して」
その言葉には、僕の気持ちを理解しつつも、隊長として、仲間として、僕の無謀な行動を諫める気持ちが込められていた。
「うん…気をつけるよ」
一人で飛び出しのたは、確かにいけない事だ。
翼を失った時も、一人で飛び出してしまっていたな…。
「気持ちはわかるから、これ以上は言わないでおく」
「言っても構わないが」
「今度みたいな事があったら、がっつり言うよ」
そう笑顔で話す。
「礼は、ジルにいいな。彼女も、何も言わず出ていった。あんたのためにね」
「そうだったのか…」
ヴァネッサは静かにぼくから離れていく。
「ジル」
僕は彼女を呼び止める。
「はい」
「ありがとう」
「礼など…」
ジルは首を横に振った
「君も飛び出してきたとか」
彼女は苦笑いを浮かべる。
「それが最善と思いましたので…」
「ヴァネッサはいい顔をしてなかった」
「でしょうね…。お叱り受けるなら、ご一緒します」
「一緒に?」
「はい」
僕とジルは、これからヴァネッサに二人で怒られるのを想像し、顔を見合わせて笑った。
傷ついた同胞を医務室へ運ぶ。
「先生、彼女を診てくれ」
「騒がしいと思ったら、原因は翼人族だったか」
診察台にそっと乗せると、彼女がますます小さく見えた。
「ここを射抜かれてしまった」
「うむ…」
先生は、羽をかき分け傷口を見る。
「きれいに射抜かれとるな…」
「はい。鏃はなかったようで」
「そのようだな。毒もない」
「おそらく」
ミラルド先生も傷口を見てくれた。
「…」
フリッツ先生は腕を組み考え込む。
「先生。傷口を縫ってほしいのだが…」
「縫うとなると、傷に近い羽を少し切らないといかんぞ?」
そうか…。
羽はまた伸びてくると思うが、時間がかかる。
それまでは飛べない事になる。
「ナミに頼んでみるか」
「ナミに?」
「あいつなら、魔法で傷を治す事ができる」
ナミの治癒魔法か。
なるほど。
すぐに、ナミが医務室に呼ばれる。
「失礼します」
ナミが、少し緊張した面持ちで医務室に入ってきた。
「ナミ。この傷を診てくれ」
「はい」
彼女はフリッツ先生に呼ばれ、翼の傷を見始めた。
ナミはフリッツ先生からの説明を聞き、真剣な表情で頷く。その横顔は、僕が知る彼女よりも、ずっと大人びて見えた。
「…というわけで、お前の魔法のほうがいいと思ってな」
「わかりました。魔法で傷を治しますが、傷のみですので飛べるかどうかは…」
彼女は、ぼくを見て話す。
「ああ。わかっている。傷を治してくれるだけで十分だから」
「はい。では、始めます」
ナミは傷口を表と裏から挟むように手を添える。そして、静かに魔法を発動させた。
手の中が淡く光りだす。
「傷口が塞がっても、無理はしないでください。完全に治るわけではないで…」
「どの程度の日数で治りますか?」
ミラルド先生がナミに尋ねる。
「そこまでは、私も…」
「そうですか」
「すみません…」
「いいえ」
今のナミにはそこまでの知識は持ち合わせてはいなかった。
「記録をつけておくのはどうだ?」
フリッツ先生がそう提案する。
「記録ですか?」
「うむ。魔法で治して、はい終わりでは、つまらんだろう?」
「フリッツ先生…別のいい方ありませんか?」
シエラが呆れている。
「じゃあ、どう言えばいい?」
「どう?…」
フリッツ先生の問いに、シエラは言葉に詰まってしまう。
そんな中、ミラルド先生が静かに話し始めた。
「私達とナミさんは、目指す所は同じと考えます。病気や怪我を治す事。それは医療行為。医療行為の中には経過観察もその範疇にあります」
「はい」
「経過観察の資料が集まれば、完治までのおおよその予測がたてられるのではないでしょうか?」
「なるほど…」
ナミは魔法を発動させつつも、ミラルド先生の言葉に何度も頷く。
「終わりました」
「うむ…ほお、きれいに治ってるな…」
フリッツ先生が感心したように声を漏らす。
「やはり、縫わなくて正解です。縫ってしまうとここまできれいに治りません。違和感もあるでしょうし」
「フリッツ先生は用済みですねぇ」
シエラが、冗談めかして言う。その言葉に、フリッツ先生は苦笑いを浮かべた。
「治癒魔法は、あくまで補助ですから…」
しかし、すごいものだ。治癒魔法とは。
多少、赤みが残っているが、言われなければ、矢が射抜いた傷だとは到底思えないだろう。
「ナミ。ありがとう」
「いえ」
ナミはすぐには帰らず、奥のほうでミラルド先生と話し始めた。
診察台の上で、静かに眠る翼人族の少女。その安らかな寝顔を見つめながら、フリッツ先生がぼくに尋ねてくる。
「シュナイツに何ぞ用でもあったのか?」
「ぼくに会いに来たようです」
「お前に?」
「はい。気を失う前に、ぼくの名を呼んていたので」
しかし、何故、ぼくに…。
それと何故、シュナイツにいるとわかったのか…。
©2020-橘 シン




