エピソード29 翼たちの絆
いつぐらいだったかな…。
ナミとソニアが、帰ってきて…十日か半月くらいだったはずだ。
二人はシュナイツに帰ってくる直前で、賊に襲われる。
幸い命に別状はなかったが、ソニアに関しては、腹部を強打されたため、皆が心配していた。
「はああっ!!」
ソニアの気合いが入った声があたりに響く。
彼女はぼくの剣撃を巧みにかわし、懐に飛び込もうとしてきた。だが、その動きは既に予測済みだ。
「遅い!」
こちらから、あえて距離を詰め、肩口に模擬剣を当てる。
「あっ…」
「ここまでだ」
「はい。ああ…もう」
一本取られたソニアは、悔しそうに肩を落とす。
その背中からは、敗北の悔しさと、それでも前向きであろうとする彼女の健気さが滲み出ていた。
このとおり、ソニアは後遺症もなく元気に復活した。
「ライア隊長」
「なんだ?」
「腕が上がるの、早すぎます…」
ソニアはそう言って、少しだけ口を尖らせる。その表情には、僕への尊敬と、少しばかりの嫉妬が入り混じっているように見えた。
「そんな事を言われてもな…」
自分自身は、剣術の腕前が上がったとは思っていない。
もちろん、両翼を失った直後と比べれば、多少は上達しただろう。だが、それは失ったものを取り戻すための、必死の努力の結果に過ぎない。
「シファーレンに行く前は、もう少し肉迫できたのに…」
「そうだったか?」
「そうですよ」
ヴァネッサやミャンには勝ててないから、まだまだ先は長い。
「俺も、いつ追い抜かれるか…」
そばにいたバニングが、苦笑いを浮かべながら呟く。
バニングは、相当な剣術の腕前の持ち主だ。
彼は、ヴァネッサやレスター、ガルド達に引けを取らないくらい実力を持っている。
僕がシュナイツに来る前は剣兵隊の隊長を務めていたし、剣術以外の経験を含めれば、彼の方が隊長に相応しいとさえ思う。
二刀流を開眼した後の練習相手も、彼は数え切れないほど快く引き受けてくれた。
その度に、僕の未熟さを痛感させられながらも、確かな成長を感じることができた。彼の存在は、僕にとってかけがえのないものだ。
「午前の訓練をこれで終了する」
訓練を終了させ、一旦体を休める。心地よい疲労感が全身を包み込む。
「午後もしますか?」
バニングが尋ねてきた。
「うーん…」
午後は自主訓練でやる必要はない。
という決まりだが、警備のシフトに入ってない者、もしくは警備で訓練をしていない者が午後に訓練している。
ぼくはこの時期、ほぼ毎日していた。
自分自身は復帰途中であり、早く皆に追いつきたいと思っていたからね。
ヴァネッサは、無理しすぎだよって、注意をされる事がある。でも、止める事はしなかったな…ぼくの気持ちをくんでくれていたのかもしれない。
訓練に付き合ってくれる事もあった。その優しさが、ぼくにはありがたかった。
「今日はやめておくよ。ヴァネッサが、何か言ってきそうな気がするんだ」
「あー…」
バニングは苦笑いを浮かべる。
訓練をしないからといって、時間を無駄に過ごすことは決してない。
ジルの自主訓練を見ている事が多いかな。
体術の動きを二刀流に活かせないかと、見学させてもらっている。
もちろん、ぼくも体術を実際に習うこともある。
「尊敬しますよ。ゼロから流派を作り上げるなんて」
そばにいたゲイルが、感嘆の声を漏らした。
彼の瞳には、ぼくの新しい剣術への純粋な驚きと憧れが宿っていた。
「ゼロからじゃないさ。ジルやアリスが大型のナイフ二本で戦っていたから、それを参考にさせてもらった。派生じゃないかな」
「何言ってるんです。全然、別ものですよ」
ぼく一人で作り上げたものじゃない。
手伝ってくれた者が何人もいる。
実にありがたいことだ。
「ジル」
「はい。何でしょう?」
「明日…」
ぼくは言いかけた言葉を切る。
南側の警備通路が、にわかに騒がしくなっているのに気づいたからだ。
「やばいって!」
「もっと上に上がらないとダメだ!」
「賊がいなくなったじゃなかったのかよ!」
「何、騒いでんだよ」
ゲイルが南側へ向かう。
ぼくもその後につづいた。
「どうした?」
警備通路の下から呼びかける。
「ライア隊長!翼人族です!」
「何!?」
ぼくは急いで警備通路に登った。
翼人族がなぜこんな所に?。
迷いこんだのか。
迷ってシュナイツに来たぼくが言うべき言葉ではないが…。
「どこだ?」
「あそこです」
兵士が指差す方を見る。
確かに翼人族が一人飛んでいた。
南の山を越えようとしている。
その南の山中から、矢が飛び出す。
賊だ。賊が矢を放っている。
まだ当たっていないようだが…。
翼人族の飛び方がおかしい。
最初は、賊からの狙いを外しているのかと思ったが、上下左右にふらつき、安定していない。
もっと上昇して高度を上げれば、矢の脅威から逃れる事ができるのに…。
「低すぎる…どうした?上昇しろ」
ぼくの希望とは逆に、翼人族がさらに高度を落とす。
「ダメだ!」
思わず、南の防壁を乗り越え、地面に降り立つ。
ぼくの体が、理性よりも早く動いていた。
「隊長!何するんです?」
「助けに行く!」
「一人じゃ無理ですよ!」
兵士が止めようと叫ぶ。
それに構わず、ぼくは走り出す。
「ヴァネッサ隊長に報告に行け!早く」
そんな声が聞こえた気がする。
シュナイツの南側は、草原だ。
そこを全力で走る。
草丈が高くて、走りにくい。が、そんな文句は言ってられない状況だ。
一刻も早く、あの翼人族の元へ。その思いが、僕の足を突き動かす。
「上昇しろ!」
走りながら、ふらふらと飛んでる翼人族に叫ぶ。
「上昇するんだ!」
ぼくの声が届いていないのか、上昇しない。むしろ、高度が少しずつ下がっている。
賊が、翼人族にひっきりなしに矢を放っていた。
まだ射抜かれはいない。だが、時間の問題だ。
「はあ…はあ…」
一度、立ち止まって息を整える。
「はあ…上昇、してくれ…はあ…たのむ…」
額の汗を拭う。
再び走り出す。
地面を蹴るたびに、全身の筋肉が悲鳴を上げた。
翼があれば…翼があれば、造作もないというのに…。
翼がない自分を、すでに受け入れていたが、この時ほど翼を欲した事はないだろう。
「聞いているか!上昇してくれ!」
自分で言うのもおかしいが、悲痛な叫びを上げていた。
この声が、どうか届いてくれと、ぼくは祈るような気持ちだった。
もう少しで、山を越えられる。
「いいぞ…」
越えてしまえば、こっちのものだ、
その時、自分の足元に矢が刺さる。
「まずい…」
ぼくも狙われ始めたか…。
走りを止めて、姿勢を低くする。
翼人族はふらつきつつもこちらにやって来ている。
「早くしろ!早くこっちに来るんだ!」
ぼくは立ち上がり、叫んで手を振った。
「ライア様!」
後ろから声に気付いた瞬間、押し倒される。
「…っ!誰だ?…」
「そのままで」
目の前に立った者を見上げた。
「ジル…」
彼女は、訓練用のナイフを手に構えている。
「大丈夫ですか?」
「ああ。ぼくは大丈夫だ」
「でしたら、お下がりください」
「そうはいかない。あの人を助けないと…」
ぼくは立ち上がり、空を見上げる。
あの翼人族を見捨てるわけにはいかない。
放たれる矢が増えはじめた。
飛んでいる翼人族だけでなく、ぼくとジルも狙っている。
ジルは、飛んで来る矢を次々と訓練用ナイフで落としていく。その動きは、まるで舞を踊るかのよう。
「ライア様…」
「ああ、わかっている。もう少しなんだ…」
何もできない自分が、歯がゆかった。
頑張れ…もう少しだから…。
自分の無力さに、只々嫌悪するだけ。
その時、一本の矢が翼人族の翼を射抜いた。
「な!?…くそおお!」
ぼくは思わず、叫びながら走り出していた。
急激に降下してくる翼人族。
向かって右に落ちていく…。
翼人族に向かって全力で走った。無我夢中で、ただひたすらに。
「ライア様!」
ジルがついて来ているようだったが、かまっている余裕はなかった。
翼人族の落下点に行こうと全力で走る。
意外に小柄だ。
そんな事がわかる距離まで近づいてきた。
「間に合ってくれ…」
もっと早く!と強く願った時、体の中から何かが湧いてくる不思議な感覚が、僕の中に起こる。
そして、体が軽くなった。まるで体重を失ったかのように。
わけがわかならかったが、地を蹴り走る。
なんだ?。
今までとは段違いの速さで走っていた。ジルよりも早いかもしれない。
その理由よりも、落ちてくる翼人族に集中した。
間一髪の所で、滑り込み、翼人族を受け止める。
僕の腕の中に収まったその体の温かさに、安堵が込み上げる。
「良かった…」
いや、まだ脅威は去っていない。
矢がぼくと翼人族を狙う。
ぼくは、翼人族に覆いかぶり、庇う。
ジルが、すぐにかけつけてぼくらを守ってくれた。
「お怪我は?」
「ぼくは大丈夫だ。すまない…」
彼女は何も言わずに、賊が放つ矢を落としていく。
そうしている内に、竜の咆哮が聞こえてきた。
その方に目を向けると、ヴァネッサを先頭に竜騎士達がこちらに全力で向かってくるのが見えた。
竜騎士達が近づいてくると、賊からの矢が減っていく。
彼らが到着した頃には、賊が逃げ出したのか、矢は飛んで来なくなった。
「助かった…」
思わず、安堵の声が漏れる。
ぼくの下にいる翼人族は、息が荒い。その小さな胸が、激しく上下している。
「ライア様…」
そう呟いた後、目を閉じ、気を失ってしまった。
Copyright©2020-橘 シン




