28-17
リクは突っ立ったまま動かない。
あたし達や竜に視線を走らせている。
「あんた、何突っ立ってんの?」
「え?いや…」
彼は、あたしから視線を外す。その視線は、どこか居心地が悪そうだ。
「指示待ちですよ、隊長」
「指示?…あー…」
ライノの指摘で気づく。
あたしは取っ手付きの桶をリクに投げ渡す。
「水を汲んできな」
「水?なんで?」
リクは不思議そうな顔をする。
「昨日、教えてあげたでしょ?竜は水だけで生きてるって」
「うん…」
「竜に水をやるのは、日課なの」
あたしは、それ以上は言わずに井戸を指指す。
彼は全力で駆けて行った。
井戸にはメイド達がいて、リクが彼女達と話をしている。
「はあ…」
あたしは大きく息を吐く。
「どうしたんです?」
「え?別に…」
ライノの質問には答えなかった。
「ヴァネッサ隊長は、あいつが嫌いなんだよ」
「え?そうなんですか?」
「別に嫌いってわけじゃない。リクみたいに全方位に噛みついてるのが、昔のあたしを思い出すだけ」
「噛みつくって…もうそんな事ないと思いますけど」
一昨日に比べたらね。
「竜騎士になる前…いや、正規兵になる前だね。相当荒れてた。自分でいうのもおかしいけどさ」
「へえ…ど、どんなだったんです?」
「聞きたい?」
あたしは笑顔で問い返す。
ライノは、レスターを見る。
レスターは首を横に振った。その顔には、「やめておけ」と書かれているかのようだ。
「やめておきます…」
話してもいいけど、ここで話す話題じゃない。
そんな昔の話を、わざわざ朝っぱらからする気にもなれなかった。
リクが桶いっぱいの水をやっとのことで運んでくる。
「はあ…はあ…は、運んできたぜ…」
「ごくろうさん」
竜の前には取っ手なしの桶をすでに置いてある。そこに水を入れる。
竜がガブガブと水を飲み始めた。
その大きな喉が、ゴクゴクと音を立てる。リクが興味深げに見つめてる。彼の瞳は、竜の動きに釘付けだった。
「さっさと行きな」
「は?」
「は?じゃないよ。ここに竜が何頭いると思ってんの?」
リクが厩舎内を見回す。
「全部に?」
「当たり前でしょ」
「…」
あたしはまた黙ったまま井戸を指指す。
彼の顔には、諦めと、そして不満が混じり合っていた。
「なんだよ…ちっ…」
リクは渋々といった感じで井戸へ向かおうした。
「待ちな!」
あたしは、彼を呼び止める。その声に、彼の体がピクリと硬直した。
「目上にそういう言葉使いをするんじゃない」
「うん…は、はい」
そう言ってから井戸へ向かう。
「キツすぎません?」
「普通でしょ」
ライノが苦笑いを浮かべる。
「おはようございます!」
スチュアート、サム、ミレイが起きてきた。
「はい。おはようさん」
三人は竜の手入れを始める。
出撃予定はないから、鞍は付けない。
「あれ?桶が足りない…」
ミレイがあたりを見回りながら呟く。
「リクが使ってる」
「リク?」
「ほら、いただろ?末っ子だよ」
「あー…でも、なんでです?」
ライノの言葉にミレイが首を傾げる。
と、話してる間に、リクが帰ってくきた。
「はあ…ふう…」
彼は、桶の水をあけてすぐ井戸に向かう。
その様子をその場にいた竜騎士全員が見ていた。
「いじめすっか?」
サムが苦笑いを浮かべて言う。
「人聞きの悪い事を言ってんじゃないの」
「でも…」
「これから竜に乗せるのに、何もさせないのはしゃくだから」
「子どもにさせる事じゃないと思いますよ?」
ミレイがそう言って桶を持ち、井戸に向かった。
優しいね、ミレイは。
「ヴァネッサ隊長は子どもにも厳しいですね」
「だから普通だって。後、お願い」
「はい」
あたしは一旦、厩舎を離れる。
あたしがリクに厳しくあたるのは、最初の印象が抜けきれてないのもある。
リクだけじゃないかも…心中しようするし…。
もうやめよう。
よくよく考えれば、いい気分じゃない。
彼らのせいで、ガルドが戦力外になったんだから。
早めの朝食の後、南の警備隊に向けて出発した。
特に何もなかったよ。
賊も出なかったし。
リクの様子?。
あービビって口数は少なかった…かな?。
警備隊には、あたしから説明して、四兄妹を通してもらう。
「なんか道を間違えたみたいでさ…」
「そうですか」
警備隊からは、特に何も聞かれなかった。
「あ-、それから…うちの領主がいつもご迷惑かけてすまないって」
「ご迷惑?」
「ユウジとタイガがここを通るでしょ?」
「あの二人ですか。別に迷惑なんて思ってませんよ」
「そうかい?」
警備隊が話すには、ユウジとタイガが通る事で賊の出現率が減ったとか。いなくなったわけじゃない。
「ワーニエ周辺も賊が減りましたし、むしろ感謝しています」
「ああそう」
あの二人程度で賊が減るんだ。
意外だね。なんて言ったら怒るかな?。
あたしはリクだけを、呼んだ。
「リク!」
少し離れた所にいた彼は、ビクッと体を震わせて、あたしを見る。
あたしは、彼に手招きすした。
リクが緊張した面持ちで、あたしのそばにくる。
「あの…なん、ですか?」
「あんた、竜騎士になりたいって気持ち、まだある?」
「え?…」
彼は予想外の言葉だったのか、驚く。その瞳は、大きく見開かれていた。
「どうなの?」
あたしは腕を組んでリクを見る。
睨んでないからね。
「ある…あ、あります」
「そう」
リクの言葉にあたしは頷く。
「アレクシスに勝てるようになったら、あたしのとこに来な。どっかの竜騎士隊に推薦してあげる」
「ええ!?あー、ても、兄貴か…」
彼はリクは肩を落とす。
「兄貴は強いから…」
らしいね。
アレクシスと一戦交えたジルが、体の使い方がうまいと言ってた。
「あんたの歳じゃ、まだ勝てないよ。しっかり剣なり体術なり訓練しないと」
「はい…」
「それに、アレクシスは普通だと思う」
手合わせしてないから、なんとも言えないけど。
体術でジルに勝てないだから、ジル以下ってことだし。
あたしも含めてね。
「普通…」
「その普通に勝てるようになるのが最低条件」
リクがめげずに、どこまで頑張れるか。そこを、見たいんだよ、あたしは。
彼の心に、諦めではなく、闘志が芽生えることを願う。
「やって…みます」
「ああ。待ってるよ」
あたしは、姿勢を正しリクに敬礼する。
彼も敬礼を返す。
そして、走ってレイラの元へ行く。
レイラがあたしに向かって何度も頭を下げている。
あたしは、頷きだけを返した。
「いいんですか?。あんな約束して」
ライノがあたしにそう訊いてくる。その声には、少しの心配と、そして驚きが混じってるように聞こえた。
「紹介するだけだし。どこかが拾ってくれるでしょ」
「隊長が育てるわけじゃないんですね」
今度は、レスターが訊いてきた。
「あいつが来る頃には体力的に無理」
「またまた。そんな事ないですよ」
ライノが、笑顔で話す。
あたしを立ててるんだろうけど、実際いつまで竜騎士をやれるかは、わからない。
リクが来る前に死んでる可能性も大いにある。
「ミャン!用が済んだらさっさと帰ってくるんだよ!」
「ハーイ!」
彼女は笑顔で手を振ってる。
分かってんのか?。
彼女の呑気な声が、空に響く。
「さあ、帰るよ」
「見送らずに?」
「そうだよ」
役割は果たした。
ライノは、笑顔でイーナに手を振ってる。
向こうも笑顔だけど、印象はよくない。
彼女は、竜への恐怖心が抜けずにずっと叫んでたし。あたしには関係ないから、別にいいけど。
あたし達はシュナイツへと帰った。
あたしは報告のため執務へ。
「ご苦労さま」
ウィルがそう声をかけてくれる。
椅子に座り、アルが淹れてくれた紅茶を飲む。
「ほんと、ご苦労だったよ。この件はさ…死にかけたし」
「ごめん…」
「ウィルが謝る事じゃないわ」
リアンがウィルを庇う。
「いや…彼らを助けなければ、ガルドが火傷をおう事はなかったはずだし」
「でも、見捨てるのが、正しいとは思えない」
どっちが正しいのかなんて、あたしにはわからない。
レイラ達に明るい未来が訪れて幸せになれば、それでいいんじゃない?。
「一難去った感じかな」
「だといいけど、嫌な予感が消えないんだよねぇ…」
「え…」
「レイラ達四兄妹は、森の村に受け入れられと報告を受けたよ」
「レイラは、たまシュナイツに来て、エレナを手伝ってるね」
「それでよかったのかって?」
「レイラの表情を見る限りはよかったと思うよ」
「今のところ、ノーストリリムから追っ手は来てないからね」
「うん」
「ヴァネッサは終始、不機嫌だったよね」
「当たり前でしょ。あたしじゃなくても不機嫌になるって。こうやって話をできなかったかもしれないんだよ。あ、それからガルドが一ヶ月くらい使い物ならかった」
「戦力的には、かなり痛かったね」
「後遺症がなくてよかったよ」
「火傷の跡が痛々しいよ…見れたもんじゃない」
「見たんだ」
「僕は怖くて見れないよ…」
「一応確認したさ。隊長として」
「そう」
「あー、そろそろ、ぼくの番だと聞いたんだが…」
「ライア?そうか…そうだよね」
「じゃあよろしく」
「承知した。ん?ヴァネッサは行かないのか?」
「次の話はあたしも関わってるから」
「確かに」
「この後の話…四つくらいだと思うけど、あたしは関わってんだよね…」
「君は居てくれ。一人じゃ疲れる…」
「わかってるって」
「では、始めようか」
エピソード28 終わり
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