28-15
「シュナイツの北に川があっただろう?」
「はい」
「その川を下っていくとポロッサという町…というほどの大きさじゃないんだけど、そこに行ける。そこから…」
「ねえ、ウィル」
ヴァネッサに説明を止められる。
「なに?」
「南の山を越えたほうが早いって」
「うん。そうだけど…シュナイツ側は急斜面だし、賊がでる」
僕は眉をひそめる。
あの山道は、険しい道のり、そして何より、いつどこから現れるか分からない賊の影。
旅路の安全を考えれば、迂回する方が賢明だ。
「最近は、あまり見かけませんよ」
ユウジがそう話す。
「本当?」
思わず聞き返す。
「おれらがしょっちゅう通ってるからじゃないっすかね?」
「なるほど」
それなら、南の山もありか?。
「賊がいないとしても、あの急斜面はどうしようもない」
「竜騎士隊を出す」
ヴァネッサの意外な提案に戸惑う。
「いいのかい?」
「山頂の警備隊まで連れて行く。後は知らないよ」
突き放す言い方だが、十分過ぎる内容だ。
彼女の言葉は、彼女なりの優しさだろう。
「君がいいなら、助かるよ。どうかな?」
レイラ達四兄妹に聞く。
「えっと…私達が竜に乗って行くという事でしょうか?」
レイラは戸惑う。
「そうだよ。いやかい?」
ヴァネッサにそう聞かれるが、どう答えていいかわからないようだ。
「竜に乗った事がないんですけど…」
「だろうね。別に特別な事はないから。竜騎士の後ろに乗ってればいいだけ。後は竜騎士に任せておけばいい」
「馬と同じように?」
「そうそう。どう?」
「乗る!」
リクが真っ先に手を挙げる。彼の瞳は、輝きに満ちていた。
「言うと思った。さすが男の子…いや男だね」
そう言われたリクが胸をはった。そして、誇らしげな表情。
「おれも構わない」
アレクシスも同意する。
残ったレイラとイーナが困った顔をしていた。
彼らの瞳には、まだ竜への恐怖があるようだ。
「やっぱり怖いよね?」
「はい」
二人とも静かに頷く。
「竜って意外にかわいいのよ」
リアンがそう話す。
「私も最初は怖わかったわ。一度触れてみると、もう怖くなくなった。竜は優しい目をしてるの」
「そ、そうですか」
リアンの言葉に、イーナは半信半疑といった表情だ。
「大丈夫だって!姉ちゃん達もすぐに慣れるよ」
「リクはいつの間に慣れたの?」
「え?あー…レイラ姉ちゃんが倒れる時に…ちょっと…」
リクは少し言いづらそうに話す。
「竜は賢くてね。敵味方を判断できるんだよ。敵意や邪まな気持ちで近づいたら、竜も警戒する」
「では、友達のように接すればいいと?」
「そう。死ぬ勇気があるなら、簡単な事だよ」
「ヴァネッサ!そう言う方しないでよ…」
僕の指摘にヴァネッサは苦笑いを浮かべる。
「わかりました。竜に乗ります。よろしくお願いします」
「姉さんまで?…」
イーナが頭を抱えた。
「リクにできるのなら、大丈夫でしょう」
「か、噛んでくるかもしれない」
「竜騎士が命令しない限り、噛んだりしないって…」
「そ、そうですか?」
イーナは大きくため息は吐く。
竜を初めて見たそうだから無理もないか…。
やはり、時間はかかるがポロッサ経由がいいのかもしれない。
と、考えていたが、リク以外の三人もすぐに竜に慣れてくれた。
「だから言ったでしょ。大丈夫だって」
ヴァネッサには確信があったから、驚きもしない。
四兄妹は翌日出発することになった。
私はレイラ達が竜の厩舎で竜に慣れていくのを、館の廊下から見ていた。
「エレナ様、何を見ているんですか?」
専属メイドのカリィにそう話しかけられる。
「別に何も」
私は自分の部屋に戻った。
レイラ達、兄妹にあのような過去があったとは…。
死を覚悟させるほどの仕打ち。
私とは比べものにならない…比べるものではないか…。
私には、彼らの苦しみを完全に理解することはできないだろう。
先祖の事は知らないが、両親は賊だったと兄から聞いている。
その事で何かをされた事はない。
シンシア先生が配慮してくださったのかもしない。
「カリィ」
「はい」
「あなたは、今幸せ?」
「え?…どうしたんですか?急に…」
彼女は戸惑いの表情を見せる。その目は、私を不思議そうに見つめていた。
「別に…なんとなく」
カリィが少し考えてから、笑顔を見せる。その笑顔は、偽りのない、心からのものに見えた。
「幸せですよ」
「本当に?」
「ええ」
「シュナイツはお世辞にも恵まれている土地ではない」
娯楽や酒場などは皆無。
個人的には、なくても支障ないが、リサとベッキーが愚痴をこぼしているの聞いた事がある。
「何もないですけど、生きていけてますから。それで十分です」
彼女の言葉には、日々の生活への感謝と、そして慎ましい幸せが込められていた。
「そう」
「エレナ様は、どうですか?」
「私は…」
これまで色々な事があった。
良いことも悪い事も。
「幸せだと、思う」
魔法しか取り柄ない私には、ここが、シュナイツが一番居心地が良い。
レイラ達は幸せを感じた事があるのだろうか?。
夕食を食べ終えて、部屋で過ごしていると、レイラが訪ねてきた。
「レイラ?」
「はい。こんな時間に申し訳ありません」
「いいえ」
彼女を部屋に招き入れる。
入って早々、私に向かって頭を下げた。
「先日は申し訳ありませんでした…」
「私に謝罪する必要はない」
「ですが…」
「自分に非がある。それが分かっているのならばそれでいい」
「はい…痛み入ります」
私自身は怪我はしていないから、謝れても困る。
「あの暴走を、どう止めたのか教えていただいてもよろしいですか?」
「そんな事を聞きに?」
「え、ええ…まあ」
レイラは苦笑いを浮かべる。
彼女の椅子を勧めて座ってもらう。
私も座った。
「正確には、暴走を止めたのではなく、上空に向かって解放された…いえ、爆発させたと言ったほうがいい」
「なるほど…」
「これがその時に使った魔法」
手のひらに魔法陣を見せた。
その魔法陣は、複雑な幾何学模様で構成されている。
「これが?…」
「ええ」
「これは以前から研究されてたものですか?」
「いいえ。あの時に突貫で作った」
「こ、こんな複雑なものを短時間で…」
レイラは魔法陣を見ながら、驚き絶句する。
「しかし、やはり不備あった。熱に関しての配慮をわすれていた。そのため、火傷をおう者が出てしまった。あなたのお兄さんが火傷したのが私の責任。申し訳ない」
「いえいえ!エレナさんが謝る事じゃないです!原因は私ですから…」
私の言葉に彼女は慌てる。その顔は、焦りと、そして恐縮で赤くなっていた。
「エレナさんはずっとシュナイツで研究をしているのですか?」
「いいえ。以前はシファーレンで研究していた」
「シファーレン…あそこは魔法研究の最先端ですが…」
「ええ。国立の研究所に所属していた」
私の言葉に、レイラは驚きを隠せない
次にレイラは、当然の疑問を口にする。
「なぜこちらに?シファーレンのほうが研究環境は整っていると思いますが?」
「もちろん、研究するならシファーレンのほうがいいと思う。でも…私は、試作魔法の失敗で研究所に被害を出してしまった…」
「…」
レイラは何も言えず、驚くだけ。
「その後、国外追放となった。王国に来て、色んな人達の助けを借りてシュナイツに落ち着いた」
「そうだったんですか…」
「運良く、いい人達と出会う事ができた。もしかしたら、あなたとこうして会話を交わす事ができなかったかもしれない」
やはり、私は幸せなのかもしれない。
それは一人で得たものではなく、他者の関わり、支えがあるからだ。
「運ですか…」
レイラは少し俯く。
「私の運はどこに行ったのでしょうね」
そう言って苦笑いを浮かべる。
「あなたは…いえ、あなた達はここからが始まりなのではないかと思う」
「ここから…」
「戸惑う気持ちは少しだけどわかる。不安で仕方がない事も」
レイラは小さく頷く。
「環境が変われば、物の見方も変わってくる。私はシファーレンを追放された事に、もう後悔していない。シュナイツは、今の私にとって最良の環境と思っている」
「そうですか…」
「あなた達にも幸運が、幸せがきっと来る。はず」
当然ながら確証は、ない。
私は、彼らにとって口当たりにいい言葉を言っている。
どう繕っても彼らの不安を取り除く事はできないだろう。少なくとも私にはできない。
話題を変えよう。
「ノーストリリムでは、どんな研究を?」
「どんな…」
レイラは少し言い淀む。
「恥ずかしながら、ゼロから魔法を作った事がないのです…」
「そう…。あれは?」
「あれ?」
「障壁を階段ように使っていた」
「あ-…あれは、私が考えたものですが、障壁そのものはすでにあるものですし、使い方を変えたものですので…作ったと言えるものではありません」
そんな事はないと思う。あの発想は私にはない。
「研究所では、既存魔法の改良が主な研究でした。発動までの時間を減らす事や魔法力の消費を抑えるなど、効率化?でしょうか」
「なるほど」
「大した事はしてこなったのが現状です」
「そんな事はない。効率化は大事だと思う」
彼女は恐縮に苦笑いを浮かべる。
「なぜ、ニ度の限界突破ができたのか…自分でも驚いているのです。魔法力を多く使う魔法の研究はしてきませんでしたから」
「それは、あなたに才能があったから」
「才能なんて…」
「なければ、簡単にはいかない」
「はい…」
そういう才能を持っているのは幸運だ。
「私がいうのもおかしいけれど、その才能を活かすべき」
「そうですね…使い方を間違ってしまいました…」
私を含め、シュナイツがなくなってしまうところだった。
その事は、もういいだろう。
今更、語る事ではない。
レイラと会話はもう少し続く。
Copyright©2020-橘 シン




