28-16
「エレナさんはここではどんな研究を?」
「大した研究をしていないのが、現状」
破壊的は魔法は失敗した時の影響が大きいのでしていない。
「していないわけではない…ちょっと待って」
「はい」
抽斗から、紙の束を取り出す。
「シュナイツで作った魔法は、一応資料として残してある。興味があるなら読んでくれて構わない」
「よろしいのですか?」
彼女は少し驚く。
「ええ。隠すような魔法ではないから」
「では、拝見させていただきます」
レイラは、資料を一枚一枚と読んでいく。
「日常生活に使うものばかりですね…」
「ええ。領民から依頼を受けて作ったものが多い」
「はい。小麦を挽く魔法ですか…」
「これは非常に喜ばれた。石臼よりも早く挽けて、時間効率が上がった」
レイラは、資料から顔を上げ、私に問いかける。彼女の表情には、少しの驚きと、そして納得が入り混じっていた。
「千里眼も領民からの依頼ですか?」
「それは違う。それは、シュナイツの防衛のために作った」
「防衛?」
「ええ。シュナイツは賊から襲撃を受ける事があるから。今はだいぶ少なくなったけど。早期警戒用に作った。山を越えた町の中も見通せる」
「すごいですね」
彼女は感嘆の声を上げる。
「まだ改良中だけど」
「改良?…どこをですか?これ以上の余地がないように見えます」
レイラは、信じられないといった表情で私を見つめる。
「今の千里眼は昼間しか使えないし、声や音は聞こえない」
「そうなのですね。私はこれで十分かと思いますが…」
「ええ。確かに必要最低限の機能は果たしている。これ以上は、私個人の欲求に過ぎない」
「欲求…」
レイラは少し肩を落とす。
「どうかした?」
「いえ、別に…」
彼女は黙り込んでしまう。部屋には、静寂が訪れた。
レイラは少し俯きながら話す。その声は、消え入りそうに小さかった。
「エレナさんはすごいです」
「私は全然すごくない」
「あなたは常に高みを目指そうしている。知的好奇心や知識欲求が高いのでしょうね」
「そう?」
私はそこまで考えた事がなかったから、ピンとこなかった。
「私は、あなたと同じようにニ度の限界突破をしました。それで満足してしまって…もう研究はしなくていいかなと…」
彼女は、話し終えて恐る恐る私を見る。
その瞳は、私の反応を伺うような眼差し。
私はレイラの目をじっと見つめた。
「研究するしないは個人の自由。あなたがしたくないのなら、そうすればいい。私は何もいわないし、強いるものでないから。でも…」
一旦、言葉を切る。
「でも…ニ度の限界突破をして何もしないのは、残念だと思うし、他の魔法士に対して失礼ではないかと思う」
「失礼ですか…」
「ええ。魔法を扱えても、一度も限界突破をできない魔法士もいる。彼らから見れば、あなたの才能は羨望の的。なのに、あなたは現時点で満足している」
ニ度の限界突破できる才能は、望んで得たものでない。
私もレイラもそうだ。
ならば、その才能を遺憾なく発揮すべきではないか?。
「それが使命、だと私は思う」
「…」
レイラは何も言わない。
「私は恩師をはじめ、たくさん人に助けられてきたから、その人達へ恩返しの意味も込めている。私には、魔法しか取り柄ないから」
「恩返し…」
彼女は目頭を抑えて、少し肩を震わせる。
「ごめんなさい。言い過ぎたかもしれない。あなたを咎めたつもりはないから…」
「分かっています…浅はかな自分が、情けなくて…」
レイラは俯いたまま。
私は、彼女のどのような言葉をかけるべきか悩んだ。
励ますべきか、同情すべきか…。
「レイラ。今のあなたは、余裕がないのではないか思う」
「余裕ですか…」
「ええ」
境遇を聞いた限りでは、魔法士として研究する事よりも、それ以外の仕事のほうが圧倒的に多かったようだ。
それに兄妹達の事も気にかけていたはず。
彼女の疲労は、肉体的なものだけでなく、精神的なものも大きいのだろう。
「落ち着ける場所が見つかれば、研究に割ける余裕が出てくるかもしれない」
「落ち着ける場所…そう、ですね…」
彼女は顔を上げ、私を見る。その瞳には、まだ涙の膜が張っていた。
「すみません。泣いてしまって…」
レイラは自嘲気味に苦笑いを浮かべた。
「謝る必要はない」
「はい」
彼女は、涙を拭きながら立ち上がる。
「…このへんで失礼します」
そう言った後、私の資料を差し出す。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
「持って行って構わない」
「え?でも…資料なのでは?」
「たいそうものではない。単なる備忘録。だからあげる」
彼女は困惑し、資料と私を交互に見る。
「そんなものでよければ、役立てほしい」
「エレナさん…」
「さあ、もう行ったほうがいい。また変に思われるかもしれない」
半分追い出しように、彼女の背中を押す。
「本当ににありがとうございます…このご恩は、必ずいつか返します」
「返す必要はない。同じ魔法士として、ほんの少しだけ手助けしただけ」
私の自己満足でしかない。
レイラは深々と頭を下げてから、去っていく。
彼女の足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
私はドアを閉めて、息を吐く。
以前の私ならこんな事はしていないと思う。
他人などどうでもよかったのに…。
レイラへの助けは自己満足なのはわからない。なのに、この充足感はなんだ?。
私の助けがレイラ達を良い方向に向かわせたわけでないのに…。
「変な感じ…」
私はベッドに寝て目を閉じた。
翌朝、夜明け前の薄明かりの中、あたしはいつもより早く起きて、竜に鞍を付けていた。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
「隊長、おはようございます…」
ライノがあくびをしながら、厩舎へやってくる。
彼の顔には、まだ眠気が残っているようだ。
「ああ。おはようさん」
彼も自分の竜に鞍をつけ始める。革と金具が擦れる音が、静かな厩舎に響く。
「おれはタンデム用ですよね?」
「ああ」
「タンデム用は二つしかないですけど?…どうするんです?」
「どうって?」
竜騎士隊は四兄妹を南の山にある警備隊まで送る事になっいる。
「四人乗せないといけないのに…」
「うまく乗せるしかないね」
横乗りなら、なんとかなるでしょ。
「あたしはリクを乗せるから」
子ども一人なら楽だし。
リクもあたしの竜に乗りたいっていう気がするんだよね。
「あんたは…」
「イーナって女の子でもいいですか?…」
「は?」
彼は、あたしの顔を伺いつつ、訊いてくる。その声には、少しの期待と、そして下心が混じっているように聞こえた。
「あたしに聞かないでよ」
「え?じゃあ誰に聞けばいいんです?」
「本人に聞けばいいでしょ」
「あ-、はい…もし断れたら…」
知らないっての…。
「なんであんたの下心に、あたしが手をかさないといけないの?」
「下心…そういうわけじゃ…」
ライノは顔を赤くする。
「違うの?」
「どうでしょうね?ははは…」
彼は曖昧に笑う。
イーナは、ノーストリリム出身のためか王国にはいない顔立ち。
かわいいと言えばかわいい。
ライノの気持ちもわからなくもない。
「おはようございます」
「レスタ-かい?おはようさん」
レスターも鞍をつけ始めた。
「四兄妹の割り振り決まってるんですか?」
「あたしはリク。ライノはイーナがいいってさ」
「え?」
ライノが驚く。彼の顔は、さらに赤くなった。
「え?って、あんたさっき、自分で言ったでしょ」
「ライノがそうなら…アレクシスでしたっけ?かな…ガルドが動ければ、あいつに任せるんですけどね」
ガルドは火傷で復帰はまだまだ先だ。
竜は、人ひとりなら大丈夫だけど、得手不得手はある。
「ミャンの竜にも鞍を付けといて。あいつも行くってさ」
「あーそうですか…という事はレイラ?ですか?」
「そうなるね。はい、完了」
あたしはそう言って、鞍を叩く。
「クア」
「今日は南の山を上がるから、頼むよ」
「クア!」
竜は甲高い声を上げた後、あたしの体に顔を擦ってくる。
あたしは竜の顔を撫で回す。
「竜に慣れてくれて良かったです」
「まあね」
あれほど怖がってたリアンが大丈夫なんだから、心配してなかったけど。
「お、おはようございます!」
厩舎の外からの声に、あたし達を向けた。
そこにはリクがたっていた。
彼の顔には、少しの緊張が入り混じっているように見えた。
Copyright©2020-橘 シン




